7 彼の気持ち
振り付けの練習が終わり、各自でお昼ご飯を食べる。
外食する者もいれば、家に帰って食べる者、コンビニで済ませる者もいる。■■達は近場のお店で済ませるが、奈央と澄の茂吉の食いっぷりについての反応は言うまでもない。
午後は用事を済ませるために帰る者も多かったが、奈央達は残って振り付けの練習をする。
直文達はそれぞれの動きに個性が出てきており、他者を楽しませるものになっている。奈央の振り付けも形になってきている。澄は元々参加するつもりがあったのか、事前に練習をしてきており、振り付けは完璧だ。
一通り練習を終えた後は、ミーティングをして解散となった。荷物を持って玄関で靴を履く。奈央は疲れ果てた声を出す。
「あーつかれたよぉ……」
「そりゃ、午前から踊ってたんだから疲れるよ。私も先輩もくたくただもん」
彼女は答え、澄は首を縦に振る。
「音頭ならいいけど、かっぽれは結構堪えるね。けれど、はなびがダンスが上手いとは思わなかったな。エイサーのフリー枠、凄かったよ」
「ありがとうございます。小さい頃から、ダンスは好きだったんです。……ダンスは習ってたんですけど、五年前にやめてしまいました。けれど、今でも好きなものの一つです」
バッグを手に■■は微笑んで言う。名前を奪われたあの日から■■は名前を呼ばれたくなく、名を呼ばれる機会を減らした。唯一、■■を繋ぎ止めているのは日々と名無しの少女が好きなものだ。
澄と奈央はなんとも言えない顔をする。気にしないでと言う前の彼女に声がかかった。
「はなびちゃん」
直文に呼ばれて名無しの彼女は体を向ける。ふんわりとした木漏れ日を思わせる笑みがあった。
「今日、君と踊りの練習ができてよかった。楽しかったよ、ありがとう。また君と一緒に踊りたいな」
夕日が照らす中、下心のない素直な感想に■■は顔を赤くする。茂吉はそういうところだぞと呆れた顔をして、澄と奈央は聞くだけで照れてしまう。フードの彼は直文の頭にごつんと拳をぶつけて、駐車場の方へと向かっていく。直文は頭を押さえながら、疑問を呟く。
「っなんで殴るのさ……」
「なおくんが乙女ゲーでありそうな台詞を素で吐くからだよ。普通は言わないよ」
茂吉のツッコミに直文はキョトンとする。
彼の反応からして自覚はないらしく、■■は胸をつかんで深い息を吐く。名無しの彼女の心臓が激しいからだ。昼間の事といい、先程の事といい直文の発言は心臓に悪い。
「俺は彼女だけしか言わないし、言うつもりもないよ」
誰がここで名無しの少女の心臓にロケット花火を打ち込めといったのか。茂吉は天を仰ぎ見て、澄は頬を赤くして目をまん丸くした。奈央は脳内で「えんだぁぁぁ」と曲が流れるが、実際は失恋の曲である。聞いた■■は硬直しており、一歩も動けなかった。
──あの後、茂吉から一通り説教を受けた直文。内容を分かりやすく言うと、勘違いさせるのよくないやら、世間体を考えろだの、歳の差本気で考えろ等々。酔狂言を自称する男が真剣に叱る様は何とも言えない。直文の天然は彼すらも困らせるもののようだ。
夕食を食べて、片付けてお風呂に入るまでの間、彼女は夏休みの宿題をしていた。直文は勉強も教えられるぐらい、頭が良いことが判明。奈央と■■のわからない場所を分かりやすく教えてくれる。しばらくしてお風呂に入って、名無しの少女は自分の部屋に入った。奈央は先に布団に入っており、■■は鏡を出して髪を乾かす。髪の手入れを終えて後片付けをしていると、奈央の声がかかる。
「ねぇ、久田さんってはなびちゃんのことが好きなのかな?」
驚いて手にしていた櫛を落とす。直文が優しいのは知っている。動揺する■■をよそに奈央は話を続ける。
「だってさ、今日一日見てたけど、直文さんのはなびちゃんを見る目がとっても優しかったよ」
「と、年の差があるから考えられないよ。それに、こういうのを不純異性交遊って言わない?」
「えーっと、はなびちゃん。ネットによると、不純異性交遊とは結婚する前の責任をとれない未成年の男女が子作りすることらしいよ。年の差の恋愛はそうは言わないと思うな」
退路を断たれて彼女は項垂れる。彼が好意を持っているのかと言う疑問と謎の期待で■■の顔が赤くなっていく。勘違いさせるなと、直文を茂吉が叱っていた。純粋な人としての好意なのだと名無しの彼女は考えていた。様子を見て、奈央は苦笑する。
「ごめんね。私から見て久田さんがそんな風に見えたから」
「……もう、心臓に悪いこと言わないでよ」
ため息を吐く■■に、奈央は再び謝った。櫛を片付けて、■■は電気を消してベッドに入る。友達に就寝の挨拶をした。
目を瞑る際に、名無しの彼女は直文のことを思う。考えてみれば、最初から優しさを見せるのは怪しい。仕事以外の理由があるはずだ。
今度聞いてみようと、■■は眠りにつく。
シャン。鈴の音がする。
■■は目を開けると、簾のかかった座敷に誰かが座っていた。影になっていてわからないが、二つの竜の角が生えている髪の長い子供。豪華な着物をたくさん着込んでいるのだろう。座敷の両端に二つの紐がついており、座敷から動けないようだ。
■■は周囲を見て気づく。
何処かの貴族の部屋。平安の雰囲気を残しつつ、何処か新しい雰囲気。周囲に平成にあるような器械がなく、昭和で使うような機械も、明治や大正で育まれた和洋折衷の器具もない。
お座敷の部屋に誰かが現れた。
質の良い着物を着た侍女と豪華な平安貴族の男。侍女はお膳を持ってきて、男はその子供に膳を捧げていた。
顔を覗き込もうしたが、見られなかった。
膳にあるものを手にして、子供は食事を食べていく。どうやら、お箸で食べることを教えられていない。男は子供を持て囃しているが、名前らしきものを呼んでいない。子供がそれを食べ終えた。
子供が何もしない様子で男たちを見つめる。その男は舌打ちをして膳を下げた。
褒める言葉を述べたのち、背を向けて侍女たちを連れて去っていく。子供が何かするのを期待していたのだろう。■■から見て、相手のしていることはネグレクトであった。
異形の姿をした子供を祀っているらしく、■■はその子を連れ出そうと簾を開けた。
「君、ここにいるのはよくな……」
■■は言葉を失う。龍の二本の角と耳が生えた場所以外、見覚えがあるのだ。まだ幼いものの、名無しの彼女は知っている。
「……直文さん?」
彼は笑わず、淡々と見ていた。
歳は五〜六歳ぐらいだと見てわかる。両端の紐には鈴がついており、彼の幼い手についている。服は祀られるような白い着物。所々に鈴がついていた。逃れられないように鈴をつけているのだとわかった。
「……っ待って。今、それを外すから!」
■■は手にしているものを外す。音を立てるのは不味いと気付いて、音がたたないように鈴を回収する。彼のついている鈴も手でもぎとって、彼を抱き上げた。
「……直文さん。待ってね、すぐにここから出してあげるから……!」
勢いよく戸が開く。■■は気付いて振り返ると、毛むくじゃらの獣が武器をもって入ってきた。■■たちに刃を向け、一体の獣が弓矢を放つ。少女は息を呑んで、直文を守ろうと目をつぶって抱き締めた。彼の幼い手が、■■の腕を掴む。
「大丈夫、君を絶対守るよ」
聞覚えのある声とバキッと木が折れる音が聞こえた。




