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平成之半妖物語  作者: アワイン
2-3章 向日葵少女の平成への帰還
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9 古今との別れ2

 八一の顔が近くにあり、口に柔らかいものが重なっていた。いつの間にか屈んでいたらしい。奈央は逃げようと後ろに下がる。しかし、八一が背中に手を回して引き寄せた。味わうように啄まれ、向日葵の少女の赤みが増す。八一は舌を入れて戸惑う彼女を捕らえ、蹂躙じゅうりんをし始める。

 ファーストキスが濃いものだとは、奈央も予想しずらいだろう。上手く息ができず、奈央の思考は真っ白になっていく。

 やっと唇が離れていく。口についた透明な糸の繋がりも切れた。赤い顔のまま、奈央は彼の胸に寄りかかる。その少女を見て八一は苦笑をする。


「……近付いてやっとわかった。麹葉さん、本当にやってくれたな」

「や、いち……さん」


 か細い弱った少女の声が聞こえた。とろんとした顔で酸欠寸前ではぁはぁと息をしながら、上目使いで見つめてくる。八一は彼女に多く喋らせないよう、つちかってきたねやのテクニックで奈央を翻弄ほんろうさせた。八一は自嘲じちょうして笑って話す。


「勝手でごめん。もう喋るな」


 向日葵の少女はビックリしたが嫌ではなかった。だが、色々と言いたい。口を動かしたかったが、出るのは荒々しい息ばかりだ。


「きたか」


 八一が空を見つめるていると、人が降りてくる。依乃を片手で抱えた直文だ。合図を受けて、急いで依乃を連れてきたのだろう。

 宙から急いで降りて、直文が焦ったように訊ねた。


「八一、どういうことなんだ。なんで、田中ちゃんがここにっ……」

「直文。悪い時間はない。狐ごとお嬢さんを抱えて駿府城の堀の近くにいけ。場所は昨夜教えた通り、あとは狐に戻る年月と日にちを言えばいい」


 彼は直文に狐と奈央を託した。

 瞬間、ぱらぱら、ごろごろと、山の上から嫌な音がする。

 直文は気付いて顔をあげた。予兆だ。土石流が起きる予兆である山鳴りがした。雨が多く土砂崩れが起きやすい大谷崩れで、起ころうとしているのだ。規模はわからないが、八一はどんな術を使ってでも死のうとするだろう。

 直文は苦虫を噛む。


「俺に仲間殺しをさせないがために土砂崩れを起こして、事故死として処理させようとしている。……お前これも計算していたんだろ」

「さあ?」


 八一はただ微笑みを浮かべる。

 直文は予想通り仲間殺しの命を受けていた。だが、八一自身が死地と死因を選んだ。八一は向日葵の少女の頬をさわり、慈しみの瞳を送る。奈央は彼の顔を見る。八一は優しい微笑みを浮かべていた。

 今まで見たこと無いような、とても優しい表情。


消憶しょうおく


 その言葉が放たれると、奈央の中から抗いにくい眠気が襲ってくる。八一の名前を呼びたかったが、口を動かしても空気に音が伝わらない。


「奈央。未来に帰っても笑っていて。君は笑っていたほうが素敵だから笑ってなよ」


 頬を触るのを辞めて、直文に顔を向けた。


「急げ。直文、もう私の術も間に合わない」


 狐の真剣な表情に直文は渋い顔をする。が、黙って頷いて八一から離れた。





 依乃は離れていく八一と奈央を交互に見て涙ぐむ。納得できぬ別れに依乃は声をあげた。


「直文さんっ。いいんですかっ……!? 奈央ちゃんは、八一さんは、お互いを……!」

「だからこそだ! だからこそ、八一は俺達を未来に帰そうとしているんだよっ! 八一が生きればタイムパラドックスは起きる。……絶対にだ!」


 直文は大声をあげた。彼女はびっくりして彼の顔を見る。顔をしかめて、奥歯を噛み締めている。依乃は理解した。直文もまたこの状況を納得いってないのだと。

 花火の少女は口を閉じて何も言わない。




 瞼が少しずつ閉じられていく最中、奈央は思う。協力者と言う立場がよかったのかどうかを。離れていく八一を見つめながら、遠くから聞こえ音を耳にいれる。一粒の涙を流して、視界を閉じた。




 離れていく直文と少女たちを見つめて、八一は振り向く。振り向いた瞬間を狙ったかのように、彼の胸に鋭い爪が刺さる。

 八一は刺さった箇所を冷静に見つめる。 

 背中まで貫通しているらしく滲み出る赤い血を見て、彼は同じ人の血が流れていたのだと何処か安心感を覚えた。刺した人物を見つめる。夜久無だ。八一を刺せたことを狂喜しており、殺せたと思っているのだろう。


[刺せた刺せた刺せた刺せた刺せた刺せた刺せた刺せたさせふごぉ!?]


 顔を殴られてよろける。八一は腕を掴んで刺した爪を引き抜いた。夜久無は地面に倒れ、手足に深々と短刀が刺さる。八一が放ったのだ。彼がしゃがんで血を流しながらシニカルに笑う。


「お前、私を殺れたと思っただろう? 残念だが、私達組織の半妖は柔に鍛えられている訳じゃない」

[……っカエセ、狐ヲカエセ……!]

「あっはっはっ、自分で時駆け狐を呼び戻せないのか。なら都合いい。佳宵火(かしょうか)


 言霊を吐くと、夜久無の全身が発火し出した。夜久無は悲鳴をあげながら燃える。白銀の炎は夜久無の黒いもやを焼失させていく。雨の中で消えぬ炎を出したあと、八一は地面に腰をつけた。


「……つっかれたー……」


 近くに石と土がパラパラと落ちてくる。ここに来る前に柳葉飛刀りゅうようひとうにはある術をかけていた。土に影響を与える術。夜久無が避けた全ての柳葉飛刀りゅうようひとうは地面に刺さっている。八一のいる場所は大きな土砂崩れが起きやすいようにしてある。三人が帰還するまでの間、時駆け狐の存在維持に勤めたいからだ。

 また夜久無が下手な動きをせぬように、ここで動きを封じ込めて弱らせるためでもある。八一自身、生き埋めになるのは覚悟の上であった。

 彼は雫の流す空を見つめる。

 変わらずの灰色に面白味の無さをいつも感じるが、今日は違う。胸に抱く思いが違う故に、今日の空に八一はありがたみを抱いている。彼は空を見続けて申し訳なさそうに笑った。


「……お嬢さんには本当に悪いことをしたなぁ。でも、彼処で本音を出さなかった。私も偉い」


 空を見るのをやめ、目を閉じる。


「……本当は今生きて約束を果たしたかった。けど、たいむぱらどっくすであの子の帰れる場所は潰しちゃいけない。……ごめんな。お嬢さん」


 目を閉じているが故に彼はわからない。だが、音でわかっている。すぐ近くに大きな石と土の流れが来ていることを。わかっていても、彼は穏やかな微笑みを作っていた。


「それじゃあまたな。奈央」





 江戸時代。大谷崩れは雨が起こる度、土砂崩れが起きている場所であった。この時代の人々にとっては、大谷崩れは近寄らぬ場所で土砂崩れが起こるのはいつものこと。

 だが、歴史に関係の無い死が一つ。誰も知らない死が一つこの時代の大谷崩れであった。



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