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平成之半妖物語  作者: アワイン
1-1章 平成之半妖物語開幕
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1 夏の日の出逢い

 スマホが全国で普及しつつある時代。まだ折り畳み式の携帯が現役である頃。

 西暦2010年。平成22年。

 朝日は街を照らす。日本の夏の朝は暑さが少ない。そんなある二階建ての一軒家の部屋。エアコンの冷房が効いた部屋は寝心地はいいが、体を冷やしてはいけない。

 六時にアラームが鳴る。ベッドから彼女は身を起こして背伸びをした。目を擦りながら欠伸をする。

 彼女はカーテンと窓を開けた。雨戸の鍵も外して、外の空気を入れる。夏特有の湿気を含んだ風を肌で感じた。窓とカーテンを閉め、少女がパジャマを脱いで制服に着替える。姿見の鏡で確認をする。半袖のセーラー服の夏服にスパッツと学校規定のスカートを穿く。リボンをつけて黒髪をとかしてポニーテールにした。さらさらの髪を揺らし、彼女はスクールソックスを履く。

 エアコンを切る。彼女は昨夜準備したバッグを開けて中を確認した。予定帳を出して名前の部分を見る。

 ■■■■。そこにある名前は読めない。自分の名前を発音しようにもわからない。五年前、突如彼女は名前を失った。家族の名前は発音できるが、名字が発音できない。自分の名前をわかるはずなのに書いても黒く塗り潰されて現れる。己の目でも確かめられない。

 予定表の名前の項目を見続けて、彼女は発音した。


「……私は■■。■■■■」


 あの日から、朝自分の名前を声を出して確認するのは日課。わかるはずなのに、自分の名前がわからない。日課が終わると彼女は予定表を開いて教科の確認。確認をし終え、彼女は予定表を通学バッグにしまう。一階にあるキッチンとリビングに向かう。

 おはようと■■は言えない。

 中学二年生の夏から彼女の両親は海外での仕事が多くなり、家にあまりいない。だが、彼女にとっては好都合。わからない名前を呼ばれるたび、彼女は現実との疎外感を抱く。近所の人や祖父母が時々来て、世話してくれるのでやっていける。

 ■■は窓を開けて網戸にした。リビングを換気して、お皿と自分のコップを用意した。冷蔵庫からいくつか密封容器を出す。

 昨夜、作り置きした常備菜と昨日の晩御飯の残りを出して、お皿にのせていく。炭水化物はあんバタートースト。ここに彼女の好物はあんバタートーストと明記しておく。お皿に盛り付けて、まだおかずがある密閉容器は冷蔵庫にしまっておく。

 ■■は手を合わせた。


「いただきます!」


 ぱあんと手をたたき、少女は箸でおかずを掴んで口に運ぶ。

 暗い気持ちを吹き飛ばすには食べて動いて、勉強して休んで寝る。日々の生活に追われていたほうが彼女の気は紛れた。そのほうが、奇妙な家鳴りやどこからともなく感じる視線から素知らぬふりができる。

 怪しい場所を見つけても、すぐに通り過ぎる。危ないと感じたときは笛の音が聞こえて危険を教えてくれるため、すぐに逃げられた。

テレビをつけて、ニュースを流す。


【──より、田んぼの近くを通った小学生児童三人のうち二人の行方がわかっておらず、一人は命に別条はありませんが恐慌状態にあり】


 見覚えがある場所だと思いつつ、■■はご飯を食べた。最後にあんバタートーストの順番で食べる。 


【次のニュースです。昨晩、〇〇会社が〇〇と業務提携を】


 ニュースを見ながら彼女は社長の顔を見る。年相応に整った顔立ちだ。幸徳井治重さんと表示されるが、今の■■に関係のない話であり聞き流した。


「ご馳走さまでした!」


 両手を合わせて、食事の終わりの挨拶をし終えて食器を洗って片付ける。終えたら、テレビの電源を落とし、家全体の戸締まりをした。彼女は通学バッグを持っていく。靴を履き、玄関を開けて鍵をかけた。

 青い空と眩い太陽。自転車を出して、彼女は家の門に出た。


「いってきます」


 門にも鍵をかける。背を向け、彼女は自転車に乗って漕ぐ。

 現在、夏休みに入る二週間前。中学三年生の彼女は受験勉強の真っ只中。

 昔は、■■は学校が大好きだった。しかし、空白の名前のせいで苦手になってしまい、呼ばれるたびに怖くなる。他者からも名前を呼ばれても、名を書かれてもわからない。彼女の反応を面白がるいじめもある。つらくとも彼女は不登校で家族に迷惑をかけたくなかった。いじめがあっても、■■なりに登校している。

 静清バイパスの下を通った。彼女は止まり、自転車から降りた。近くには新田。隣には田んぼや畑などの農地がある。その間に挟まっている道路を通る。彼女は遠くに見える田んぼを見た。


「そういえば、向こうの田んぼ……ニュースでやってた場所だ。物騒だし、怖いなぁ」


 ニュースで流れていた場所。内容を思い出して、目の前にある風景を眺める。田植えは終わっていた。

 風によって田の苗が揺れ、竜爪山という遠くにある山を見つめた。

 辺りに響く蝉の鳴き声。■■は風情を感じて笑う。


「夏だなぁ」


 田んぼの苗が揺れる様子が草原のよう。彼女はこの場所を通るのが好きである。物騒な事件が起きた現場ならば通らない方がいい。

 残念そうに眉を下げていると、田んぼの真ん中に人が見えた。彼女が見ている田んぼの管理者とは知り合いであり、作業をし終えたと聞いている。


「……じゃあ、あれは誰?」


 自転車に乗って近付いてみようとした瞬間。


「君、こんな所で立ち続けるのは危ないよ?」


 背後から声をかけられ、彼女は驚いて振り返った。

「おはようございます。ここは道が狭いし、不審者も出やすいから早く学校へ登校した方がいいよ」

 その相手は穏やかにあいさつをしてきた。長袖の開襟シャツと夏用のタートルネックを着ており、デニムパンツとスニーカーの男性。普通の男性が着るような服だが、美しい男性ならば話が違う。彼はツバがついた黄色の帽子とロールベストを着ている。


「……おーい、聞こえているかい?」


 恐る恐る声を彼はかけてくる。

 見た目は、二十代後半に差し掛かるくらいだろう。整った顔立ちに凛々しい眉が下がって困っている様子だ。瞬きをする度に長いまつ毛が見えた。独特の美しさがある。黒い瞳が一瞬だけ金色に見え、束ねられた艶やかな長い黒髪が風で揺れる。

 一瞬だけ夜空が思い浮かび、彼女は呟く。


「夜空の化身?」

「……はい?」


 男性は呆然とし、己の失態に彼女は気付いた。


「あっ、す、すみません。おはようございます! 何でもありません」


 ペコペコと謝る彼女に、男性は苦笑して手を振った。


「気にしないで。けど、ここは道が狭いから車が来る前に早く登校した方がいいよ。この通りは不審者が出る情報があるからね」


 彼の指摘は確かだ。何者だろうと彼女は男性の姿を見続けるが、腕についている「パトロール中」と書かれた腕章を見る。彼女の目線が腕章にあると気付いて、彼は近くで見せた。


「俺は通学ボランティアで登校する児童の見守りをしているんだ」


 彼は新田の反対側に首を向ける。同じ姿をした男女が歩いている。彼に気付いて反対側の人は手を振る。彼は大きく手を振って、存在を確認させて見直す。

「とまあ、こんな感じだな」


 彼は微笑む。言っていることは本当だと彼女は確信して聞く。


「あの、もしかしてニュースの……」


 パトロールの理由として思い当たるのがこれしかない。

 今通ろうとする道は、時折彼女より年下の子供達が遊ぶ時がある。通る人も限られており、夜は街灯がないとわからないほど暗くなる。不審者も出やすい通りではあり、通る人も少ない。

 真剣な顔で彼は頷く。


「ああ、その通り。近隣の小学生……二人の児童がこの辺りで行方不明になっているんだ。前々から不審者の目撃情報もあったけど、行方不明とまでなると厳しくパトロールをしなくてはならない」


 ニュースを見る限り、二人は行方不明だがもう一人は恐慌状態らしい。よほどの事がここにあったのだろう。彼女は顔を俯かせた。


「……怖いですね」

「うん、最近は物騒だよ」


 男性は申し訳なさそうに声をかける。


「話しかけた俺が悪いんだけど、そろそろ学校に向かった方がいいと思うよ」

「えっ、あっ!」


 彼女は目を丸くし、慌てて自転車に乗る。


「すみません!ありがとうございます!」


 ペダルを漕ぎ出そうとして、彼から声をかけられた。


「待って。これ」


 男性から渡される。通学路ボランティアの番号が書かれた紙であり、何気なく手にして彼は笑う。


「不審者が出たときはここに電話してね。いってらっしゃい!」


 男性に彼女は返事をして、急いで自転車を漕いでいく。



 男性が田んぼを見ると、帽子の人は風景に溶けて消えていく。彼はボランティアの人に呼ばれるまで、じっと田んぼを見ていた。


 少女は何とか遅刻せずに済む。しかし、朝に出会ったパトロールの男性の存在が印象に残る。しばらくの間、彼女は上の空であった。





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