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平成之半妖物語  作者: アワイン
3-3章 梅雨の時期に語られる過去話
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5 隠神刑部の金長狸へのご挨拶

 五年後。平成の世ではとおるが既に成人している歳だ。

 半妖は大人になると成長速度を止めたり、進めさせたりできる。だが、人として生きるとなると、その人の寿命を超えた組織の半妖の死期は早まる。

 茂吉は思い出しながら、とおるに寿命に関して話をした。


「俺は君の意見を尊重するよ。でも、無理はしないでね」

「わかってるよ。そのけじめで、お父さんと兄さんのところに向かうんだ」


 二人は金長狸のいる山に向かう最中である。とおると茂吉は出かける着物姿で挨拶に向かう最中である。恋人になった時は挨拶をしたり、夏や正月の時には世話になった。

 実家よりも顔を合わせているように感じる。金長狸の総本山まで来ると、二人は変化をした。

 二人共お揃いの勾玉の数珠をつけていた。僧侶の袈裟を動きやすくしたものであり、来る度に茂吉は照れくさく感じる。

 山の中にある小さな屋敷につく。とおるが門の扉を片方開けると、獣人姿に変 化をした使用人の狸達が顔を見て非常に驚いていた。眷族けんぞくの狸たちを見て、とおるは笑って挨拶をした。


「皆、ただいま」


 その中で割烹着を着た女の狸が箒を地面に落として言った。


[お、お嬢様のおかえりよぉー! とおるお嬢様のおかえりだわぁぁぁぁっ!!]


 驚きの歓声を上げて、他の狸たちは慌てて変化をした。全員は人の姿となり、両脇に並ぶように急いで立って道を作る。コミカルな一連の動きに、とおると茂吉はぽかんとし、狸達は頭を下げる。


「「「お帰りなさいませ! お嬢様!」」」

「……あの……手紙で日にちの旨は伝えたから、そこまで大袈裟にならなくても……」


 とおるの困惑した姿に茂吉は苦笑した。

 半妖とはいえ、とおるは金長の一族から愛されている。門の片方の扉の影に彼は隠れているのだが、顔を出してもいいか黙考した。彼も訪れると手厚い歓迎を受けるため、恥ずかしかった。だが、手紙で茂吉の来訪も伝えたので、顔を出さないわけにはいかない。

 彼はひょっこりと顔を出して、眷族けんぞくの狸に挨拶をする。


「こんにちは、久しぶりです。隠神刑部の半妖の茂吉です。お元気でした……か……?」


 返事もない。彼は狸たちを見ていると、あんぐりとしていた。表情も段々と変わっていく。


「きゃぁぁぁ! 茂吉様! 茂吉様よ!! とおるお嬢様の未来の旦那様が来たわぁっ!」

隠神刑部殿いぬがみぎょうぶどのの茂吉様だぁ!! 皆、宴だ! 宴を始めろ! 金長様と道雪様に早く来たとご伝達しろぉぉ!」

「あの茂吉様だァァ! わっしょい! わっしょい!」

「「「わっしょい! わっしょい! わっしょい! わっしょい!」」」


 狸たちは人に変化するのをやめて、龍や鳳凰、色んなめでたいものに変化をして、茂吉の来訪を祝っている。彼が来ると、いつも眷族けんぞくの狸が嬉しそうに笑う。茂吉は対応に困って笑顔になっていると、恥ずかしくなったとおるが大声を上げて制した。


「皆! まだそんなことじゃないから、本当に落ち着いて!!」


 わいのわいの騒ぐ。落ち着くのは、とおるの父親の金長と兄達が来てからであった。




 眷族けんぞくの狸たちが金長が落ち着かせたあと、金長と兄である道雪によって居間に案内された。若い男性は四つの湯呑にお茶を淹れていた。


 着物を着た五十代後半ほどの穏やかな男性は金長、二十代前半ほどのとおるに似ている男性は道雪だ。金長と道雪は頭を下げて歓迎した。


「再度こんな僻地に来てくださり、誠にありがとうございます。ごゆっくりしていただければ嬉しいです。茂吉殿」


 丁寧に歓迎されている様子に、茂吉は頭を下げて礼を返す。


「こちらこそ、毎回歓迎していただき嬉しいです。ありがとうございます。こちら、つまらないものですが……」


 手にしている包みを彼らに差し出す。金長の「開けてよろしいか」という声がかかり、茂吉は頷く。金長が開けると、重箱の包みの中には金平糖などの甘味が入っていた。当時にしては金平糖は高価であり、金長と道雪は驚愕する。道雪は茂吉に驚きの声を上げる。


「これ、こんぺいとうではありませんかっ……!? 茂吉殿、なぜいつもこんな高価なものをわれわれに持ってくるのですか……!?」


 金長は人の世に化けて紛れている故か、彼らは人の俗世の感覚を持ち合わせている。当時にしては高価であるが、日持ちと眷族けんぞくの狸たちに振る舞うことを考えて多く買った。


「ここの皆様には、来訪する度に快い歓迎をしてくださいます。金長殿の眷族けんぞくの皆さまと分けてお食べください」


 頭を下げて、茂吉は礼をする。心優しき狸の彼らには半妖でありながらも、いつも快く迎えてくれた。他の狸の場合、古い狸の隠神刑部の半妖でもあり、茂吉は恐れられている。とおるには同じ狸の半妖に面倒を見させると言っていたが、隠神刑部の半妖と思いもよらないだろう。だが、赤子を抱えて挨拶に来たとき、彼らは驚きながらも快く迎えてくれた。その感謝も込めて、とおるを良き女性にしようと教育係も努めた。今は恋人の立場であり、将来の旦那認定で茂吉は恥ずかしさを感じている。金長は茂吉の善意を快く受け取り、両手を揃えて頭を下げた。


「いつも我々の為にありがとうございます。このこんぺいとうを我ら一族に分けさせていただきます」


 道雪も頭を下げて礼をした。金長と茂吉ととおるが残り、道雪などの兄と眷族けんぞくや使用人に金平糖を分けに行っている。湯呑にあるお茶を一口のみ、金平糖をお茶受けに金長は口にすると甘さに表情を柔らかくした。


「いやはや、こんな甘いものが南蛮から入ってきて日の本にもたらされるとは、世間は変わるものですな。茂吉殿」

「ええ、良い意味でもたらされたものもありましょう。ですが、この先は安定していてもいつしかは時代が変わる時が来ます。そこにもまた良し悪しな文化と文明も入るでしょう」

「ですな」


 彼の話に金長は同意をして、とおるに本題を話す。


「とおるよ。手紙でも内容を見たが……組織の半妖として生きるということで良いのだな?」

「うん、組織に働くとなると疎遠になっていくと思うんだ。……お父さん。ごめんなさい」


 謝る彼女に、父親の金長は穏やかに話す。


「気にするな、とおる。お前が元気であればいい。辛くなったら、いつでも帰ってきなさい」


 父の優しい言葉にとおるは歓喜極まって嬉しそうに「はい!」と頷いた。


「とおるー」


 戸から道雪が顔を出して、妹に声を掛けた。


「とおる。大鷹おおたか殿と小鷹こたか熊鷹くまたかがお前の顔をみたいらしいぞ」


「あっ、わかった行くよ。兄さん、ありがとう! じゃあ、お父さん、茂吉くん。私は行くね」


 彼女は立ち上がって、茂吉は「いってらっしゃい」と声をかけた。立ち上がって、とおるは居間から去る。代わりに道雪が入って、金長の隣りに座った。

 和やかな雰囲気から一変して、空気が張り詰める。金長は深いため息を吐いて語り出す。


「さて、茂吉殿。とおるは妖怪退治はできてるでしょう。して、人の退治……人殺しはできてますか?」


 金長の問に、茂吉はすぐに首を横に振る。


「いいえ。俺としては、覚悟のない彼女に人殺しをさせるつもりはありません。……任務が一緒のときは俺が代わりに背負ってます」

「……そうか」


 金長と道雪はほっとしていた。金長の一族の者たちは人に悪戯をすることは少なく、人と共存をしている狸だ。優しき家系であるゆえ、性格もとおるは受け継いでいる。悪人を殺すのを、金長の一族は攻めたりはしないだろう。優しすぎるとおる自身の精神の心配をしているのだ。

 道雪は切なげに笑う。


「茂吉殿。いつもありがとうございます。私が近しき兄だというのに、茂吉殿に面倒ばかり見させて……。私もとおるのように組織の半妖で人の血を引いていれば……支えになれたかもしれない。人を殺すのにも……私が」


 彼なりに悩みがあったのだろう。道雪とは親交があるが、詳しい心情を聞いたのは初めてだ。組織の半妖は自分なりにやってきているが、根底から存在が違うのだ。


「道雪殿。『桜花』の半妖にならないでください。あれは地獄の罪人の墓場です。貴方方はまだ普通の生者なのです。ならないでください」


 断言をし、道雪を黙らせる。とおるを遠ざけたのは、『桜花』の半妖としての行き着く先についての話だからだ。とおるが実感するのは百年か二百年先だろう。

 茂吉はまっすぐと見つめ、覚悟を示す姿勢となった。


「もしとおるになにかあっても、彼女は俺が支えます。俺が責任を取ります。……もし、彼女が俺以外の別の人と幸せになることを望んだとしても、彼女を責めないでやってください」


 頭を深々と下げられ、二人は何も言えなくなった。しばらく黙り、金長と道行も深々と頭を下げる。


「どうか、とおるをよろしくお願いします」


 とおるの父親からの言葉を受け取り、彼は顔を上げて「はい」と力強く返事をした。




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