9 タイムパラドックス
八一の住まう借家。彼は家に上がり蝋燭の明かりをつける。部谷の中を照らした。
「ほら、家に上がっていいぞ。麹葉さんもどうぞ」
[……ええ]
暗い表情で麹葉は家に上がる。夜久無の情報を集めていたが、その婿相手がわざわざ来てしまった。しかも、婚姻破棄の理由も述べて、奈央は怒られずにはいられない。下駄で土間と土を踏んで、頭を両手で掻きむしりながら奈央は怒りの声をあげた。
「あああっ、もう、何なんですかっ!? あいつ!
麹葉さんと仲良かったんですよね? なのに、切り捨てて許さない。ぶん殴りたい!!」
乱心する奈央に麹葉は戸惑い、八一はため息を吐く。
「お嬢さんが怒る理由はわかるよ。人からしてあの理由で婚姻を破棄するなんて最低だ。だが、神使の世界ではより良く相応しい種を残すのが定めみたいな所がある。仕方ないと言えば仕方ないんだ」
「……っ! ですがっ、麹葉さんがかわいそうじゃないですかっ!」
着物をつかんで彼女は怒っている。顔を赤くして表情から怒りを露にするほどに。怒り具合に八一は目を丸くして、眩しそうに笑う。
「今まで様子を見てきたけど、やっぱりお嬢さんはいい子だな」
高校生にもなって、いい子と誉められるのは奈央は照れる。目の前に麹葉がやって来た。姿を狐に戻り、奈央を見上げた。彼女はしゃがんで切なそうに麹葉の顔を撫でる。優しく撫でて、麹葉の潤んだ瞳を見る。
「麹葉さん。大丈夫じゃないですよね? そうですよね?」
[……そうね。でも、私の為に怒ってくれて嬉しいわ。ありがとう。奈央ちゃん]
本当に嬉しそうに麹葉は笑う。奈央は口を紡いで、彼女を腕の中に閉じ込めた。
奈央は麹葉を抱えたまま家に上がる。人には聞かれぬように防音の術を張ってあるため、安心してほしいと麹葉に告げた。麹葉は彼女の隣にちょこんと座る。二人は八一と対面し、彼は難しそうな顔をした。
「さて、あいつらは貴重な情報をくれた。……その前に麹葉さんは夜久無の情報を。あったとはいえ、解らない部分が多いからな」
[わかったわ]
麹葉は夜久無について話始めた。
夜久無。彼は野狐の生まれで百年生きた狐。生まれた時から力が強くその象徴に尾は二本ほどあった。彼は己の持つ強さに飽きたらず、修行一筋で強くなっていく。強くなるたび、彼のもとに多くの野狐が集まって来たと言う。夜久無は気狐ではあるが、尾は三本までしか生えない。神狐と契りを結べば、修行して強くなり尾が増えることもあると。チャンスとして、稲荷大明神の使いから麹葉との婚姻が回ってきたらしい。チャンスと思い、夜久無は麹葉と仲良くしたのだろう。
麹葉は向上心のある夜久無を良く思っていたようだ。
彼女は一族の為に花嫁の修行をしていた。夜久無とある程度仲良くなり、嫁入りの準備をしていた時、急遽婚姻破棄の連絡が届く。直接会いに行って理由を聞くと、麹葉より良い花嫁の人間を見つけたらしいからだ。
花嫁の姿も見せられた後、付き人二人の瑠樹と那岐に追い出されたらしい。そのとき、彼女は怒り狂って奈央を襲ったことを反省していると語った。
奈央は聞いても酷いと思うが、八一は指摘する。
「麹葉さん。実は可笑しいことがあるんだ。大明神の使い魔は二回目も相手に嫁の相手を伝えるものか?」
[……それは……聞いたこと無いわね]
聞かれて麹葉は考えてから答え、八一は話す。
「そもそも稲荷大明神の使い魔は、より良い神使の種を残す為の機能の一つで稼働は少ない。神使は死後の狐が神社に導かれてなることがあるし、稲荷の分社も多い。故に、この見合い機能は一匹に一回しか機能しない」
麹葉と奈央は目を丸くした。上位の神狐の息子であり、裏組織であるからこそ知り得る情報。彼は話を続けた。
「つまり、ここに現代と未来の稲荷大明神の使い魔がいる。今の何かを変えようとしているんだろう」
話を聞いて奈央はある言葉を思い出し、口に出す。
「もしかして、タイムパラドックスを引き起こそうとしているんじゃあ……!」
聞き覚えのない言葉に八一と麹葉ははてなを頭の上に浮かべた。
タイムパラドックス、時間の逆説。
タイムトラベルが可能になることによって引き起こるとされる現象だ。過去にあり得ない影響を与えて未来を変えてしまう可能性を意味する。矛盾により因果律が狂うこともあるが、歴史の修正力やパラレルワールドの存在を挙げれば解消するとされる。
横文字が出てきて、八一は興味津々だ。
「お嬢さん。タイムパラドックスとはなんだ?」
横文字を知らぬ彼らに彼女は教える。上記の説明を述べて、八一は納得し、麹葉は戸惑いを見せた。
「なるほどね。例えば、今の私が昔にとんで過去の私か親を殺せば、今の私は居ないことになる。だが、あの親を殺しても別の存在と結ばれて別の私が生まれる可能性がある……へぇ、面白いな」
タイムパラドックスの使用方法と矛盾を見破った。彼はとても頭が良いらしい。楽しそうに八一は笑う。
「いやはや、お嬢さんの未来は楽しいなぁ! 是非、私も行きたいができない。未来は変えたくないしな」
正しい対応だ。八一は楽しそうに微笑みを保つ。
「だが、これで推測はしやすい。考えるに仮面の男、未来の夜久無が過去の何かを変えたくて時駆け狐を利用した。その何かとまでは解らない。だが、帰るには今の夜久無の元にいるであろう時駆け狐を利用すればいい」
「……いるのですか? 八一さん」
「絶対に。過去を何かを変える分岐点として、過去の自分の側に置いている。未来のあいつが時駆け狐を操っているに違いない」
八一は断言するが、麹葉が疑問の声をあげる。
[けど、時駆け狐は未来でも稲荷大明神様の使い魔なのでしょう? ……普通の気狐が操れるとは思えませんよ]
稲荷大明神であるウカノミタマノカミは神であり、その神の使い魔を容易に操れるとは思えない。八一は悪戯っ子の笑みを作った。
「普通じゃなればいいんだ。夜久無は魂を喰った禁忌を犯し、未来で何かの異常が起きて、使い魔は未来では怪談化しかけている。異常が重なれば、起こり得ないことも起こせる」
麹葉は目を丸くし、今度は奈央が戸惑いながら聞く。
「け、けど、八一さんは今の夜久無さんを倒す予定なのですよね? ここで倒したとなると、夜久無は未来で存在し得ないことになりますが……」
禁忌を犯した故に役目上、八一は夜久無達を裁くつもりだ。確実に裁く場合、八一の言った推測は辻褄があわない。彼は一筋の汗を垂らして苦笑をしていた。
「お嬢さんの言う通りさ。だが、私は未来の夜久無だと思う。夜久無が過去を変える為に君を過去に送り出した。私はこんな辻褄あわせあり得ないと思っている。だから、君の知らない場所で、夜久無の身に何かが起きていたとしか思えないさ」
彼女が見知らぬ場所で起きていたこと。奈央は一瞬だけ友達の依乃の顔がよぎるが、まさかと思い首を横に振った。依乃の名前の失った事件と関係しているわけ無いと。




