移り気を引き起こさない一途な狸
潮の香りが僅かに感じる。
空は青く白い雲が海に向かって流れていく。茂吉は海と繋がった湖の近くにあるガーデンパークにいた。
静岡県浜松市にある浜名湖の浜松ガーデンパーク。国際園芸博覧会というイベントが行われ、浜名湖花博という愛称で呼ばれていた。現在は花博の跡地として残り、それぞれの四季に合わせて色とりどりの花を展覧している。
入場は無料であり、一般の人々にも楽しめる。また園内にはいつくかの施設があり、彼は紫陽花の種があるエリアに来ていた。ちらほら咲いているが、まだ咲くのは少し早い。色んな色の紫陽花を彼は間近で鑑賞していた。
紫陽花を見て彼は花言葉を思い出す。
花の一つに色々な言葉があり、色や種類によって異なる。
青色の紫陽花の花言葉は、冷淡、無情。
白い紫陽花の花言葉は寛容。ピンク色の紫陽花の花言葉は元気な女性、強い愛情、移り気、浮気、変節、和気あいあい、家族、団欒。
良くない意味もあれば、良い意味もある。
「って、女々しいな」
苦笑をしていると、五、六人ほど近くに人が近づいてくる。男女混合で年齢もバラバラではあるが、平均すると五十代ぐらいだろう。その中の一人から声がかかった。
「あら、お兄さん。一人なんて珍しいわね。貴方も花を見に?」
雰囲気からして最年長だ。若い男が花を見に来るのも珍しいだろう。実年齢は三桁なんだよなと思いつつ、茂吉は笑顔を浮かべた。
「──ええ、はい。こう見えて、紫陽花。好きなんですよ」
優しげに話すと、おばさんは嬉しそうだ。
「そうなのねぇ。実は私達このガーデンパークのボランティアをしていて、様子を見に来たの。前、紫陽花の余分な枝を選定したのよ。今日、綺麗に咲いてよかったわ」
「……あっ、もしかして、ガーデンパークフレンズですか?」
浜名湖ガーデンパークのボランティアは、ガーデンパークフレンズと名付けられている。彼は花博で働いていたボランティアが、ガーデンパークのボランティアとして働く話を聞いたことがある。
聞かれていたおばさんはまた嬉しそうに声を上げた。
「正解! 若いのによく知ってるわね~。私達、花博のボランティアをしていたの。今はガーデンパークのボランティアをしているのよ。……お時間があるならパーク内を案内しましょうか?」
気分が良かったのだろう。折角のご厚意だが、彼は申し訳なさそうに笑った。
「すみません。実はこのガーデンパークに何度も来ているので知っています。せっかくの申し出なのに……申し訳ありません」
軽く頭を下げると、おばさんははっとして慌て始めた。
「あらあら、そうなの。お節介だったわね。ごめんなさいっ……!」
「いえ、またの機会に案内してくださると嬉しいです。では、また」
おばさん達から離れていき、彼は紫陽花の咲いているエリアから去る。平日であるため、小さな子連れの親子か、老夫婦ぐらいしかやってこないだろう。
晴れた空に白い穏やかな雲。少し暑さを感じる日差し。
平和ではあるが、茂吉の懸念事項が終わったわけではない。いい気分転換になったと考えたとき、ポケットから軽やかな音楽が流れる。ポケットからスマホを取り出す。着信画面に名は『直文』と載っていた。
息をついて画面をスワイプさせて、耳にスマホを当てる。
「はぁーい、しもしも、貴方のもっくんでーす☆」
《はいはい、もしもし。茂吉。お前、明後日用事はあるか?》
用事という用事は入れてはいない。茂吉はスケジュールを思い浮かべつつ話す。
「んー、個人的な所用はあるけど、それは大したことないよ?」
《じゃあ、空いているな。どうだ? 明後日、文化祭で演劇部の演劇が行われる。席は取ってあるから、行くかどうかはもっくん次第になるけど、どうする?》
演劇部。そこに誰が所属しているのか、茂吉は知っている。わざと誘っていると理解した。直文も分かって、連絡してきている。元より様子を伺うつもりであり、良い機会だ。
茂吉はスマホに向かって、イエスと答えを出した。