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平成之半妖物語  作者: アワイン
1-4章 花火の少女
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12 後日談 戻ってきた日常

 八月上旬。朝日が入り込み、暑さを感じさせるが昼間よりはましな温度。

 部屋の棚を拭いて、直文は掃除機をかけていた。隅々まで綺麗になっており、彼の私物は大きなバッグに入っている。一切、彼の痕跡は残っていない。掃除機を元の場所に戻し、部屋にあるバッグを手にして肩にかける。

 彼は部屋に一礼して、ドアを閉じて玄関へと向かう。靴を履いていると、後ろから依乃が声をかけてくる。


「直文さん。見送ります」


 直文は後ろに向く。依乃も出掛け着の姿で見送る気満々だった。彼は立ち上がって、申し訳なさそうに話す。


「ありがとう。それに、今まで巻き込んで申し訳なかった」


 本部から呼び出しがあり、また別の任務が追加された。彼は任務完了の報告はしてあるが、一旦戻ってまず上司に文句を言いに行くとのこと。依乃は「気にしないで」と笑って見せた。

 彼女の名前が戻ってから、家の周囲と中で起きる怪奇現象はぱったりとやんだ。名前を取り戻して怪奇現象が減ったのもある。怪奇現象がなくなった代わりに、幽霊と怪異の姿を視認できるようになった為、家と依乃の守りは継続している。

 ネットでナナシの名前を調べても、掲示板やSNSに名はない。掲示板で確認できなかった名も確認できるようになっていた。失踪者については、組織の方で処理をして遺族の元に届けているようだ。


 彼女は靴を履く。家の鍵を閉めて二人は有里家の前を去っていった。




 車道側に彼が歩いて、依乃を車に近づかせないように歩いていく。

 見送り場所は近くの橋がある公園だ。黄泉比良坂(よもつひらさか)に行ける場所の一つ。本部の近道とのこと。


「本当は有里さん達にも挨拶はしたかったけど、代わりに一筆認めておいたよ。お世話になった品物もリビングに置いてある。君の親御さんが帰ってきたら、感謝と謝罪の旨を伝えておいてくれるかな?」

「はい。本当にお礼は此方がすべきなのですが……」


 依乃自身が最大のお礼をしたかった。だが、彼女自身にできることは少ない。親から礼の件を話しても、名前の件については絵空事として捉えており、できないだろう。直文は笑って首を横に振る。


「礼なんていいよ。俺自身がその礼を貰っているようなものだからね」


 意味がわからず、彼女は不思議そうに瞬きをした。

 名前を取り戻して、人として普通の日常を送っている。それだけで、直文は十分な報酬なのだ。

 大きなYの字を逆さにしたモニュメントが見える。それは二つの橋を支えていた。川辺にある公園。依乃の住む地域の人々にとっては地元の象徴的な公園だ。

 ジョギングや犬の散歩をしている人が歩いていく。橋を渡っていると強い風が吹く。

 依乃は立ち止まった。少女のポニーテールと首元のネックレスも揺れる。直文も立ち止まって風が吹く方向を見た。

 巴川という川が続いていく。流れはそこそこ早いが、彼と彼女は川の先を見るが、住宅街と橋が見えるだけ。川の先には海が繋がっているとわかっている。

 風の中にある匂い、周囲の建物、木々にいつもの人々。彼女にとってはいつもの日常の風景だったはずだが、景色が明るく鮮明に見えた。いつもの日常に戻ってきたのだと実感し、依乃は泣きそうになる。流れていく川の先を見つめていると、隣の直文は優しく微笑んでいた。


「いつもの平穏な日常があるのは尊いことだ。……だから、君が名のある当たり前の日常に戻れてよかった」

「ですが、戻してくれたのは直文さんです。私はそんなにしてませんし、お礼もたいして……」


 彼女が気にしているのは恩義を十分に返せていないことである。依乃が落ち込んでいる姿を見て、直文は顎を触って考える。


「……俺としては、君が幸せに生きているならいいんだ。けど、気にするなんて君は優しいね」


 慈しみの瞳で見られて、依乃は顔を赤くして視線をそらす。相変わらず、少女漫画場面製造者な直文に振り回されている。

 依乃自身が納得できぬならば、ケジメをつけるのを兼ねて直文はバッグから何かを取り出す。

 真っ白で真新しい便箋だ。中身は入っているらしい。直文はその手紙を依乃に渡す。


「お礼をしたいなら、これをしばらく預かってくれないかな。中身は恥ずかしいから見ないでね。まあ、見られないように術はかけてあるんだけどさ」


 彼女は手紙を見つめる。誰かに送る為の手紙ではないようだが、依乃は聞きたかった。


「……どうして預かってほしいのですか?」


 彼は照れ臭そうに笑う。


「色々と腹を括る為。両思いとわかるのはいいけど、俺は君の気持ちに誠実に答えたい。こんな若作りのじじいでも必死になることがあるのさ」


 両思いと聞いて依乃は顔を赤くし、直文は頬を指で掻く。話を聞いて彼女は直文のしたいことをなんとなく察した。手紙を受け取り、依乃は胸に抱いて頷く。


「確かに受け取りました」

「ありがとう」

「……はい」


 彼女は顔に熱を持って返事をする。

 朝の陽光が彼に当たった。彼の艶やかな髪が風になびく。依乃は直文を見ると、彼も向いた。目が合うと彼は表情を柔らかくし、彼女も笑って感謝の言葉を述べる。


「……直文さん。……本当にありがとうございました。また何処かで会いましょう!」


 別れではない再会を願う言葉。それは彼を喜ばせるもので、光がこぼれるほどの笑顔を見せる。


「当然、また会えるよ。はなびちゃん──ううん、依乃っ!」


 音が聞こえるほどの強い風が吹く。彼女は目を瞑って、手紙が飛ばないように抱き締めた。

 風が弱まる。彼女が気付いて目を開けると、直文がいた場所を見た。人影もなく、痕跡すら残っていない。周囲の人も直文が消えたことに違和感がないようだ。

 彼女が瞬きをして、手紙をつかんで空を見つめた。

 依乃は彼の携帯電話の番号も知っている。会おうと思えば会える。だが、電話をしようとは思わない。SNSのアプリで連絡を取ろうとは思わない。

 依乃は直接の再会を願って空を見続けた。




 ──家に帰り、彼女は手紙を机の引き出しに仕舞う。玄関から鍵を開ける音が聞こえ、依乃は目を丸くする。外からは聞き覚えのある声が聞こえて、依乃は慌てて階段を降りていった。玄関のドアが開いて、父親と母親が入ってくる。

 娘の姿を見て、父親は安心した。


「依乃。ただいまっ。元気そうでよかった……!」


 母親は靴を脱ぎ捨てて、彼女を抱き締めた。


「依乃。ただいま! ごめんね! どうしても外せない仕事で……ごめんね。……本当に何もなくてよかった。久田さんのお陰ねっ……よかった……っ!」


 胸を撫で下ろす母親。二人の口から自分の名前が聞こえて、彼女は目を丸くする。久しぶりの二人からの名前呼びに涙を流した。娘が泣く姿に両親は驚く。


「依乃? どうした?」

「何処か痛いの、依乃。大丈夫?」


 二人は事情を知らない為、愛娘の泣く姿に戸惑うのは仕方ない。依乃は涙を拭って、笑顔を浮かべる。


「ううん、なんでもない。……お父さん、お母さん。お帰りなさいっ!」


 彼女の笑顔は、五年前に打ち上がるはずだった花火であった。

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