13 隠神刑部のメモ
高島澄は空いている部屋のベッドで眠っている。しばらく起きることはないらしく、その間に何があったのか話す。
ホットミルクを手に二人はソファに座り、八一はコーヒーカップを片手に賤機山であった状況を教えられた。
賤機山に澄が来た理由は不明。しかし、彼女が来たおかげで、茂吉を引き止める結果になった。
直文が止めて、八一が水をかけて正気を取り戻させ、啄木が怪異を回収した。現在、『おのたぬき』は啄木が報告と共に本部の方に運んでいる。
話を終えると直文が狸姿の茂吉を抱えて現れた。先程よりも毛並みが良さそうで、ふわふわしていた。一階の近くにある部屋に直文が入ると、すぐに出てくる。
「ごめん。茂吉を清め終わったよ。あいつしばらくは起きないと思うよ」
「お疲れさん。直文。さっき啄木からの通知が来て、本部から出るとさ」
「ありがとう。八一」
八一に教えられ、直文は感謝をした。対面しているソファーに座り、直文は息をつく。
「……茂吉を身綺麗にしている間、あいつが一瞬だけ意識を取り戻して俺にメモを渡したよ」
出されたメモを広げて、机の上に置く。血文字で書かれているため、二人は怖気づく。しかし、メモを渡すほど、重要な内容が書かれているようだ。
ひらがなで書かれている内容を依乃は読み上げる。
「……あくろおう。これは……?」
不思議そうに言う彼女に、直文は教える。
「坂上田村麻呂に退治されたという伝承上の存在の悪路王。多くの諸説、多くの伝承、多数の同一視など、様々な曖昧性を持つ創作の妖怪だ」
直文の話を聞いて、奈央ははっとする。
「悪路王って、もしかしてあの悪路王!? ゲームで名前を見たことがあります。ゲームで名前が使用されるほどの知名度のある鬼ではありませんか!?」
悪路王。陸奥国など東北地方で暴れていたとされる人物。蝦夷の頭領とも言われているが、諸説ありとされている。向日葵少女の発言に八一は口を開く。
「ちょっと、言わせてもらうけど……悪路王は鬼であり鬼じゃない。多くの諸説が混在して、本来がどれなのかがわからない非常に曖昧な存在なんだ。直文が創作の妖怪って言っただろう。二人は妖怪の生まれ方を知ってるよな?」
奈央と依乃は頷いた。
妖怪は基本的に人の思いや気に当てられて生まれる。名付けられて、呼ばれたからやっと形を得て妖怪となる。悪路王は鎌倉時代に記された名。
多くの物語や伝承に語られていては、悪路王も生まれる。創作の怪談は創作自体が本体。創作が潰えぬ限り、必ず誕生してしまう。
コーヒーを一口飲んで、八一は話を続ける。
「悪路王はその中でも特殊な存在だ。まつろわぬ民を当てはめたものや、モデルとなった存在、その本人がいたとしても、悪路王は曖昧な存在であると確立されている。鬼の姿で現れたり、人の姿で現れたり、悪路王自体古い話であるから強さも折り紙付きだ」
「創作の怪談と同じだったら……悪路王がそこらへんにぽこじゃがいることになるよ? 八一さん……」
「それはない」
奈央の指摘に断言する。
「多くの諸説はあれど、その諸説や伝承の中でも悪路王は単体として語られている。悪路王の首も復元奉納という形で存在している。復元された首が複数あったとしても、そこは創作の悪路王の誕生場所でしかなく、誕生した後に新たな悪路王は生まれることはない。九尾の狐や酒呑童子のような知名度があって強い妖怪は、存在が確立されている上に創作の怪異として生まれるなんてない」
話を聞いて、依乃は総括をする。
「つまり、悪路王は非常に曖昧な出自である故に創作の妖怪として誕生できる。ですが、生まれるのは一体だけで、生まれたらこの先に新たな悪路王は生まれることはない……ということですか?」
彼女の総括に直文は頷いた。
「ああ、そのとおり。こう語れるのは、その悪路王を昔八一が倒したことがあるからなんだ」
少女達は驚いて顔を向けると、八一は珍しく不快感を露にした。
「奈央が過去に来る随分前に私が倒した。とはいえ、ハッピーエンドってわけじゃない。
あの件は組織側の半妖もやられた。茂吉は重症を負ったし、私の相方の三代治が亡くなっている。悪路王は狡猾で力の強い妖怪だった。……だが、あの時の悪路王の魂は地獄に叩き落とした。誕生したとしても、その悪路王は全く異なるはず。異なるはずなんだ」
八一は眉を潜め、マグカップを握り手を強くする。
「……すでに生まれたとしても私達のことを知らないはず。知らないなら、何故夜久無の件と今回の金長狸の件に関われる? ……何処で奈央と澄ちゃんの情報を手に入れたんだ」
奈央の事件と今回の事件に関わっている外的要因の正体は判明した。しかし、何故関わっているのか。何が起きているのか。目的は何なのか。正体はわかったものの、謎が謎を呼ぶ状況であった。直文は腕を組みながら考え、厄介そうに話す。
「……今、考えても収集はつかないな。まず高久達が何処でどうやって悪路王と関わったのか、それを聞かなくちゃならない」
足踏みするしかない時点で話しても意味はない。全員が判断し、依乃は口を開く。
「なら、一つ。話してほしいことがあるのですが……」