『さみしんぼの柘植矢さん』
俺がある友人から聞いた話だ。
昔、ある村に柘植矢さんっていうじいさんが田んぼをしていた。性格が悪くてさびしんぼで自己中。柘植矢さんは近所の人たちからも嫌われているし、近所にも嫌がらせをするからあんまり関わりたくない人らしい。けど、その柘植矢さんの田んぼに悪戯に中へと入った子供たちがいた。
子供を叱るのはいいさ。田んぼの侵入なんて、許可なくちゃしちゃ駄目なんだからさ。けど、その柘植矢さんは子供たちを叱るために、鎌や斧をもって襲いかかってきたんだ。
子供たちは逃げて、親に泣き付いた。ここまではやりすぎだろと、子供たちの親が柘植矢さんに怒りに言ったんだ。その柘植矢さんは知らんぷり。なんど怒っても無視を決め込んで「わしは悪くない」の一点張りだ。かんかんに怒った親は何をいって聞かないじいさんを無視した。
そこからその子供たちを注意したんだ。子供たちにもう田んぼに入らない。近づかないようにとな。怖い思いをした子供たちは、当然もう田んぼに近付かないと決めた。
けど、そんなある日。その子供たちとは無関係な子供が柘植矢さんの田んぼの近くで行方不明になったんだ。
最初はみんな探した。不審者に連れ去られたと思っていた。けど、次、次へと子供が行方不明になっていく。しかも、それが柘植矢さんの田んぼの近くだ。もうここまでくると柘植矢さんが怪しくなる。
彼を訪ねると、柘植矢さんは「知らん」の一点張りで逆ギレして怒りはじめたんだ。怪しいと思い込んだ一人は、他の人に柘植矢さんの相手を任せて、柘植矢さんの家に入り込んだんだ。
和室と寝る部屋。ここまでは普通だった。しかし、ある部屋に入る前におかしな臭いがしてきたんだ。
その人が戸を開けると、床に横たわり、壁へと磔にされている行方不明の子供たちがいる。全員の首には切られたあとがあり、子供の全員が息絶えていた。
その人は理解して悲鳴をあげた。その悲鳴を聞いて人々《ひとびと》は柘植矢さんの家に上がり込んで、惨状を目の当たりにした。行方不明の子供が死んでいるのだ。柘植矢さんの家にいるのに、本人はそれを見て「わしは知らん。わしは悪くない」の一点張り。
そのあと即逮捕。現場検証と事情聴取をしたんだが、動機がまるでもってわからない。「わしは悪くない。わしは知らん」と何度続けている。
いやいや、ボケている訳じゃないさ。完璧クリアな人さ。
だけど、動機は推察できる。
最初に柘植矢さんのじいさんはさびしんぼって書いただろ?
あのじいさんは若い頃に何度か離婚しているんだよ。小さい子供もいたらしいけど、まああんな性格じゃあ離婚して母親のもとに親権いくよな。昔に親も病気で亡くなったらしいから、一人が寂しくなって狂ったんだろう。
だから、構って貰うために近所の人に迷惑をかけたりした。だけど、子供たちを襲った方がもっと構って貰えると味をしめて、子供たちを襲っていったんだろう。最悪なかまってちゃんだ。
柘植矢さんは犯罪をしたのに、反省の意もない。死罪決定だ。柘植矢さんによって亡くなった子達は丁重に弔われた。柘植矢さんの田んぼも更地になって家がたった。柘植矢さんの家もなくなって跡形もない。これにておしまいとなると、過去に起きたただの猟奇的な殺人事件になる。
だけど、これには続きがあるんだよ。
村はある程度開発が進んで、町となった。けど、所々にはまだ田んぼがわずかに残っている。柘植矢さんの田んぼは更地にはなったけど……他の人の農家の田んぼもあるわけだ。
ある日小学生がその近くの田んぼを通ると、鎌を持った帽子のじいさんが田んぼの中に立っていたと言う。子どもはそのじいさんに声をかけたそうだ。
「おじいさん。そこは危ないですよ!」って。
善意の声かけだった。ただの善意の声かけだ。
その声に反応してじいさんは小学生を見たんだ。じっと見つめ続ける。ずっと見つめ続ける。小学生はそのじいさんがおかしいと気づいたんだろう。去ろうとしたとき、そのじいさんが目の前にいたらしい。鎌を振り上げて小学生を見つめていたんだと。
「わしは悪くない」と言ってその鎌を振りおろした。
その日、小学生が行方不明になった。
次の週、また小学生か行方不明になった。
またまた次の週、集団で下校していた小学生……中学生も行方不明になった。
彼らに捜索届は出されているものの、その子供たちは一向に見つかっていない。行方不明になった子供たちの親はどうしたこっちゃと慌てるさ。そうしたら、昔からいる人が「柘植矢さんの仕業だ」と言い始めたんだ。
その人は昔 柘植矢さんに襲われて注意を受けた子供の一人だった。まあ、柘植矢さんの名は、猟奇的な殺人事件として町に知れ渡っている。
皆はまさかと思ったさ。その人が言うには。
「柘植矢さんはきっと自分の死が納得いかないのだろう。だから、ああして自分が寂しくないように子を殺して仲間として取り込んでいるのだろう」と。
みんなは嘘だと思ったさ。
けど、話を聞いたある好奇心旺盛な中学生が、柘植矢さんをカメラに納めようと夜に田んぼに近づいたらしい。すると、田んぼの真ん中にいる帽子を被ったじいさんを見つける。
間違いない。柘植矢さんだ。そう思ったんだろ。
声を潜めて、物影に隠れて柘植矢さんの姿を中学生はカメラで捉えようとしたとき。
背後に「おにーちゃん」と声がかかる。なんだと、振り返ったとき、ランドセルを背負った小学生がいた。首にはぱっくりと開いた傷口を持ちながら、空虚な瞳でその中学生を見つめていた。
中学生が悲鳴をあげて、カメラを落とす。逃げようとしたとき誰かに足を掴まれて倒れた。中学生がそれを見ると、同じように首にぱっくりと開いた傷口を持った小学生だった。
逃げようにもものすごい力で逃れられない。中学生は大きな影におおわれて、目の前を見上げる。そこには鎌を振り上げて、笑う柘植矢さんがいた。
「わしは悪くない」
その中学生は奇跡的に助かって、病院に運ばれて一命を取り止めたけど、もう田んぼに近付きたくないと言っていたそうだ。この件があってから、ある地域では子供を田んぼに近づけさせないらしい。
『さみしんぼの柘植矢さん』