第10話 ~変わる日常~ 3
それからは授業に対する集中力も普段よりは劣り、家に帰ったら要復習だと判断した。
掃除が終わって放課後、いつもの場所へと向かおうとすると、クラスで名前を覚えているくらいには親しい男子達が、昼間のことについて聞いてくる。
昼休みのことはとっくにスマホとかで皆に広まっているようだ。
「おい健、萌え先輩を好きなのは本当か?」
「普通そこを聞くか? 後、萌先輩な」
「萌え先輩と比べると誰だって見劣りするだろ? 北条も悪くはないけど、比べる相手がおかしい。元々付き合う気がなかったから嘘ついたんじゃないのか?」
「付き合う気がなかったのは本当で、嘘は間違い。俺は本当に萌先輩が好きだ」
「えっ?! あの萌え先輩を好きって言えるとかすげえな・・・おい。確かに滅茶苦茶美人だけど、それにしても感情がまったく感じられない人だぞ? 確かに見た目だけで言えば文句のないどころか、神憑っているといってもいいけど・・・・ちょっと畏れ多い感じがしないか?」
ダメだここの男ども。どうあっても萌え先輩で通すつもりだ。
・・・まあ、こいつらが言う分には何となく許せるんだけどな。
確かに萌先輩は感情を出すことをしない。まるで持っていないのかのように振る舞う。だから少しでもそれを和らげようと、俗っぽい愛称をつけたんだろうと、そう無理やりこじつける。でなきゃ、好きな女性の名前をふざけた呼び方をされるのが我慢できない。
俺だって、夜の世界で萌先輩からの温もりを感じなければ、恐らく関わろうとはしなかっただろうし、そういう意味で個人的に、そこに関してだけは夜の世界に感謝できる。
「まあ、確かに俺のようなチビじゃ先輩には釣り合わないよな・・・・」
「いや、そもそもそんなレベルじゃないと思うんだが? なにせ次元の超えた美貌に、いわゆる権力者の娘ときたもんだ。下手に手を出せば火傷するぜ?」
「それがどうした? それと萌先輩の人間性にどう関係があるんだ?」
「ほら、色々あるだろ? そういった存在には、それだけの人間じゃないと合わないって」
「だったらそこまで登り詰めてやるさ」
「はあ~、健ってなんだかんだ熱くて男らしいよな~。そうなると、お前の場合だと後は体力だよな。頭はもう十分いいんだし」
「・・・分かってるよ。それより俺もう行くからな? じゃあな」
「おう。あばよ! また明日な」
また明日・・・ね。こっちは毎日が最後かもしれないというのに、普通の奴らは当たり前のように安穏とした時の中で、明日を迎えられるのが羨ましいな。
「愚痴っても仕方ないよな・・・・」
決して軽くなることのない足取りで、またいつもの場所へと向かう。
「噂を聞きましたよ。クラスの女子をフったそうですね」
いつもの部屋に入って、ドアを閉めたら開口一番がそれだった。
本を閉じ、俺を見てくる萌先輩の目はいつもの半眼をもう少し細くしていた。
それはそれで綺麗だ。
「やっぱりこういうのはすぐに流れますよね・・・・はあっ」
「健。今日はちょっと隣りに座ってくれませんか?」
「・・・えっ?」
「いやですか?」
そんなわけない。好きな女性の隣りに座れて嫌な男がどこにいるというのか?
「嫌じゃないです。けど何故?」
「説明するのが面倒くさいので、いいから座ってください」
「分かりました」
言われるがまま萌先輩の隣りに座る。普段よりもかなり距離が近い。すると先輩がじっと俺の顔を見てくる。あまり人の顔をじろじろと見ない先輩にしては、非常に珍しいことだと思う。
そんなどことなく、こそばゆい時間が過ぎて、先輩が口を開く。
「・・・また疲れましたか?」
・・・意味を理解するのに少し時間が必要だった。
「・・・ああ、振ったことですね? 正直疲れました。なんというか、頭の悪い会話をさせられた感じがあります」
「なんとなく言いたいことは分かりますが、それでも好意を持ってくれた異性に対して、そういう態度をしてはいけませんよ?」
「う~ん・・・自分としては筋を通したと思うんですけどね・・・・好きな人がいるから付き合えないって、はっきり断りをいれましたし。変に相手に期待させないようにはしたつもりです。ただ、確かに思い返せば態度は良くなかったかもしれません」
「健にしては珍しいですね。普段から貴方は、あまり感情的にならないようにしているというのに・・・・」
俺の顔を見ながら先輩が考え込む。その先輩から目を逸らすことができず、黙って先輩を見上げる。
「あの、先輩・・・それって、そんなに重要なんですか? それより、今夜どういう行動をするか決めた方がいいと思うのですが・・・」
「ああ、それですか。それなら暫くは昨日の場所でゆっくりとしましょう」
「えっ?」
「健の具合が良くなるまでは休憩です」
「ちょっと待ってください。昨日のようなことを続けたら、萌先輩の身体の方が・・・」
「大丈夫ですよ? 昨日はあの後ずっと貴方を見ていましたが、特に問題なく過ごせました。だから、あそこでゆっくりと時間を過ごして、少しずつ体力を回復していきましょう」
ちょっと待て、つまり俺はずっと萌先輩に寝顔を見られていたというのか?
滅茶苦茶恥ずかしいじゃないかよ~!
「別に恥ずかしい顔はしていませんでしたよ?」
「何で俺の心が分かるんですかっ?!」
「健・・・いけませんよ」
人指し指を立てて声が大きいことを伝えられる。だがしかし、流石に今のは大声を出してしまうものだ。
「私は人の顔を見て、何となく感情が分かりますので、それでそうなのかなと思った次第です。すみません、先に言っておくべきでしたね。あまりそういうことをされると・・・・嫌ですよね?」
「いえ、別に大丈夫ですよ? むしろ俺のことを理解してもらえているみたいで、嬉しいです」
つまり、萌先輩は俺の事を把握した上で気にかけてくれているというわけだ。そんな風に優しくされることを嫌がるほど、俺は恵まれて生きてきたつもりはない。
気にかけて、理解しようとしてくれているなんて、とても有難いことだ。
「・・・やっぱり健は純粋な子ですね」
ふっと、先輩が何か崩れたような感じに顔を緩める。初めて見せる先輩の表情。
綺麗な顔が柔らかくなる・・・・それがどこか可愛い。その表情に胸が高鳴らないわけがなかった。
綺麗で可愛いとか反則だ。
「いや、その・・・おれはそんなに純粋じゃないですよ? ひねくれてますし、性格も決して良くはないですし・・・・」
「そういう人ほど、元々の根は純粋だったりするのですよ? 純粋であったからこそ、今の自分がかつての自分でなくなったように感じて苦悩する・・・・不可能だと知りながらも、諦めきれない人がどうして純粋じゃないといえるのでしょう? とても一途じゃないですか」
萌先輩ほど誤解されている人はいないと思う。
こんなにも優しい先輩が、どうして人から好かれないのだろうか?
どうして先輩の周りに人がいないのだろう?
どうして先輩はいつも一人なのだろう?
「・・・ありがとうございます。けど、話しを戻してもいいですか?」
「ええ、どうぞ。それと、あまり私の事で悩まなくてもいいんですよ?」
「・・・萌先輩にはかなわないな。それで、休憩だとしてもその間何をするんですか? 流石に何もしないわけにはいかないでしょう?」
「ゆっくりとお話しでもしますか?」
「え? その、本当に何もしないのですか?」
「健は焦り過ぎです。急がば回れと言うでしょう? それに、私と健はまだ出会って一月と少しです。お互いのことを良く知りませんでしょう? これを機に、お互いのことを理解するのもいいと思うのです。なにせ、これからも夜を生き抜くパートナーなのですから」
甘さこそはなくとも、それはまるで恋人に対してのように感じられた。少なくとも、先輩にとっての特別でいられているということが嬉しい。
このまま本当に恋人になれたら、どれだけ嬉しいのだろう? 今の俺がそれを願うには身の程知らずの人間だが、いつかはそうなれたら・・・・
「それでさっそくですが・・・・」
「今日はもう何も考えないわけですね?」
「そういう日があってもいいでしょう? 二年生になってからずっと、夜の世界に頭を悩ませていたのです。たまには学生気分を味わいたいではないですか」
ああ、だから今日の先輩はよく喋るのかな?
———人は何かを隠そうとするときに多弁となる。
そんな言葉が頭をよぎる。けれど、仮にそうだとしても、それはそれでいいと思う。
俺にとっては先輩が話しかけてくれることが嬉しいから、それだけでよかった。
「分かりました。俺も先輩と普通にお話したいです」
「ありがとうございます。それでは先ほど言えなかったことですが・・・・」
先輩との他愛もない会話を楽しもうと、その言葉の続きが何かと子供の様に楽しくしていた矢先。
「健が、私の事を好きと言うのは・・・・本当ですか?」




