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平成之半妖物語  作者: アワイン
2-2章 向日葵少女のホームシック
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4 惚れるか、惚れないか

 あの後、彼女は八一に昼を奢られ、夕飯は帰って食べた。あの後の真夜中。誰もいない真夜中を狙って、彼女は体を拭っている。

 大きな呉服屋であるのが救いだろう。お風呂場があるが、風呂場がある家は稀なのだ。

 この時代、公衆浴場もあるが混浴である。民衆の憩いの場でもあり、前に一度とよとなるから誘われたが、丁重に断った。八一が語った詐称のお陰で、断る理由も納得してくれている。

 呉服屋の人からも善意で風呂を貰っているが、入る回数は少ない。この時代で全身での入浴はぜいたくだ。お風呂の湯気が部屋に充満している。呉服屋の店主は熱い風呂が好きなのだ。

 お水で少し温くして、彼女は着物を脱いで篭に入れる。生まれたままの姿になった。麹葉も狐姿で同席しており、彼女と共にお水を桶で持ってきて布で汚れを落としていた。

 お湯に入る際、麹葉は奈央に抱かれながら入浴する。


[温泉もいいけど、人のお風呂もいいわね……]


 気持ち良さそうに声をあげて、奈央は話題を出す。


「麹葉さんはよくお風呂に入るのですか?」

[ええ、入ると毛並みがよくなる温泉が稲荷の総本山にあるの。問題がなかったら、八一様と奈央ちゃんを案内したいのだけど……難しいからできないわね。ごめんなさい]


 父親と仲の悪い八一。狙われて未来から来た奈央。稲荷の総本山に行くのは危険であり、また全てが終われば彼女は記憶を消される。気持ちだけ受け取り、奈央は感謝をした。


「嬉しいです。ありがとうございます。麹葉さん」

[ううん、いいの。でも、奈央ちゃん。貴女は八一様を素敵な殿方だと思わないの?]


 聞かれて、奈央は微笑む。


「思いますよ。八一さんは素敵な殿方ですよ。あんな人と恋をしてみたいです。でも、ここは過去。私は未来の人間。変に思い出は作らない方がいいです。まだ友情の方が潔く別れられると思うんですよ」

[……でも、奈央ちゃん。それは自分の本当の気持ちに蓋をしているだけよ]


 指摘され、奈央は辛そうに笑う。

 頼れる相手が八一しかおらず、頼りがいもあれば惹かれるのも無理はない。奈央は惹かれつつあるものの、恋心にまで至ってはいないのだ。だが、恋心に至る前に自分から諦めなくてはと彼女は考えている。


「ほんと、八一さんは狡いですよ。あんなの女の子が好きになっちゃうのは当然です」


 しかし、今は好きになる状況下ではない。彼女は家に帰らなくてはならないのだ。天井を見上げて、奈央は息を吐く。


「……でも、今でも考えると、記憶を消すのは本当にお互いのためですね。私の中にこの記憶が残り続けると、あの人に恋してしまいますもん。それに、八一さんからして、私は範疇はんちゅう外だと思いますよ」


 長生きであろう彼が一人の女に執着するわけがない。考えながら彼女は木の格子窓を見る。夏の風が吹き込み、彼女の顔に当たる。湯が少し温くなってきており、奈央は麹葉をつれてお湯から出た。





 髪の毛の水気をとって乾かし、奈央は蚊帳かやの中で眠りに入る。麹葉は部屋から出ていく。外に出ると屋根の上へと飛び乗り、屋根の上に座っている人に声をかけた。


[今日も様子見ですか。八一様]


 ある屋根の上には八一が座っていた。扇で扇ぎながら、彼は妖しく笑う。


「何だ、麹葉さん。気付いていたのか。今まで気付いていたなら話しかけてもよかったのに」

[……恐れ多く、話しかけに行けませんでした]


 自分より位が高い狐は近寄りがたいのだ。それを知って八一は聞いており、ごめんと悪びれずに謝る。麹葉は呆れて、八一を見つめた。


[……いつもこうして、あの子の様子を伺っていたのですか?]

「まあな」


 八一は扇を扇ぎながら頷く。


「お嬢さんは本当に平和な時代から来たようだ。普通の日常生活をひいこらひいこらと送ってさ。根性が据わっているのか、頑張ってこの時代に慣れようとしている。拍手喝采お見事さ」


 朗らかに笑い、彼女の寝ている部屋を見ている。その目は彼女にも見せぬほど、優しく切なそうであった。


「けど、可哀想だよ。何もわからず巻き込まれて、この時代に連れてこられたんだ。早く家に帰してやりたい」


 扇を閉じて、彼は駿府城があった方を見つめていた。明かりのついた木造の建物はいくつかある。城内には幾つかの明かりがあり、まだ起きている人物もいるのだろう。

 八一は駿府の町並みを見つめながら麹葉に声をかけた。


「なぁ、麹葉さん。未来ってどんな感じだと思う?」

[……未来? ……考えたことはありませんね。私たちは変わりゆく世の中を見つめるだけなので]

「……妖怪側の意見はそうなんだよな」


 彼は町並みを見つめて、厄介そうに息を吐く。


「私は半分人だから考えることもあるが、お嬢さんの約束のせいで変に強く考えてしまうんだ」

[……昼間の約束ですか?]


 白狐にうなずき、八一は口許を緩めた。


「ああ、未来で会えたら冷たい菓子を奢れって言うんだぞ?

誠に平和ボケができる彼女の未来ってどんなもんなのか、気になったのさ」


 麹葉は確かにと同意する。八一と麹葉は戦国の世で生まれて、百年以上は生きてきた。明るい約束が簡単にできるほど、未来の日本はある程度平穏なのだと彼らは考えている。彼は閉じた扇を物憂げに見つめて苦笑した。


「けど、範疇はんちゅう外だと思われるのはちょっと失礼だぞ。お嬢さん。お守りをしているとはいえ、私も男だ」


 風呂場での言葉を聞いていたらしい。麹葉は目を丸くしており、彼は苦笑した。


「不可抗力だよ。麹葉さん。風に乗って聞こえてきた話を耳に入れただけ」

[……風。八一様、よもや万物を通して情報収集をなさっているのですか?]

「正解。駿府限定で集めた情報は私のもとに来る」


 驚く白い狐に八一は教える。

 駿府城下限定なら聞くことができると。集めた情報は式神が簡単に情報処理して本体に来るらしい。淡々と教えるが、麹葉もできる芸当ではない。。

 彼はふぅと息をついて、町を見る。


「まったく、お嬢さんの方が残酷じゃないか。私が長生きだから女を知り尽くしていると思っている。君個人まで知り尽くしているわけないのに」


 八一は奈央を好ましく思っている。ぶっちゃけると、八一の女の好みとしてドがつくほどのストライク。つまり、滅茶好みなのであった。彼自身は己の女の好みを把握している。だが、ハートのど真ん中を射ぬかれるとは予想外。意外な好みに彼は驚きつつもにやにやと笑う。


「ふふっ、君はまさか私が好ましく思っていると思ってないだろうなぁ?」

[八一様……獲物を狙う目になってますよ……]


 麹葉のつっこみに彼は笑顔になる。


「あははっ、仕方ないだろ。私だってこんなの予想外だ。最初は保護のつもりで見守っていたはずだったのに、お嬢さんの頑張りと反応、チョロさがあまりにも良くて、こちらが惹かれるとは予想外だ」


 陽気に語るが、奈央が聞くと怒りそうなものばかりだ。八一は彼女と共に時間を過ごし、心が満たされている。彼は柔らかな月明かりに照らされながら話す。


「思いやれる彼女の為に私は未来での約束を絶対に果たす。恋愛なんて人からしてみれば何度もできる。彼女には彼女の善き相手を、私には私に見合う相手を。その方が平和だ」


 関わらぬ方が幸せだと言っているのだ。彼の発言に麹葉は納得はしているが、言いたげに口を開くものの、すぐに閉じる。

 八一は首を上げて、空を見つめた。


「ったく、三代治(みよじ)。お前の言うとおりだよ」


 かつての組織の相棒の名前を呼び、彼は微笑んだ。

 八一は屋根を降りようとするが、一瞬だけ止まる。笑みを消し、川の方を見た。安倍川には幾つかの光が見える。麹葉も気付いて立ち上がった。

 船もなく川の上を歩くように進む幾つかの提灯の行列。彼らは印を組む。


「爆」


 言葉と共に遠くの川から大きな水柱が上がり、行列が崩れて提灯の明かりがバラバラとなる。散りぢりとなったちょうちんの明かりは消えていくものの、二つの提灯の明かりだけは川を渡りきる。八一は目を細めて、感嘆した。


「へぇ、思ったより復活が早いな。麹葉さん。奈央が起きたら、この事を伝えておいて。私は町に囮を放ちながら借家に帰る。では」


 彼は屋根から降りていく。麹葉が下を見たとき、八一の姿は何処にもなかった。



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