7 彼女と彼のデート
奈央の親同伴で少女三人は駅のホームに降りる。切符を通して、改札を出る。
正面の新清水駅前の入り口で浴衣と甚平を着た男性がいた。一人は直文で寒色の浴衣を着て、■■と同じシンプルな下駄を履いている。団扇で仰いでおり、絵になる姿に■■は見惚れていた。甚平を着た茂吉が彼女達の到来に気付いて、無邪気に笑って手を振る。
「あっ、ヤッホー、はなびちゃん。田中ちゃん、高島ちゃん。こんにちは。俺達も夏の装いだよー☆」
直文もやってくる彼女達に向けて手を振り、奈央の母親に軽く頭を下げた。
「こんにちは、久田直文です。こちらが俺の友達の寺尾茂吉。娘さんからは話は聞いているかと思います。よろしくお願いします」
丁寧に挨拶をして、顔を赤くして真美は夫の背中をバシバシと叩く。
「ちょ、やだ! 久田さん、美丈夫っ! 寺尾さん、愛嬌あるっ! 目の保養すぎる!
はなびちゃん。こんなカッコ良い人といるのに、何も起きないなんておかしいよっ!?」
「ま、真美さんも、奈央ちゃんみたいにはしゃがないでください!」
■■は顔を赤くして突っ込む。蛙の子は蛙の子というだろう。奈央も「でしょー」と同意している。
直文は彼女の姿をじっと見つめた。名無しの少女はビクッとして頬を赤くした。偽りなく素直に直文は感想を述べる。
「とっても似合っているよ。うん、俺が想像していた以上に魅力的だ」
「は、はい」
率直で飾り気のない言葉に■■の頬は赤くなる。明らかな態度で好意を示す姿勢に、茂吉達は感嘆するしかなかった。真美は娘に付き合ってないのかと聞いて、首を縦に振られて驚いていた。告白もしていないのだ。澄は■■に近付いて耳打ちをする。
「じゃあ、私達は花火の場所取りをしてるから、二人で屋台を楽しんできな」
彼女はビクッとすると、茂吉は直文の肩に手を置いて笑う。
「頑張れよー☆ なおくん。良い時間を」
「……えっ? ……あっ! 茂吉!」
直文は一瞬意味がわからなかったが、すぐに気付いて茂吉を呼ぶ。だが、彼は素知らぬ顔をして澄達について去っていった。
二人はしばらく立っていると、照れながら彼が声をかける。
「……屋台がある方に水風船のお店があったよ。水ヨーヨーというんだっけ。やってみない?」
「……はい」
誘いを無下にするわけにいかず、頷いて彼の誘いの返事をした。彼が手を出す。人混みが多いゆえに、繋いでほしいと言うことなのだろう。
名無しの少女は手を取って歩いていった。
屋台のある広場まで来る。いくつかの娯楽もあり、屋台もあった。
直文と■■の目的の店につく。
店はビニールパラソルを屋根代わりに、水を入れたビニールプールがある。プールには多くのゴム紐のついた水風船が浮かんでいた。通称水ヨーヨー。親子が楽しそうに取っており、■■は幼い頃を思い出す。
彼女の幼い頃は祭りがある時は、娯楽を目的とした屋台をよく楽しんでいた。名を奪われてからは、祭りは花火を見るか踊りに参加する以外楽しんでいない。屋台と人混みの中で、現実との疎外感を余計に味わっていた。
「じゃあ、はなびちゃん。やってみよう」
直文の近くにいる。あだ名を呼ばれるだけで周囲が輝いて照らされて、■■はここにいるのだと教えてくれるようだ。
■■は頷いて二人でお金を払う。
紙の紐についた小さなフックを利用して、彼女と彼は親子に混じってヨーヨーを取る。紙の紐である為、濡れてしまうと水風船のヨーヨーの重さに耐えきれず落ちてしまう。逆に言えば、切れなければ何度も取れるのだ。
■■の狙いは花火柄のヨーヨー。ゴムの紐が深く沈んでおり、取るには難易度が高い。彼女は水の中には掬ってとってみる、紙紐が濡れてするが、重さに耐えきれず落ちた。一つも取れないことに■■は頭をガックリと項垂れた。
横の親子は直文を見て感嘆していた。
「お兄ちゃん。すっごーい! きようだね!」
「ええっ、あんなに紙紐で取れるものなのかっ……?」
彼女は直文の方を見ると、ひょいひょいと全ての水ヨーヨーを取っていく。店主は慌てまくり、ヨーヨーを量産しようとするが、その前に彼が全部取ってしまった。手にした全てのヨーヨーを見て直文はやりきったと笑う。真っ白に燃え尽きる店主に拍手をする親子。■■は呆然として彼に言葉を漏らす。
「……そんなに、取れるものなの?」
直文は笑顔を見せる。
「コツさえあればね。これって全部取れたらどうなるの?」
不思議そうに聞く彼に、■■は疑問を浮かべた。水ヨーヨーは取れたら、取れた分だけ貰ってもよい。直文は全部取るゲームだと思っているらしい。
「あの直文さん。これ、全部取るゲームじゃないです」
「えっ、そうなのか!?」
教えると物凄く驚かれる。彼は慌てたあと、綺麗な花火柄のヨーヨーだけを貰って真っ白になった店主に謝った。早く全部取られるとは予想できなくて仕方ないだろう。ヨーヨーの屋台から離れて、直文は彼女に水ヨーヨーを渡す。
「これ、欲しがってたよね? はい」
必死で取ろうとしていたのを見ていたらしい。彼女は感謝をした。
「ありがとうございます。でも、貴方はよかったのですか?」
「うん、俺は君が楽しんでるならそれでいいんだ」
嬉しかったが、■■は直文自身にも利益があってほしいと考えた。ヨーヨーを手でぶら下げて、一緒に歩いていく。
二人は歩きながら食べ物を食べ歩きをしつつ、娯楽のある屋台を楽しんだ。
直文は射的では全ての商品の物を倒してみせ、金魚すくいでは大会で開かれるほどの腕前を見せて網の紙が破れるまで、大方の金魚を掬っていった。
的屋からしてみると『的屋潰し』とも言える加減のなさを見せて、店主を真っ白に燃え尽きさせていく。本人は■■を楽しませたいだけであり、潰している自覚はない。彼女は最初は凄いと称賛していたものの、段々と凄さに引きつつある。景品については欲しいものだけ貰い、残りはお店の方に戻している。
彼女の手にはビニール袋でたくさんだ。輪投げの店で、流石に彼女は声をあげる。
「直文さん。ストップです!」
「ん?」
手を止めて彼は何事もないように首を向ける。高得点の点数へ多くの輪を投げており、店主も真っ白に燃え尽きていた。彼は瞬きをして聞く。
「もういいのかい?」
「じゅ、十分です……」
直文は「そっか」と微笑み、お菓子だけを貰う。高得点の景品を受けとるのをやめた。水ヨーヨー、二匹の金魚、ぬいぐるみ、お菓子諸々。手にいれた物は多い。大半の荷物は彼は持ち、幾つかのビニール袋を見て直文は気付いて苦笑した。
「もしかして、俺張り切りすぎ?」
「もしかしなくもです」
指摘して互いを見合って笑う。幾つかの手荷物を見て、直文はポケットから携帯を出した。
「じゃあ、せめてお菓子の消費だけは手伝ってもらおうか」
誰にと聞く前に、彼はアプリを開いて文字を打っていく。【的屋での景品とお菓子。ただであげる】と送った瞬間に、すぐに既読がつく。人混みの奥から見覚えのある姿が見えて、■■は納得した。
相手は手を振って、無邪気にかき氷を手にしている。
「やっほー、サンキュー! なおくん、はなびちゃん!」
茂吉である。ただで貰うお菓子と聞いて、食いつかないわけない。二人の目の前にやって来て、彼は驚いていた。
「おおっ、すごく景品を取ったね。なおくんでしょ?
彼女のために張り切りすぎだよ」
「だよね……」
言われて直文は苦笑し、■■は同意する。二人がしているネックレスを見て、茂吉は笑みを消す。直文のしているネックレスを指差した。
「直文。これ、本当についてるんだね」
「まあね」
途端に茂吉はげんなりし、周囲を見回す。上司がいないかどうかを探っているらしい。居ない様子に茂吉はほっとして、直文から幾つかの菓子の袋をもらって話し始める。
「けどさ、珍しいよね。あの人がわざわざ出向くなんてさ。余程、はなびちゃんが気になったのかな? あの人は色々と知っているからなぁ」
「……余計なお世話のような気もするが……あの人は俺達の親代わりのような人だしな」
直文は仕方ないと言っている様子に、茂吉は同情の目を送る。
「ごめん。頑張れしか言えないわ」
黙って頷く直文。本当は曰く付きのネックレスなのかと彼女は不安になった。本当に詳細を言えない直文。上司の殴り込みを決意するように拳を強く握って震わせていた。直文は相方に幾つかの荷物を渡す。
「悪い。茂吉。これを本部に送っておいてくれ。金魚は池に放ってほしい」
「はいはーい、ここよりもあっちの方が長生きするもんね。じゃあ早速受け取ったので、俺は一旦本部に帰るためにここでドロンするね。じゃあね」
軽く手を振って、茂吉は人混みに紛れて姿を消した。前のように煙をたてて消えることはない。人混みが多い故に下手な行動はできないのだ。直文は息を吐き、彼女に声をかける。
「……ちょっと散策していこうか?」
ネックレスの不安について聞きたいが、聞くのも怖い気がして彼女は黙って頷いた。




