8 こんばんは、罪を犯した花婿さん
何処まで歩いていくのか。日が沈んで四つの鐘が鳴った。
寺のある大きな通りを歩いている。闇が深くなり、通りの奥が見えなくなる。八一は明かりのついた提灯を出して、奈央に渡した。先導して歩く八一を見て、隣にいる麹葉に彼女は話す。
「あの、麹葉さん。用があるから着いてきたのですが……話し合わないのですか?」
「そうするつもりだったのだけど、できなくなったわ」
麹葉は申し訳なさそうに告げた。意味が理解できず、奈央は瞬きをする。麹葉は彼に目を向ける。八一の足が止まり、白狐に顔を向けた。
「麹葉さん。お嬢さんを頼む。提灯にかけた術だけでは辛い」
「……わかりました」
彼女は狐の姿に戻っていた。八一は腰にしている刀を抜いて、周囲に首を回して口を開けた。
「今宵駿府城下の寺町通りに通りまするは少女と女狐、二匹の野狐共に、情報屋語るまじり者。さあさ、無礼な野狐共よ。お立ち合い願おうか!」
高らかな口上を告げるが、明らかに相手を挑発したものである。すると、闇の奥から火の玉五つ、彼女たちの背後から火の玉三つ。怪火が現れて彼女はびくっと震える。
彼の言葉からするに狐の放つ火だろう。炎が彼と麹葉に向かって放たれる。麹葉は光の弾を三つ出して投げ飛ばす。光の弾は狐火は打ち消した。八一は駆け出して、五つの狐火を真っ二つに裂いて消していく。その闇の奥に八一は刃先を向けて、突き刺す。
闇から影が飛び出して、刃が地面に刺さる。提灯の明かりの見える範囲まで来た。
姿を現したのは、茶髪の着物を来た男。反対側からは体格のよい男が現れた。麹葉は二人の男を見て、驚きの声をあげた。
[貴方達は瑠樹に那岐!?]
彼女の声に瑠樹と呼ばれた男は頭を下げた。
「これは、元花嫁の麹葉殿。こんばんは、なぜ新たな花嫁の近くにいらっしゃるのですか?」
[……それはこちらの台詞よ。あと、とぼけないでもらおうかしら。狐火を放った理由。吐いてもらうわよ]
麹葉の問いに、那岐と呼ばれる男は面倒くさそうに頭をかく。
「べつに、花嫁を狙ったわけじゃねぇよ。面倒事になりそうな奴等を始末しろって、夜久無の命令だ」
麹葉の花婿になるはずの相手の名前だろう。
花婿の名前を聞いて、麹葉は目を丸くして瞳を潤ませて威嚇の体勢をとる。本当に花婿が怪しいとは思わなかったのだろう。
人の姿をした二匹の野狐は何気なく顔立ちはよい。奈央のイケメンセンサーに反応する。だが、この中でカッコいいのは八一と彼女は考えていた。
二匹を何気なく見て刀の鍔で軽く肩を叩いていたが、次第に八一は笑みを浮かべる。
「話している間、悪いんだけどさ。おにぃさんたち、狐なんだよな? しかも、位の低い野狐」
最後の一言は二体の表情を歪ませるのは十分であった。那岐は白い歯を剥き出しにして、八一に怒りを露にする。
「なんだ貴様は。俺達はそこら辺の野狐とは違うぞ」
「うん、知ってる。普通の野狐が人形を保ったまま、力を使えるはず無い。それができるのは空狐以上の狐だしな」
八一の発言で那岐は更に皺を深くするが、瑠樹は違和に気付いたのだろう。慌てて那岐を呼んだ。
「那岐、退け!」
「あぁっ──」
不機嫌そうな那岐の横顔めがけて一蹴入った。そのまま地面に叩きつけた。相手の横顔が地面に半分めり込む。砂埃が立つ。那岐は泡を吹いて、体を痙攣させていた。八一は笑みを消して奈央達の元に歩いて戻り、瑠樹を一瞥する。
「この頑丈さとその力。……二匹から感じる微力の異なる霊力。さてはお前達、禁忌を犯したな?」
禁忌と聞き、瑠樹という狐は顔色を変えて息を呑む。指摘を聞いて麹葉は驚愕していた。
[……そんな、まさか、人間の魂を食べたの!?]
絵空事そのものの内容に奈央はきょとんとする。
「あの、すみません。麹葉さん。どういうことですか?」
[……奈央ちゃん。魂というのは純粋な生命力なの。魂を一つ食べただけでも、その妖怪は凄まじい力を得る。けど、それは、輪廻の循環を乱す事として妖と人でも禁忌。罪障とされているわ]
禁忌とされている魂食い。
死んだ後、眠れず三途へも行かず、妖怪に消化されて死んでいくのだ。教えられて、奈央はほんの少しだが恐怖を覚える。瑠樹は那岐を地面から引き上げた。
八一は二匹を見ながら刀を鞘に納めて、姿を変えている。陰陽師の服を戦闘用に動きやすくし、狐の耳に五本の長い尾を生やしてゆらゆらと揺らす。瞳は青く輝き、彼は手を前に出す。
「炎狐」
言霊を吐くと、手から炎が現れて彼はぎゅっとその炎を掴む。手の中に炎が消え、瑠樹は周囲を見回す。
何処から攻撃がやってくるのかわからない。急に瑠樹の体が発火し、声なき悲鳴が上がる。奈央はひっと声を上げて、変化をした麹葉に抱き締められた。瑠樹は顔を押さえて、人形の炎が悶え苦しむ。八一は燃えている姿を見て悪どく嘲笑う。
「よく燃えるなぁ。安心しなよ、お前が取り込んだ魂は消えない。どうせなら、もう一匹も仕留めておくか。炎狐」
先程の同じように炎をつかみ、那岐の体も発火して燃えていく。二人の体からは二つか三つほどの蛍の光が現れて、空へと登っていった。八一は笑っているが、すぐに笑みを消して後ろに下がる。
彼がいた場所に炎が現れ、激しく燃えてた。八一は彼女の隣に立つ。
瑠樹と那岐の纏っていた炎が消える。二匹の体は人が黒焦げた狐の姿となっていた。周囲に複数の狐火が現れて、奈央は目を丸くする。
八一は片手で刀印を切った。
「守穣」
言葉と共に八一達の周囲が眩く光る。火が一斉に向かってくるも、見えぬ力で阻まれて全ての狐火が消えていく。八一は深い溜め息を吐いて、誰もいない場所に明るく声を掛けた。
「おーい、出迎えはありがたいが、自己紹介が荒々しすぎるのではないか? 夜久無さん」
誰も居ぬ場所に人が現れた。
黒髪で陰陽師の姿をしたような麗しさを持つ人間。八一が神狐としての美しさがあるならば、相手は妖狐としての美しさだ。夜久無と呼ばれた相手は、八一を淡々と見つめていた。
「……その力。稲成空狐の……そうか、貴方が噂の地獄に魂を売った」
「えっ……地獄に魂を売った……?」
奈央は声を出して八一を見る。桜花の半妖について詳しく知らないのだから、驚くのも仕方ない。八一は不敵に笑い、夜久無を見つめる。
「へぇ、噂が流れる程度に私の存在はそっちに残ってたか。お前達の仲間から魂を助けておいた。禁忌を犯した貴方も殺してもいいか?」
「それは困るな」
夜久無は六本の狐の尾を出す。麹葉は驚き、八一は笑みを消す。六本の尾は強さの証。夜久無はそこらの狐より強いのだ。尾を出して強さを見せつけても、動揺せず八一は冷静に問う。
「お前、何処まで人の魂を食った」
「さあ、何処まででしょうか? しかし、強さを見せても動揺しないなんて、流石はあのお方の息子だ」
八一にとって皮肉を交えて、真っ黒な二匹の狐を拾い上げて抱える。狐は彼女達に一礼をした。
「今日は失礼いたします。花嫁の顔を見れただけで満足です。僕はこれにて」
「ちょっと待ってください!」
奈央が声をあげ、夜久無は動きを止めた。巻き込まれて渦中にいる彼女は、聞かなくてはならない事が山ほどあるのだ。
「貴方は何で麹葉さんの嫁入りを断ったの?
なんで、私を嫁にしようとするの? なんで、稲荷大明神の使い魔に時を駆けさせて、私を此処に連れてきたの!?」
ここにつれてきたのは間違いなく夜久無で違いないと確信していた。聞いて夜久無は目を丸くしていた。
「ときをかける? それはどういうことなのでしょうか。大明神様の使い魔にそのような力があるわけ無いでしょう」
今度は奈央は目を丸くした。何処か食い違っているように思える。不思議そうに見つめて、夜久無は微笑む。
「ああ、だが、それ以外の二つは教えようか。麹葉よりも貴方の方が選り優れたややこを生むから断ったんだ」
相手の発言に麹葉は言葉を失い、強いショックを受ける。サブカルチャーの中で顔だけがイケメンで性格が最悪なキャラは出てくる。だが、実際に目の当たりにすると嫌悪しか感じない。奈央は怒りを滲ませた。
「っ最低!! 顔だけいい男なんていけてない! 嫌いだっ! こんなやつ、麹葉さんが嫁がなくて正解だ。私だってこんなやつの嫁になりたくない!」
「我が花嫁は犬のように吠えるなぁ」
明らかにバカにしており、奈央は更に怒りを増した。やり取りを見て八一は腕を組み、夜久無に問う。
「一つ聞こう。お前の前に使い魔が現れたのは何回目だ?」
「二回目ですよ。稲荷大明神様の使い魔が麹葉よりいい子を成せそうな女を連れてきたのです。なら、そっちを選ぶに決まっているでしょう」
自信満々に言う相手に、八一はシニカルに笑う。
「なるほどね。だけど、どちらが本当の使い魔であるのかの真偽を見極める目は無かったわけか」
「はっ?」
夜久無が苛ついた声をあげる。明らかに相手を馬鹿にした。相手が瞬きしたとき、八一が夜久無の目の前にいる。驚く前に顔を大きな手で掴まれた。八一は口角を吊り上げて言霊を吐く。
「呪炎豊」
彼の手から一気に炎が吹き出し、夜久無の顔を焼いていく。苦しみの声を上げて、八一を蹴り飛ばす。八一が離れると、夜久無の顔に手形の火傷がついた。片手で顔を押さえて、指の間から忌々しく八一を見つめる。
「……貴様っ……」
「お前に呪いを掛けておいた。お前では解けない。死ぬまで苦しみな」
夜久無の顔を指差して冷笑を浮かべていた。八一に殺意を滲ませたのち、夜久無は部下狐と共に姿を消す。深呼吸をしたのち、八一は元の姿に戻る。周囲に敵の反応はないようだ。
頭をかきながら、奈央の目の前に来る。
「あいつらに程度の深手を負わせたから暫くは動けないはずだ。……場所を私の借家に移そう。──転」
彼が言霊を使用する。周囲が一瞬だけ歪んで彼女達は真っ暗な家の土間にいた。




