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平成之半妖物語  作者: アワイン
3 終章
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快晴3

 鬼ごっこをするのは何百年ぶりか覚えてないが、茂吉は必死で逃げる。啄木は追いかけながら問う。


「なんで、逃げるんだ? 澄ちゃんが思い出したんだから、諦めればいいものを。なんで、あの子が普通であることにこだわるんだよ」


 諦めろと言われ、何故と問われて、茂吉は立ち止まる。啄木は茂吉の雰囲気が変わったのに気付いて、掌を開く。茂吉は拳を作り、啄木を殴りかかろうとするも掌で簡単に受け止められる。今の茂吉の自慢の馬鹿力は発揮されない。

 拳を受け止めた啄木を見つめ、怒りのまま茂吉は口を開く。


「あの子が優しくて人であるの方が幸せだからだよ! 普通の人間は血生臭い日常を望まない。優しい子はもっと望まない。ならば、平穏な日常に送り返すべきだろう!」


 拳を掴む力を強くし、啄木は口を開く。


「じゃあ、お前の為に覚悟して、一緒に居たいと願ったあの子の願いを潰すのか?

それじゃあ、本当に澄ちゃんの気持ちを受け入れたことにならないぞ」


 茂吉は言葉を詰まらせる。彼女の気持ちは受け入れるが、彼自身の願いと気持ちは澄を悲しませる。遠くから駆け足が聞こえ、茂吉は大きく震えた。

 澄がこちらに来ている。他人かもしれないと言う予測もなく、彼は直感で判断を下した。彼は空いている片手で掴まれている手に手刀を入れる。


「っ!」


 啄木が掴んでいた手を離すと、茂吉は全力で駆け出す。

 彼は橋を渡り、近くにある船着き場でチケットを購入して船に乗り込んだ。

 周囲の花を眺める為に窓はオープンになっている。一目見ただけでバレる為、トレンドマークと言えるヘアバンドを外し、彼は見つけにくい席に座ってうずくまる。


「茂吉くん。何処に行ったんだ!? 茂吉くん!」


 必死に澄が呼んでいる。出ていきたい気持ちもあるが彼は自身の意地もあり、茂吉は拳を握って堪える。アナウンスとガイドの声が聞こえ、船が動き出した。

 彼は少しだけ顔を上げた。橋から見える澄の姿が遠ざかる。7~8分のほどのミニクルーズであり、彼は息を吐いた。

 風が吹き、川辺の涼しさを感じた。汗だくであるからか、風の涼しさがよくわかる。ペットボトルを出して全部飲み切る。彼は額に流れる汗をハンカチで拭った。休憩がてらガイドの説明を聞きながら周囲の風景を見る。


「……あっ」


 風景を見ながら、彼はおかしさに気づく。

 急いでチケットを買っていたとはいえ、買っている間に澄は船着き場まで追いつく可能性があった。ましてや八一と啄木が後から追ってこないのがおかしい。

 嫌な予感がしたのか、悔しげに顔を片手で押さえた。行きの終点の船着き場に着くと船から出ていく。茂吉の汗は引いていた。ヘアバンドをし直して屋根の日陰から日当に出て、水辺広場の方を見て茂吉は表情が曇る。

 涼しげに立つ男は周囲の人々の目線を集めているからだ。茂吉はペットボトルを片手でくしゃくしゃにしている。ペットボトルの音に気付いて、男は振り返る。

 待ち伏せていたらしく、茂吉は嫌そうに相方の名前を呼ぶ。


「……直文」


 名前を呼ばれ、直文はにやかに返事をしてやってくる。


「やあ、茂吉。小さな船旅。どうだった?」


 二人が追いかけて来ない理由と、澄が深追いしない理由を彼を見て察した。


「……逃げてたはずが追い詰められてたってわけね、なおくん」

「追い詰めているかどうかは、個人の所感によるだろう、もっくん」


 互いに軽く言い合う。茂吉の体力は回復していないとはいえ、少しは元気はある。その元気になった体力と気力を削いで、あえて船に乗り込むように茂吉を追い詰めてきたのだ。


「で、どうするんだ? 茂吉。逃げても別の入り口には田中ちゃんと依乃がいる」

「……うわー、それ俺への死刑宣告。微力な子を置いて傷付けたら後々報復が怖いやつ……」


 げんなりとする。直文と八一の大切な二人を傷つけた場合、武器が飛んでくるのは間違いない。茂吉は気を取り直し、手にしているペットボトルで肩を叩く。

 麒麟きりんの半妖である直文を傷付けられない。凶や厄を祓う程の力は回復しておらず、自力で立ち向かえるほどの力はない。しかし、悪知恵だけは働かせることができる。

 

「直文」

「なんだ?」


 茂吉は人差し指を向けて、直文に言い放つ。


「有里ちゃんが泣きながら来てるよ」

「なんだって!? 依乃!」


 険しい顔をして振り返る。

 依乃の事となると、盲目になるのが弱点。振り返ったのを隙に、茂吉は公園の出口に向かう。当然直文の振り向いた先に依乃はいない。

 勢いよく茂吉は地面を蹴って、橋の先にある大きな広場まで向かう。背後から直文の焦った声が聞こえたが構わない。

 通る人を過ぎて、橋を渡り切る。

 茂吉自身、澄の望みはわかっている。しかし、彼自身が澄の望みを拒んでいた。


「やっぱり、こんな自分より……澄。……君はちゃんと普通の人と幸せになるべきなんだよっ!」


 遠くに青々とした芝生の広場が見えた。浜名湖ガーデンパークの入り口とも言える緑地広場だ。

 茂吉は笑みを浮かべて、芝生の広場を一気に駆け抜けていく。

 青々とした芝生を踏み、入口まで走った。しかし、真っ直ぐとガーデンパークから出ていくしか考えていなかったゆえに、他所を気にしていなかった。茂吉の横に勢いよく人が飛びかかり、抱き締める。彼は目を丸くし体勢を崩し、共に芝生の上に倒れた。


「いってて……」


 体勢を仰向けに、茂吉は空を見上げた。雲ひとつない青い空。太陽が脇に見え、押し倒した人物は彼の視界に入る。


「やっと、捕まえた……! 茂吉くん」


 穏やかな紫陽花を思わせる澄の笑顔がそこにあった。




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