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平成之半妖物語  作者: アワイン
3-4章 止まない雨はない
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14 ep 雲一つないこの空の下

 7月の下旬、ガーデンパークの近くにあるホテル。

 そのホテル内のモーニングコールで、茂吉は目を開ける。

 天井だけでなく、部屋の壁は白い。カーテンから漏れる朝日で彼は目が覚め、気怠そうに体を起こす。ホテルが宿泊客用に用意した服を着て、寝ていた。

 夜目に慣れている茂吉は部屋の内装がよくわかるが、朝日を浴びなくては一日が始まらない。ベッドから起きて、スリッパを履く。

 カーテンを勢いよく開けた。


 窓から見えるゴルフ場と近くにある浜名湖ガーデンパーク。


 国は日本でありながら、見ている光景は海外のようだ。彼は浜名湖のホテルに宿泊している。相方の直文がここで泊まるよう手配していたからだ。


 会員制のホテルではあるが、組織の一員はよく利用している。


 茂吉と直文もホテルの会員だ。変化を解いて現実に戻った時、真っ先にこのホテルの前に連れてこられた。いつの間にと思ったが、昨日の彼は聞く気力もなくなされるがまま部屋に押し込められた。何かあるなと思ったが、疲れを癒やしたい思いの方が強く流されてしまった。

 直文が去ったあとは、入れ替わるように啄木が来て簡単に診てもらう。傷ついた箇所も治療してくれたが、力ではなく人間と同じように絆創膏やガーゼを使われた。使うほどでもない傷だからだ。


 抑えていた力の開放は、自然現象や物理法則に近づくこと。無理に近づけた負担だと診断され、三日間の療養するよう啄木から叱られた。

 昨日よりマシだが、変化する力までない。狸になるまで体力を消耗するまで至っていないのが幸いだ。朝日を浴びながら背伸びをし、彼は昨夜の直文の行動を思い浮かべる。


「……本当、俺の相方は何考えてんだか」


 着ている服を脱いで、予備に用意してあった服に着替える。鏡台の前にあるホテルのアメニティの櫛を手にして髪を整え、ヘアバンドをした。豊富なアメニティにはお世話になっており、茂吉は時代の流れを感じて笑う。

 手持ちは財布と啄木から回収されたスマホだけであり、しばらくはホテルで三日間休むことにした。

 ぐぅっと盛大に腹の虫が鳴り、茂吉は苦笑する。靴を履いてレストランへと足を向ける。部屋はオート式ではないため、鍵を持っていく。

 施錠せじょうしてから、茂吉は歩き出した。


 雲のない空の下。暑い日差しが大地を照らし、人々の汗を流すが、風が程よく吹いている。朝食を彼なりの腹八分目で治めて、お腹を撫でながら微笑む。


「はぁ、流石、レストランの料理。美味しかった」


 途中の自動販売機で買った水を手にしながら、茂吉はホテルからガーデンパークへ移っていた。ホテルからガーデンパークの道は実際には遠い。ゴルフ場とは繋がっておらず、遠く回って行かなくてはならない。散歩感覚で彼は歩いてガーデンパークに入っていく。

 地元の人や遠方からのガーデンパークの花を見に来る人も多いが、夏休みに入っているからか人も多い。かつては国際園芸博覧会が行われただけのことはある。

 通称花博に茂吉も行ったことがある。麗しい花々が豊かに咲き、鮮やかであった。今の公園に昔ほど賑わいはないが、美しい花々は変わりない。


「……あの子もこの花を見たのかな」


 茂吉は庭園の中を歩きながら、紫陽花が咲いていたエリアに向かう。すでに開花時期は過ぎているが、所々に奇麗な紫陽花が残っている。


「やっぱり、植物の生命力は強いな」


 ポケットからハンカチを出し、汗を拭う。澄がくれたハンカチは綺麗に洗われ、別のポケットに入っている。拭っている最中、強い風が吹く。髪が激しく揺れるほどであり、茂吉は慌てて自前の長い髪を押さえた。


「っ!?」


 手にしていたハンカチが飛ばされた。

 掴む力が緩かったらしく、宙に舞うハンカチを見て茂吉は頭を掻く。


「……あ~……しまった」


 頭を掻くも、彼は背を向けて取りに行くのを諦める。行く気力もなく、ただ適当に歩いて散策をする。浜辺の観察園という名の広場に着く。砂浜には寄らず、茂吉は芝生の生えた広場で浜名湖一帯を見つめていた。

 心地よい風を浴びながら、茂吉は背伸びをした。


「……さて、これからどうしようか。守り続けるのは当然だけど、あの悪路王を何とかした方がいいか」


 仲間や本部にとっくに報告を済ませている。茂吉は湖を見て考えるも、明るく笑って腰に両手を当てた。


「まあ、考えても仕方ないかな。今の俺がどうしようもできるわけない」


 遠くで動くボート。湖面が風によって凪いでおり、鳥たちは空を飛んでいく。浜名湖大橋には車が通り、砂浜には男女のカップルや親子などがいて、それぞれ穏やかな時間を楽しんでいた。目に映る今の時間を見つめ、潮の香りも混じった風を浴びたのちに笑う。


「澄の気持ちは受け入れるよ。けど」


 青々とした空を見つめた。


「君は組織より日常(こっち)の方が似合ってるよ。だから、俺を忘れて幸せに生きて。俺、死なないでちゃんと生きるからさ」


 茂吉が我を忘れて狂っていた際に垣間見た澄と背景の町並みは尊く愛しかった。あの中で幸せに生きる彼女を見守れるならば、彼は本望である。

 湖面を見つめていると、芝生を踏む音が聞こえる。普通の客かと思うが、足音は茂吉に向いていた。振り向く前に、声をかけられた。


「あの」


 聞き覚えのある声に、彼は勢いよく振り向く。


「このハンカチを落としていましたよ」


 中性的な服装ではあるが、夏仕様になっている。髪は明るい黒色のショートヘア。体格も良く運動が得意そうな紫陽花の少女がいた。

 高島澄。記憶を消した少女がおり、茂吉は内心で驚いた。

 確かに会う約束をすると話には聞いていたが、彼女の後輩二人は打ち明けないと約束している。直文たちもこの件には慎重であり、手出しはしていない。

 動揺を顔に出さずに笑顔で対応した。


「……ああ、ありがとう! 申し訳ない。気付かなかったよ」


 嘘を吐き出し、彼はにこにことハンカチを受け取る。普通なら頭を下げて去るが、澄は話しかけてきた。


「あの、よろしいですか?」

「ん? どうしたんだい?」


 明るい雰囲気を装って、彼女に聞く。

 澄はポケットから地図を出す。浜名湖周辺の地図であり、困ったように浜名湖ガーデンパークを指し示す。


「実は、ここから浜松城に行きたいのですけど……」

「ああ、浜松城ね。車で来ていないなら、バスで行ったほうがいいよ。ここから出るバス停に乗って一度浜松駅に降りてね。そこからバスターミナルの──」


 茂吉は降り方とバスターミナルの番号を教える。

 教えながらも、茂吉は違和感を覚えた。彼女一人だけで来たのなら、バス停を確認しているはずだ。バスの路線や確認を怠るはずがないと、彼は笑みを少しずつやめていく。彼女をよく知っているからこその違和感である。

 教えられたあと、澄は地図を折りたたむ。強い風が吹き、彼女の首にかけてあるものも顕になる。

 彼にとって見覚えのある勾玉のネックレス。ピンク色の紫陽花の花言葉の一つに「強い愛情」というのがある。その花言葉にふさわしい笑顔が茂吉に向けられる。


「──ありがとう。茂吉くん」


 茂吉は手にしていたペットボトルを落とした。



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