第12話 ~変わる日常~ 5
「・・・健。どうしたのですか? 急に立ち止まって・・・・」
「えっ? も・・・萌先輩・・・・?」
流石に本人の前では萌え先輩とはいえないか。
「貴女は確か北条さんでしたね? 健に何か用があるみたいですので、先に私は行きますね?」
「え? あ、はい」
「それでは失礼致しますね」
上品にお辞儀をして、ゆったりとした動作で先輩が校門まで歩いていく。その姿はどこをどうみても美しいとしかいえなかった。
とても同じ人間だとは思えないほどの品格だ。
「・・・・」
「ねえ、健君?」
「あ、ああ・・・・一体何の用?」
少しだけ歩いて場所をずらす。部屋の前で立ち話とか邪魔以外の何物でもない。
なるべく人から見えないところで会話をする。
「もしかしてこれから、萌先輩とどこか行くの?」
また話がおかしい方向に行っている。
そんなことを聞くために待っていたわけじゃないだろ?
「んー、まあ・・・そうなるのかな? 先輩を待たせたくないから、手短に頼む」
だけどここで切れたら面倒なことになる。ここは我慢だな。
「・・・先輩のどこがいいの?」
「はあっ?」
なに言ってんだ? こいつ・・・・
「確かに萌先輩は美人だけど、どこか無感動的な人だし、笑ったりしないし、そんな人のどこが好きなの?」
「言うほど無感動でもないし、感情だって確かに見せる。あまり先輩をロボットのようにいうな」
「クールなのが好きなの?」
「そんなんじゃないさ。というより、それが用件ならもう行ってもいいかな? 先輩を待たせたくないんだよ」
「先輩先輩って、そんなに先輩が好きなのはどうして? あたし納得できないよ。確かにあたしは先輩みたいに美人じゃないけど、それでも決して可愛くないわけじゃないでしょ?」
あ~、本当にどうしてこう面倒くさいんだよ。こんな風に付きまとわれることを、好きな男がいるとでも思ってるのか?
「萌先輩が好きということは俺の中では確固とした事実だ。それを誰かに納得してもらわなければいけない理由とかないだろ?」
「でも、片想いでしょ? だったらあたしと付き合ったほうがいいよっ!」
必死に訴えかけてくる彼女に正直どこか引いてしまう。どうしてそこまでそんなことに拘るのかが、全く理解できなかった。
もうこのまま投げ出して逃げ出したい。が、どこかでケリをつけておかないと延々と続くことは見えている。ここはもうはっきりと言うしかないか・・・・残酷な事実を。
「いいか————」
覚悟を決めて口を開く。
相手を傷つけ、嫌われることを言うつもりだ。ただし、俺と萌先輩が付き合っているとかいうつもりはない。あんなもの所詮は口約束のお遊び的なものだ。本気で受け取れるわけがない。
「片想いではありません。私と健は付き合い始めて、もう一月ほどになります」
「えっ!?」
突然の先輩の声に俺が驚いてしまう。
声のしたほうを見れば、萌先輩が少し早歩き気味に戻ってきていた。
「先輩、どうして?」
「忘れてしまった荷物があったので、取りに来ました。そうしたらどうにも聞き逃せない言葉が聞こえましたので・・・・」
ちらりと先輩が北条さんを見て言葉を続ける。
「先ほどの言葉は訂正してください。私と健は両想いですから・・・」
すっと先輩が腕を絡めてくる。それは俺たちが付き合っている————恋人であるということを見せつけるためにだ。
「私の健をとらないでください」
静かだけど凛とした声に、北条さんが息を呑むのが分かった。
流石にこの状況を見せられると、納得しないわけにはいかないだろう。
「・・・待ってください。だったらどうして健君はお昼に付き合っていると言わなかったんですか? 今だって、付き合っているとは言っていませんでしたよ?」
よくもまあ、瞬時にそこまで頭が回るもんだ。だけど萌先輩には勝てないけどな。
「それは私がお願いしたのですよ。私のような人間が誰かと付き合っていると知れたら、周囲はさぞ面白おかしく騒ぎ立てるでしょう? そんな状態では、健とゆっくりとした時間を過ごすことは難しくなりますからね。けれど、それも今この瞬間のせいで台無しですね。せっかく、これまで上手に隠しながら付き合えていたというのに・・・・」
嘆息をつく先輩も綺麗だと思うと同時に、ここまで嘘を平然と言えてしまう先輩が凄い。
今の先輩の話口調に、演技や嘘といった感じは一切認められなかった。
「むしろ、これからは堂々と側にいることができるようになったと、そうプラス思考に捉えておきましょうか・・・・ね、健?」
腕を組んだ状態からの先輩の見下ろしは、いつもよりも距離が近くて、特別な感じがしてとにかく胸がうるさかった。そんな状態でも、先輩が目で伝えてくるものがあったので、どこか冷静な思考をしている自分がいた。
———これで、もう終わらせられるでしょう?
「・・・そういう訳で付き合うとかいう話はなしな。こっちは隠しておきたかったことを曝け出したんだ」
「待って、急にそんなこと言われても信じられないわ」
「いい加減に——」
「だったら、どうすれば信じられるというのですか?」
俺が切れそうになったところを先輩が制する。声を被せられ、そのまま俺は黙ることにした。
こういう時の先輩は絶対に引かないということを、この一ヶ月の間に学習したからだ。
「そうですね・・・・キスでもしてもらえますか? そうしたら信じますし、諦めます」
「はあっ?!」
こいつどこまで頭がぶっ飛んでるんだ?!
「やれやれ・・・そういうのは見せつけるものではないでしょう?」
組んでいた腕を解き、呆れている雰囲気を出しながら先輩は言う。
「やっぱりできないんじゃ————」
北条さんが調子に乗ってきそうな状況で、萌先輩は迷わずに身体を屈めて、俺に唇を当ててきた。




