6 こんばんは、白狐の花嫁様
夏の夜に散歩とは風情があると奈央は思いつつ、八一は提灯を手に歩く。離れないように腕を掴むよう言われ、奈央はゆっくりと歩いていく。歩きながら八一は軽く奈央に告げる。
「夜に出たからか、店の皆には私達は親しい仲と勘違いされてしまったかもしれないな」
「えっ!?」
「あっはっはっ、やっぱり良い反応だ。冗談だ。そんなの私達の事情を知らない者は変な勘繰りをするだけさ。店の者は全員そんなことをしないとわかっている」
江戸時代、夜に出歩くのは見回りの者か、盗人か売春婦。遊女の元に通う男か、不審者ぐらいなもの。普通の人々は日の出と共に寝ており、働く者は夜遅くに働いている。大きな通りを歩いているが、ほとんどの町人の長屋や家には明かりはついていない。
八一はふぅと息を吐いて、橋の上に止まる。彼女も止まり、彼の目線を動かす。近くにある大きな川から流れる水路を眺めて、彼は話す。
「まっ、実際は散歩を兼ねた調査だったりするんだよな」
「……調査ですか?」
「そう、最近の街は平和だけど、怪しい奴が彷徨いているって噂があったんだよ。下町の全てを私が監視しているから、この噂は本当だったりする」
噂が本当と聞き、彼女は顔をひきつらせた。フィクションはフィクションであって欲しいからだ。
彼は「行くぞ」と声を掛けて歩き出す。彼女ははぐれないように、彼の腕を掴みながら歩く。彼に人でない部分を見せられたとはいえ、未だに奈央は妖怪がいるのか信じられなかった。あれは創作の中だけの存在であり、実在はしえない。奈央は心からそう思っていたのに、裏切られる連続だ。
歩きながらだが、奈央も夜目に慣れてきた。提灯の灯りを頼りに色々と見える。寺社が集まる地域に集まってきた。通りの先を見てみると、少し色褪せた鳥居が見える。
地元の浅間神社だ。未来とはまた違う様子に彼女は興味を持って見ていると、横から声がかかる。
「ちょっとそこのおにぃーさん」
声が聞こえ、彼女はビクッと震える。八一は声を無視して、歩いていく。彼について行く彼女は気になって声の方向に向く。化粧をした黒髪に中年の女性。頭から薄汚れた頭巾を被ってござを持ち歩いている。八一が奈央に声をかけた。
「あれは夜鷹と呼ばれる娼婦だ。あまり話し掛けるな」
「は、はい……」
無視をして歩いていく二人。顔を向けるのをやめて歩いていった瞬間、奈央は寒気を感じた。
背後に嫌な気配がし、彼女は振り向く。先程の着物を着た娼婦が、向日葵の少女に手を伸ばしていたのだ。鋭い爪に伸びた鼻。口から見える鋭い犬歯。人ではない肌を持ち、多くの毛が生えている。
化け物。その言葉が過ったとき、八一が化け物に蹴りを入れた。相手は横の路地に蹴り飛ばされて、地面に体を打ち付ける。八一は彼女の腕から既に抜け出しており、奈央は二度見をした。彼は息を吐いて、提灯を少女に渡す。
「これを持っているように。守りの術がかかった提灯だから落とすなよ?」
「は、はい……!」
頷いて、八一は化け物と対峙する。相手はゆっくりと起き上がろうとする。頭巾が剥がれて、白い獣の耳が見えた。彼は欠けている月を見て明るく話す。
「いやぁ、今宵は良き月明かりですね。本性を表すのは良いものだ」
八一の声かけに、その女は姿を表す。後ろの着物からは一本の白い尾。ふさふさとした耳に、動物の狐の顔がそこにある。手も足も人ではなく、獣の手足。彼女は驚いて、口を開く。
「狐っ!?」
狐の妖怪。その姿を見て驚く彼女に、狐の女は忌々しく奈央を見つけた。
[やって来たと思ったら、誘き寄せられていたなんて……貴様、何処ぞの術師か!?]
怒りを露にする狐の姿を、八一はまじまじと見つめて頷く。
「ふーん、なるほど……先に一つ言いますね。話によっては状況が変わりますよ。狐の花嫁さん」
彼の発言に、狐と奈央は目を丸くした。
[何故、わかって……っ!?]
狐は大いに驚いていた。
狐の花嫁。狐の女嫁と聞いて、思い浮かぶのは狐の嫁入り。地方によっては、怪火現象や天気雨を狐の嫁入りと言うことがある。時駆け狐と言えど、奈央が花嫁に嫁がせるために導いた訳ではないだろう。
見破った理由を、八一は教えた。
「整った綺麗な毛並みは、嫁入り前の妖狐しかいないのさ。白狐の殆どは稲荷の神使の証。となると、貴方は嫁入り準備の白狐と推測できる。さて、彼女を襲うなんて相応の理由があると見ました。彼女を狙う理由はなんですか?」
狐の花嫁に襲われる理由なんて奈央にはない。だが、狐は体を震わせて奈央を威嚇して見せる。
[……それは、その女が、私の嫁入りを、邪魔したからっ……!]
神使の狐の嫁入りを邪魔した。そんな恐れ多いことを奈央はできない。ましてや、普通にできるわけない。
つまり、彼女に持ちかけられた縁談が、別の存在が候補として上がったことで頓挫したのだろう。奈央は驚くが八一は腕を組んで、暫く黙る。腕を組むのをやめて、八一は彼女を狐に見せる。
「……実情を打ち明けましょう。私は訳あって彼女を保護しているのです。この少女は無理矢理大明神の使い魔に導かれたんです」
[……何?]
狐は威嚇をやめた。流石の狐の彼女も話を聞いて驚く。相手に敵意は無く、冷静に話を聞ける人物らしい。八一は穏やかな声で話す。
「互いに話し合いましょう。話し合えば、何かが見えてくるはずです」
彼は話術も巧みであった。
八一の提案を狐は受け入れて、彼の住まう借家へと転移する。
彼は飲み物を狐に出す。狐は元の獣としての姿に戻っており、首には紅白で彩られた紐と金色の鈴がついている。神使の証だろう。転移の際、八一からただ者ではないと感じ取ったのだろう。狐の彼女は姿勢を正して、座る八一と奈央を見て頭を下げる。
[……先程の無礼、失礼しました。私は麹葉と言う稲荷の神使です]
綺麗で可愛い狐の姿。ピクピクと耳が揺れて、真っ白なふさふさの尾が揺れる。奈央のハートの的に矢がど真ん中に当たる。
「か、かわいいっ……!」
彼女が好きな理想の可愛い美狐であった。かっこいいだけでなく、可愛いも兼ね備える彼女。イケメンも可愛いもの好き。面食いらしく、彼女の将来が少し心配である。我に返って奈央は頭を下げた。
「わ、私は田中奈央と申します。その、何処かで失礼をしていてすみません」
謝る向日葵の少女に八一は呆れる。
「いや、お嬢さんは何もしてないからいいだろ。……さて、私は八一と申します。こう見えて狐の半妖です。同族同士、よろしくお願いします」
八一の素性を聞いて麹葉は目を丸くするものの、すぐに表情を真顔に戻す。
[……それよりも、その少女の抱える事情を話していただければと]
「他言無用を約束していただけるならば」
八一の話に麹葉は首を縦に振る。八一は洗いざらいに彼女の抱える事情を話した。
時駆け狐と呼ばれる存在によって未来から来たこと、時駆け狐は稲荷大明神の使い魔であること。その彼女が何故か過去にやって来て、狐の嫁候補になったこと。今は様子見で時駆け狐に関する情報を集めていることを。
呆然とする白狐に話を終えて、八一は微笑む。
「手詰まりになりかけていたところ、機会良く麹葉さんが来てくださったんです」
[……未来、時駆け狐……嘘。大明神様の使い魔にそんな力があるわけない。時を越えるにも手順が必要よ……]
驚愕してタイムトラベルを受け入れている麹葉。同じオカルトだから、受け入れやすいのかと思った。話を聞いた八一も驚かずに、タイムトラベルを受け入れていたことを思い出し、聞く。
「……八一さん。時を越える事象に驚かないのですか?」
「驚くけど、大いには驚かない。似た前例は幾つかあるんだ」
前例があるならば、驚くことは少ないだろう。八一は息を吐き、麹葉に顔を向ける。
「時駆け狐の力については、鶏が先か卵が先かになってしまいます。……まずは麹葉さんの出来事についてお聞かせください」
八一に促されて、麹葉は頷いてぽつぽつと話し始めた。
彼女は稲荷大明神の使い魔によって、選ばれた狐と婚儀を結ぶ予定であった。ある日に婚儀は相手の方から解消すると通達が来たらしい。理由は別の良い相手が見つかったと言ったからだ。直接会いに行って確かめると、その相手は稲荷大明神の使い魔を呼び寄せて相手を確かめさせたようだ。使い魔が奈央の姿と顔を見せたと言うのだ。
[婚約相手の狐とはそれなりに仲を深めていたと思っていたのに……]
話を聞いて、奈央は顔をしかめた。
「……婚約相手、怪しくありません? 私の時代ではそういう婚姻問題はよく起きていますし、相手の方に問題があるから、ゴタゴタが起きるのです」
少女の言葉に八一は頷いた。
「お嬢さんと同意見だ。怪しいと言っているようなものだ」
奈央は麹葉に寄り、彼女の両前足を握って怒り始めた。
「麹葉さん、良いですか? 絶対にその婚約相手に問題があります。ええ、絶対に。仲を深めたのに唐突に裏切って婚約破棄した向こう側の狐に問題があるのです」
[そ、そうね]
「なんで、こんな美狐さんの婚姻を破棄するのですかっ!
勿体無い! 私だったら、嫁にほしい!!」
[……ええっ、嫁っ!?]
「実際はできませんけど、それぐらい可愛くて綺麗なんですよ。麹葉さんは素敵です。可愛いです。本当に、愛らしく素敵な素敵な素敵な狐さんですっ!!」
顔を赤くして興奮する彼女。驚いて困惑し、照れている麹葉。さっきの状況とはうって変わって、奈央が迫り、麹葉が困惑している。これ以上麹葉を困らせぬよう、八一は首の根っこを掴んで奈央を引き離した。




