12 おや、狸くん とってもお馬鹿だね
静岡の賤機山の奥。正しくは高速高架道路の近くに町がある。奥には巴川の起点がある。田舎とは言い切れぬが、自然が程よくある町だ。
依乃と奈央は直文に抱えられて、シェアハウスに連れてこられていた。
かなり大きな洋風の建物。組織が経営するシェアハウスであり、中は意外にも整えられて綺麗である。男四人が暮らしていると聞いて、二人はある程度生活感があるかと思えば、新品と思うほどの清潔感。
居心地悪くなく、いつでも客が来てもいいように整えられていた。依乃は直文から鍵を渡されて、適当にくつろいでも良いと言われた。その後すぐに変化して空へと飛んでいった。
二人は傘を傘立てにさして、建物の中に入る。鍵をかけておいて、二人は客間用のスリッパに履き替える。依乃と奈央はリビングらしき場所のソファに座っていた。
さぁと雨の音を聞きながら、二人は部屋の中を見回した。
「……凄く、清潔感が溢れる……」
依乃に奈央は頷いた。
「……私の部屋よりも綺麗……。やばい、どうしよう……綺麗にしなきゃ……!」
慌て始める奈央に、依乃は苦笑すると、玄関からカツっと音がした。
少女たちは身構える。鍵はかけてあるはずだ。泥棒かと思ったが、泥棒ならば別の手口で侵入するはずだと考える。二人は恐る恐る玄関の方に行って覗いてみると。
「──八一さん!?」
奈央が声を上げて、姿を見せた。玄関にいる八一は変化を解いた。奈央の姿が目に入ると、笑ってみせた。
「おっ、奈央か。ただいま」
「おかえりなさ……じゃなくて! なんで泥だらけの澄先輩を抱えてるの!?」
奈央の言う通り、彼女の姿は泥だらけである。賤機山にあった出来事を話したいが、優先事項を述べる。八一は奈央に声をかける。
「話は、高島澄が泥だらけだから彼女を綺麗にしてからだ。有里さんもいるよな?
私が彼女をお風呂場まで運んでおく。二人は私の式神と共に彼女をキレイにしてくれ。何だったら、二人共ここで泊まっていけばいい。部屋と客用の布団はあるし、ホテルのようなアメニティぐらいの用意はしてある。あと、彼女の入浴後の運搬と着替えは式神がやる。私はこの子の私物をキレイにしておく」
一気に八一の指示が来て、奈央は戸惑う。
「で、でも、着替えはないよ!?」
彼女の不安げな表情に、八一はウインクをして笑う。
「大丈夫だよ。何かあったときの為に、必要経費でここに君達の分の着替えも用意してある。親御さんにも連絡を入れておくし、有里さんの方には直文が話を通しておく。君たち全ての個人情報を入手している旨は聞いているだろう? 個人情報を入手して巻き込んだ分の配慮はさせてもらうさ。奈央じょーさん」
「やだ。素敵……」
「そういう奈央のチョロさを矯正したいと思うときがある」
彼らのやり取りを依乃は微笑ましく見つめた。
八一が澄を風呂場に運んだあと、彼は風呂場をすぐに出て澄の私物を奇麗にしていった。
お風呂が沸かされ、八一の人形の式神が近くで顕現する。依乃と奈央は先輩の着ている服諸共、全部脱衣場で脱ぐ。すぐにお風呂場に入って、式神と共に体を綺麗にしていく。
脱衣場の上には、タオルと下着と服が置かれていた。澄の分はいつの間にか洗濯して、乾かして畳まれていた。近くに彼女の荷物もある。
式神が澄を制服に着替えさせて運んでいく。二人は置かれている服に着替え、置いてあるドライヤーを借りて髪を乾かす。
一息ついて、脱衣場を出てリビングに向かおうとしたとき、二人は直文が帰っていることに気付く。
帰ってきていた彼に依乃は駆け寄る。
「直文さん! ……おかえりなさいっ」
ほっとして目の前に来る彼女に、直文は表情を和らげた。
「ただいま、依乃。変化を解いてさっき帰ってきたばかりなんだ。……簡単に八一から話を聞いたよ。ごめんね。勝手にあいつが話を進めて。君のご両親には話をしておいたよ。お泊まりオーケーだけど失礼のないようにって、君のお母さんから伝言だよ」
「ありがとうございます」
言われて依乃は頭を下げて感謝をするが、彼の抱えている動物に気付く。ふわふわとした生き物で目を閉じて、寝息を立てている。尻尾ももふもふとしており、肉球は梅の花のように愛らしいもの。犬ではないが、イヌ科である生き物。
奈央は目を輝かせて、その動物を言い当てた。
「……もしかして、狸ですか!?」
手を伸ばそうとする奈央に、直文は微笑んで答える。
「そう、茂吉だよ」
双方の質問の意図に誤差があり、直文からの答えに二人は硬直した。
狸が茂吉。隠神刑部の半妖であるのは少女達は知っているが、愛らしい狸がイコール茂吉に結びつかないのだ。
「じゃあ、俺は今のうちに茂吉を清めてから部屋に置いておくから、二人はその間リビングにいる八一から状況を聞いてくれ」
彼は何事もないかのように告げて、脱衣場に入っていった。脱衣場のドアが閉じられ、二人は向こうにいる狸をドア越しから見る。もふもふをしようとした行き場のない向日葵少女の手。その手に長い尾が巻き付き、奈央は驚くと変化した八一の腕の中に収まっていた。
「なぁおー。茂吉をもふもふしようとしたのかー? するなら、私の尻尾と耳にしておけ。今、疲れてるからな」
「なっ、や、八一さん!?」
二本の尾を彼女の頬に押し当てて、もふもふとさせる。八一の狐の尾にもふもふとさせられ、奈央は満足気に堪能していた。突っ込む前に、依乃は先程の狸を茂吉と断定したことを聞く。
「あ、あの、稲内さん。先程の狸が寺尾さんというのは本当なのですか?」
「ああ、本当だ。力をだいぶ消耗すると、私達はあんな風に獣の姿になってしまう。力が幾分か戻れば、人の姿に戻る」
奈央を解放して、八一は変化を解いて微笑む。
「……さて、二人も出てきたし……ホットミルクでも飲みながら話しましょうか」