9 目的果たす真っ最中
ガタガタと啄木の十手と男の斧が震える。斧が振り回されて十手ごと啄木は飛ばされた。彼は体勢を整えて近くに地面に着地する。顔を上げて、八一に声をかけた。
「おい、八一。さっきので人が集まってくるぞ。早く身隠しの仮面をするか、人避けの結界をはれ!」
「はーいはい。わかってるよ」
八一は狐を模した顔の面を出した。
つけた瞬間、変化をする。人の耳が無くなり、狐の耳が生える。九本の尾も生えたが、すぐに消えて仕舞われた。斧の男も変化をし、殺意を向けている。互いに仮面をつけており、八一は腰に柳葉飛刀が入ったベルトをつけた。
「ウゥゥヴぅぅ………」
斧を構えて、唸り声を上げる彼に八一は笑う。
「おいおい、そう身構えんなって。私の口から、高島澄ちゃんの話が滑っちゃうぞ☆
あらやだ、いけない☆」
わざと火に油を注ぐ発言をして、啄木と依乃は言葉を失う。彼からの殺気が強くなると、八一は笑いながら木々に飛び乗って賤機山の方面と向かう。
「ヴゥゥヴァァァァァァアァァァァッッ!」
獣の声を上げて、斧の男は八一の後を追う。力強く踏み出して、勢いよく木々と建物を飛び乗っていった。間違いなく彼を誘き寄せるには効果的な挑発である。地雷の上でわざとタップダンス。二人は狐の挑発に一言文句を言いたくなる。啄木は十手を仕舞い、頭を抱えた。
「──ああ、くっそ! なんてことするだ……あいつは! なんでわざと茂吉の地雷を踏むんだよっ!? 誘き寄せる方法が最も別なのがあるだろ!!」
「稲内さんが果敢すぎる。いえ、蛮勇とも言えるのですが……!」
依乃に同意をして、彼も仮面を出した。
「ったく、そのとおりだよ! 俺の手伝う身になれってんだ!」
仮面をして、その姿を依乃の前に表す。
白椿の髪ゴムで、長くなった髪を束ねていた。牛のような長い角と獅子の耳、緩やかな毛を持つ尾。ウインドベストの腰の両側には三つずつ裂け目からは人の目が見える。ベストの端やチャックには十字のチャーム。篭手をつけており、ズボンと革のブーツをはいていた。
腰のベルトには二つの十手と1つの刀が携えられていた。仮面は白い髭が生えた仮面。額にはもう一つの目が瞬きをしている。
変化した啄木は依乃に顔を向けて、お守りを渡した。
「はい、これ返しておくな」
「あ、ありがとうございます」
「ん、じゃあ。あとは、待機してて!」
啄木は足に力を込めて宙へと舞い、二人の後を追っていく。
「はなびちゃん、はなびちゃん、はーなびーちゃん!」
後ろから直文と奈央が駆け寄ってくる。
「あっ、奈央ちゃ……へ?」
傘を投げ飛ばして奈央が勢いをつけて、涙を流しながら飛びかかった。
「はぁぁなぁぉびぃぃちゃぁぁん!」
「ちよ、奈央ちゃ……わぁぁぁ!?」
倒れそうになるが、背後に固くも痛くないものに当たる。傘をどかして顔を上に向けると直文がおり、安堵していた。傘の先に刺さらぬよう器用に受け止めたようだ。奈央のだいぶ後ろにいたが、急いで彼女の背後に回ったのだろう。息を切らしながら、奈央に注意をする。
「田中ちゃん。気持ちはわかるけど、依乃が怪我するかもしれないから、勢いよく飛び付くのはよくないよ」
「ごめんなさい……」
注意されて、奈央は落ち込んで謝る。心配してくれて感謝しようとすると、向日葵少女が潤んだ瞳を向けてきた。
「っはなびちゃんのバカぁ! なんで自分を囮とした無茶な作戦を出すのさぁ……!」
「……そこは、俺も田中ちゃんに同意。……あんな作戦やめてくれ」
二人に叱られて依乃は申し訳なくなった。利用できたからこそ手早く済んだとはいえ、結果が出ても心配させてしまうのは良くない。彼女は二人に謝る。
「ごめんなさい。……この方法は最終手段にします」
「……そうしてくれ。君の命は一つだけなんだから」
直文に依乃は「はい」と返事をした。奈央は鼻を啜って、山の方を見る。
「八一さん。大丈夫かな……? 寺尾さんをだいぶ怒らせてたけど……」
心配そうに呟く彼女に直文は三人が追った山の方を見る。
「大丈夫だ。今回の件は啄木がいる。この後、俺も行く。……相方を止めるのも俺の役目だ」
見据え、鋭い目つきで片手で強く握る。
休憩の合間に演劇作家の台本を澄は見ていた。
服装は動きやすいもの。人数は限られているため、やる劇も限られている。部活内容の発声練習や筋トレをしており、体を仕上げている。今年の入部人数は少なかった。台本を見ながら澄は苦笑する。
「……あはは、人数は少ないからやれる台本も限られてきちゃうか」
部室で台本を整え終えて元の位置に置く。どんな劇にするのか、部員と顧問と話し合って決める。来年は増えることを祈りながら彼女は部屋を出た。
休憩の時間も終わる。急いで部室に戻ろうと彼女は廊下を歩いていると──鋭い鉄の音が響いた。近くで建築や解体工事をしている話は聞かない。現場で聞くような人の声も聞こえない。雨の日は音がよく響くと聞く。何処かで鉄を扱うにも、場所が近すぎる。ましてや鉄がぶつかり合う状況はありえない。
「……っ!」
彼女は窓の外を見て、不安気な顔となる。
「今まで……嫌な予感がしてたのに……今日はなんで強いっ!?」
澄は何処からくる予感なのかはわからないが、何処に行けばいいのかわかる。彼女は音のした方向を見た。勝手に出ていくわけにはいかず、彼女は罪悪感を感じつつ演技をすることにした。
澄は胸を押さえて表情を苦しくして、息をしづらくしてみせる。一人の先輩が通り過ぎると、ぎょっとしたように彼女に駆け寄った。
「っ! 高島ちゃん……どうした……!?」
「はぁっ……すみません。っはっ……急に……胸が……苦しく……って」
苦しさを訴える演技に先輩は慌てて、しゃがんで声をかける。
「歩ける!? 辛いなら顧問の先生に部活を休む旨を伝えるよ?」
「っ……ありがとう……ございます……。少し落ち着いてきたので……自分で伝えに行きます」
よろよろと立ち上がるように見せて、壁に手をついて彼女は廊下を歩いていく。
荷物をまとめて、服も着替えずにゆっくりと歩いていく。息を整えていく演技をして、彼女は顧問に調子が悪いので部活を休む旨を伝える。時間のロスができてしまうが、学校を離れるまでは休む姿でいなくてはならない。
下駄箱で靴に履き替え、彼女は傘を手にして雨の中をゆっくりと歩いた。パシャっと浅い水溜りの跳ねる音を立てながら、学校から離れていく。
彼女は走り出して勢いよく水溜まりの飛沫を上げた。
公園の方に向かうが、雨の中で人はあまりいない。空を見ると、遠くに二つの人影が山に向かうのが見えた。人なのだが、コスプレじみた服を着ながら屋根の上でパルクールは知らない。
その二人は狐と狸を思わせる。狐が逃げるように、狸は追うように山へと向かう。彼女は足を止めて、向かった方向を見た。
浅間山または賎機山。
「っあそこ……確か、山に行く道……!」
彼女は方向を転換して、大きな道に出て場所に向かう。向かう場所は浅間神社。その神社には賤機山へのハイキングコースがある。鳥居をくぐって神社の中に入り、百段の階段の前に立つ。
この階段を登れば、山に行く道がある。
彼女は一歩を踏み出そうとして、後輩に言われた言葉がよぎった。本当に怖いものと立ち向かう覚悟。
「……っ!」
過ぎった瞬間に、彼女は足を引っ込めた。
生きてきた誰かの日常を奪う。壊すのが怖い。自分の誇れる誰かの功績を汚して、悪態をつかれるのが怖い。人を苦しめてしまうのが怖い。人が死ぬのが怖い。
今の澄は悪事に覚えはない。だが、してきた感覚はある。現在も彼女の恐れている出来事が起きようとしている。
【だめ、見ないで。来ないで。俺に近づかないで】
誰かの拒絶の声に様々な感情が溢れ出るかのように涙を流す。彼からの拒絶に、彼女は首を横に振って涙を流す。
「いや、見たい。会いたい……! 貴方を知りたい!」
彼女は震えながら強く階段を一歩踏みしめた。