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平成之半妖物語  作者: アワイン
1-4章 花火の少女
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11 花火の少女

 彼女の手を掴み、直文は落下を止めた。彼は宙に浮いて止まり、ほっとして少女を抱き締めた。


「……間に合った。……ごめん、俺が怒りすぎて、力を思う存分使って、あの世とこの世の境目を、乱してしまったんだ。それで、君を現世へと落としてしまった。ごめん、俺のミスだ」


 肩を上下して息切れをしながら、直文は教えてくれた。助けてくれたのは良いが、彼女は別件で目をまん丸くしている。彼は何と呼んだのか。少女にとっては昔から聞き慣れた名前だ。けれど、新鮮で懐かしい気持ちが溢れ、瞳を潤ませる。何も言わない少女に直文は顔を合わせた。


「……はなびちゃん。どうしたんだい?」


 聞かれるが、彼女は首を横に振る。


「直文さん。違います。さっき私の名前を……」

「……君の名前………………──っ!」


 言われて気付く。そう、彼は助ける際に空虚だったはずの名前を呼んだのだ。直文は目を段々と見開いていき、艶やかな唇を動かした。


「……依乃」

 直文は名前を口にし、瞳に彼女の映す。光が多くなり揺れた。彼は頬に一筋の雫を流していく。彼女の名前を呼べた。少女は雫を流しながら、表情に打ち上げ花火を開花させる。


「──はい、直文さん。私は有里依乃(ありさとよりの)です!」


 自分の名を口にして、彼女はここにいると教えた。すると、直文は彼女の脇を持ち上げた。彼は表情を喜色満面にし。




「……っやったあぁぁーっ!」




 喜びの声と共に打ち上げ花火が上がった。彼女を離さぬように抱えて、直文はくるくると回る。やがて彼の体勢が傾き、少女を抱き締めると飛ぶのをやめて落下していく。彼女は驚いたが、直文は危険な目に合わせるへまはしない。

 花火が打ち上がる少し離れた空でゆっくりと下降していく。く。花火の花畑を背景に、直文は依乃の手を握ってまた宙で踊り出す。


「依乃、依乃、依乃、よりの──っ! っあははっ……どうしよう。凄く嬉しいよっ!」


 自分より喜んでいる姿に彼女は顔を赤くする。空に落とされる危険よりかは、喜びと羞恥心が増している。彼が嬉しそうに自分の名前を連発して呼んでいるのは、見ていても恥ずかしいからだ。


「な、直文さんっ。ここ、空です! そ、それに唐突に名前を呼ばれても……っ」

「……あっ、ごめんっ」


 直文は正気に戻り、依乃を腕の中に納めて優しく抱き締める。子供のようにはしゃいでしまったことに、彼はみっともないと考えてしまった。花火の打ち上がる明かりで、頬を赤く染めた直文の顔が見える。


「……申し訳ない。有里ちゃんって言えば良かった……?」


 呼びたい。直文は名前を呼びたかった。まさに顔に書いてある状態であった。彼女がしたのは名前を呼ぶ注意ではない。赤い顔のまま、依乃は首を横に振る。


「そ、そうではなく……呼び捨てでもよいのですが……その、貴方に『依乃』と名前を呼ばれるのが嫌ではないのです。ただ、嬉しくて恥ずかしくて……慣れなくてむず痒くて……」


 段々と声を小さくして、顔を赤くする彼女に直文は瞬きをして笑顔を浮かべた。


「嫌じゃないなら良かったよ。じゃあ、まず慣れよう。俺はたくさん君の名前を呼ぶから、照れないで返事をしてね。依乃」

「えっ……ええっ……!?」

「依乃。返事」


 純な笑顔で見つめられ、依乃は言葉を詰まらせる。直文から離れたいが、空中には逃げ場はない。彼女は彼を抱き締めて胸に顔を埋めながら「はい」と小さな返事をした。

 パァンと大きな音が響く。

 二人は花火が打ち上がる方向に首を向けた。色とりどりの花火の花畑。火薬の臭いが風に乗って鼻孔を通る。大地に根付く花よりも儚いが、空に咲く花もまた風情があった。

 共に楽しんだ夏祭り、取り戻せた名前。

 好きな花火を密着しながら好きな人と見る。彼女にとって今日は忘れられない一日となった。





 花火のフィナーレを見終えて、二人は人気のない場所に降り立つ。元の姿に戻った直文が電話で茂吉と連絡を取り合い、駅前で待ち合わせをした。

 駅前まで二人で歩いていく。人の姿の茂吉と奈央達が駅前で待っていた。依乃の姿を見つけて、向日葵の少女は手を振る。


「あっ、はなびちゃーん!」


 澄も気付いて、近づいてくる依乃に声をかけた。


「ああ、はなび。楽しめたかい?」


 うきうきとしている奈央と優しく聞いてくる澄。楽しめたがそれ以上の収穫があり、依乃は自分の口で伝える。


「……はい、私。有里依乃は花火を直文さんと楽しめました!」


 口頭で伝えると、奈央は「そっかー」と満足げに言うが、澄は耳に入れて驚愕していた。


「……はなび? ……今なんて……?」


 奈央はきょとんとするが、十数秒後に口を押さえてまん丸くした瞳で友人を見つめる。

「……はなびちゃん……もしかして……」

 恐る恐る尋ねてくる友人に、依乃は涙を流して嬉しそうに何度も首を縦に振った。二人は確認のために花火の少女の本名を口に出す。

 有里依乃、有里依乃と。

 携帯で打ち込んで彼女の名前を確かめる。打ち込まれているのは認識できる空虚な名前ではなく、言葉として認識できる有里依乃という名であった。


「有里依乃ちゃん……」

「なに? 奈央ちゃん」


 呼ばれた名前に対し、依乃は返事をする。奈央は彼女に向いて、抱き締めた。依乃は驚き、友人を抱きしめることを受け入れた。耳元で奈央の泣き声が聞こえた。


「依乃ちゃん、依乃ちゃん……! よかった……よかったよぉ……!」


 抱き締め返して、依乃は涙をボロボロと流す。


「……奈央ちゃん。ありがとうっ。今まで私を私として接してくれて、本当にありがとう。澄先輩も気にかけてくれて……本当に、本当にありがとうございますっ……!」


 涙を指で拭って、澄は表情を柔らかくした。


「本当によかった……依乃。君の名前が戻ってきて、本当によかった」


 嬉しそうな澄の声に耐えきれず、更に依乃は泣き出す。奈央と依乃はお互いに抱き締めて泣きあっていた。泣く三人の少女を見つめて、直文は優しく微笑む。茂吉が隣にやって来て、相方に報告をした。


「直文、名前を奪われていた失踪者の名はちゃんと認識できるようになったよ」

「……幸徳井治重。この名を音として認識できる。ナナシ、名取の社は完全に消えたようだ」


 相方の嬉しそうな顔を見て、茂吉はにこやかになる。


「直文、嬉しそうじゃん」

「当然だよ。もっくん。名前は人の証。大切な存在証明だ。今の彼女が人として普通に生きて幸せを掴めるんだ。こんなに嬉しいことはないよ」


 愛しく幸せそうに依乃を見る。茂吉は自身の友の顔を見て安心した。この先の問題は多くあるだろうが、今は喜びを味わっているべきだと二人は考えていた。

 茂吉は三人に声をかけて、喜びの話題を与えた。

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