12 隠神刑部と紫陽花2
澄は震えるが、燻っている茂吉は動こうとしない。彼だけは守ろうと真正面に立って両手を広げる。
「……食べるなら私だけにするんだ!」
[あっハっ葉ッは、板だキマァァぁあぁぁあ]
大きく口を開けて、茂吉ごと飲み込もうとした。言葉を聞かないと理解し、茂吉だけでも助けようと突き放そうと振り向く。
茂吉はいない。
鋭い銀色の一閃が魑魅魍魎の顔を上下に真っ二つにする。化け物の声なき悲鳴が、周囲に木霊した。紫陽花の少女は視線を戻して言葉を失う。
茂吉は澄を守るように背を向けて立ち、斧を手にしていた。
魑魅魍魎は後ろに倒れて落ちて、湖の下へと転がり落ちていく。茂吉は海の底ほどのため息を吐いて、斧を強く握った。
「……ああ、そういう……そういうこと。拒絶せず澄を受け入れて腹を括れって意味かっ!」
怒りを顕にし、首についた勾玉のついた数珠を手にして引っ張る。
「けどな。こっちも自分なりに筋は通させてもらうぞ! クソ上司!」
ブチッと切れ、数珠の玉と勾玉は落ちていく。
耳についている勾玉も地面に落ちていく。数珠を投げ捨て全ての玉が落ちた瞬間、玉と勾玉は青々とした木の葉に代わり、茂吉の周囲に漂い彼の姿を隠す。
背後にあるオルゴールが鳴り始めた。
木の葉の渦が一瞬覆うが、白い手袋をした手が現れ、勢いよく横に動かすとその姿を表した。
髪は黒く染まっているが、エクルベージュの色がメッシュとして所々に入っている。帽子をつけておらず、全身を紺色で統一した軍服である。軍服専用のズボンと皮のブーツを履いていた。た。
首にはアクセサリーとしてヘッドホンをつけている。
流石に暑いのか、彼は軍服の上着を脱いで腰に巻いた。軍服の下はワイシャツではなく、黒のノースリーブのインナーを着ている。狸の尾は腰に巻かれた軍服で隠れていた。
彼がつけている勾玉のアクセサリーは、力を抑制する封印であった。
オルゴールの演奏が鳴り響く中、斧を手に持ち直した。茂吉は柵を越えようとする前に彼女に体を向ける。
「一応だ、俺の名前を言っておくよ。俺は寺尾茂吉。人と妖怪の半分の半妖だよ」
「っ、あっ、私は……」
茂吉は額に指を当てて、優しく微笑む。
「知っているよ。澄」
ある言葉を口にする。
「消憶」
記憶を消す術を使用したとき、彼女の瞼は閉じていく。倒れようとする澄を受け止めて、屋上の上へと寝かせた。
彼女の気持ちを受け入れはするが、記憶を消すなとは言われてはないと彼はこじつける。
茂吉は自分のスマホを出して、電話帳で連絡を入れた。
「──もしもし、やっほー、啄木。今、黄泉比良坂の浜名湖のオルゴール博物館にいるんだ。澄の回収、急いでしてくれないかな? 拒否権はない。じゃあね」
スマホを切って、澄の側に置いておく。
魑魅魍魎の再生力は落ちており、肉塊は治ることはない。だが、力だけはまだ強い。裂けている上半身を手足の触手で防ごうとしている。その化け物を淡々と見つめて、茂吉は勢いよく飛び降りた。
魑魅魍魎は茂吉に気付いた。雰囲気と力が違うと、本能で理解し怯えるように震えていた。彼は苛立ちを募らせながら笑う。
「ははっ、俺の全力の八つ当り。受けてくれるね? その代わり、地獄に落としてやるよ」
斧を顔の部分に投げつけると、魑魅魍魎は悲鳴を上げる。茂吉は魑魅魍魎の核となる部分の上までいき、手を当てた。
「聞こえる囃子は奈落への足音。さあさ、お迎えはこちら!」
風が周囲に集まる。四方に竜巻ができ、宵闇色の光が混ざる。周囲の湖の水も巻き込み、近くにある木ごと地面をえぐり、山々の葉を飲みこんでいく。頭の斧が抜き出され、魑魅魍魎は触手を伸ばしてくる。彼は押す力を強くして、言霊を吐き出す。
「八相獄隠!」
周囲の竜巻が消えた。触手は先を鋭くして茂吉を突き刺そうとする。彼は笑みを浮かべた。触手が来る寸前、核の下から爆発的に風が吹き荒れた。力の発現者である茂吉すらも吹き飛ばす宵闇色の竜巻と化す。
[逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>逞帙>!!]
痛みの声を響かせる。魑魅魍魎の核は竜巻に斬り裂かれ、宵闇色の光に触手は焼かれて消えゆく。魑魅魍魎はボロボロになっていく。
飛ばされて、茂吉は落ちている。
文字通り、全力の八つ当りで力を使い果たした。湖の上に立つ術使う力も残ってない。封印していた力を無理やり開放したのあり、体に負担がかかったのだ。
宵闇色の竜巻は消えると、魑魅魍魎の姿はない。居た場所には小さな蛍がおり、それは空へと登っていかず、湖の水の中へと沈んでいく。
魑魅魍魎となった高久は倒された。
今回の一件は終わったと息を吐くが、落ちていく状況を何ともしようとしない。
「──……ああ、やっと……息をつけそうだ」
目をつぶる。誰かに手を掴まれ、体は宙吊りとなった。茂吉は驚いて目を開けて、見上げた。
「何が終わった、だ。勝手に終わろうとするな、茂吉」
叱られ、茂吉は思わず笑ってしまった。
「──ああ、ごめんよ。直文」
自分の相方に謝り、変化した直文は仕方なさそうに彼を見ていた。