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平成之半妖物語  作者: アワイン
3-1章 心の梅雨前線は常に停滞
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5 鏡の世界の紫陽花の少女

 本来ならば、土足で踏み入れてはならない。現状は礼儀や作法などの注意をしている場合ではない。静かな校内にはいり、建物に入っていく。

 中は文化祭の準備が止まっている状態であった。運ばれるはずのものが床に置かれて時が止まったまま。ホラー的な演出ならば、血まみれの部屋などがあれば演出的に怖いだろう。

 人気のなさが逆に不気味さを際立たせる。三人は一階の教室にはいる。

 何が出るかわからない以上、下手な動きを取らないほうがいい。澄は部屋にある何枚かの紙とペンを拝借して、紙を折って短冊状に裂いていく。

 思いついた方法だが、効くかどうかもわからない。ペンで達筆に書いていく。退散、拘束、守護、隠形、祓。急急如律令きゅうきゅうにょりつりょうと書いて澄はふぅと息を吐く。

 澄は出来るかどうかの不安もあるが、やれる確信が強かった。立ち上がって、隠形と守護の二枚の札を手にして口を開く。


「隠形、守護、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 手にした二枚の札が光り出して、部屋の周辺に溶け込む。この部屋一体の空気は気持ち悪いものがなくなり、安全地帯になったと感じた。

 男女が前に立って、話しかける。


「遅くなってすみません。この教室は安全になりました。私が来るまでしばらくここにいてください」

「な、何を、したの……?」


 女は目の前で起きた現象を飲み込めない。実は澄自身も何をしたのかはわからない。わかる範囲で彼女は言葉にした。


「……結界を張りました。怪しいものがいないとは言い切れないので、しばらくここにいてくださいますか?」

「……そ、そんなことができたのか。お前……」


 男と女は驚愕するが、澄自身が一番驚いていた。

 何故、出来たのか。何で作れて、札に書いてあることが使えたのか。彼女は脳の奥が一瞬だけうずき、片手で頭を押さえる。ポーカーフェイスを保ち、澄は目的を話す。


「私はしばらく学校内で調査をします。相手の狙いは私。調査しながらここから出る方法も模索しますので、しばらくここで待機していただけますか?」


 冷静な彼女に二人は目を丸くしており、男は思わず尋ねた。


「……俺達より、年下なんだぞ……? なんで、お前は俺達より冷静なんだ……」


 彼女自身は言われて気付く。

 怪異に遭遇した際も現状が危ういのに自身は冷静であり、身を守る術を覚えている。彼女をよく知るものからすると忘却。澄にとっては急に湧いてきた知らない知識と技術だ。何故知っているのか考えようとするが振り切る。今は現状把握を優先とすべきだと彼女は判断した。


「私が人が命を失うのを見たくないからなんでしょう。だから、学校内の様子を見てきますね」


 背を向けて歩みだす前に、頭に一瞬だけ頭痛がする。

 澄の目に一瞬だけ赤い血と濡れた赤い自身の手が映った。彼女は咄嗟に頭を押さえて目を丸くした。

 今の目の前で起きたことのは何なのか。考えようもするが、時間が惜しく教室を出て戸を閉じる。

 廊下を歩きながら、考えることにする。

 異様な状況は初めてであるはずが、冷静に判断ができるのは何故なのかと。足を止めて不安げに口を開く。


「……経験してないのに……どうし」


 経験と聞いて、彼女は違和感を覚える。


「……えっ、経験して……ない? ううん、違う。私は……」


 汗が流れる。

 自分の覚えのない術が、何故できているのか。そもそも、彼女は自分の存在が何なのか。自身の知らない自分の存在を怖くなり、己を抱きしめた。


「いやだ……怖いよ……奈央……はなび……  くん……」


 自分の後輩の名と知らない誰かの名前を吐いて、また疑問と恐怖を覚える。


「……誰。  くんって誰……?」


 自分の知らない人の名前までも言って、末期だと彼女は感じ始めた。いつしかの夢の誰か。逞しくて、強い誰か。その誰かを思いながら心を強く持つ。澄は震えを押さえて、すぐに立上がって涙が出る前に袖で拭く。


「……早く、調査しないとな」


 澄は廊下を走って行った。





 午後四時半、浅間通りの和菓子の店のどら焼きを茂吉はほうばる。

 あまりの人気さ故にどら焼きは一人5個と決まっている。変化などして別人を装うズルなどせずに彼は買っている。焼き時間と客の込み具合の関係もあり、早めに並んで手に入れた彼にとっては至高の一品。

 できたてのどら焼きの皮の柔らかさがほどよく、ふわふわとした感触も相まって、口の中には絶妙な甘さが広がる。小豆の甘さも茂吉好みでとても良い。どら焼き屋にあるどら焼きだけではなく、団子とその他のお菓子も買った。

 同じ通りにある煎餅屋で瓦煎餅かわらせんべいを何枚か買っており、どら焼きの店で買ったお菓子がなくなっても煎餅で補える。彼が食べている場所は、学校外の近くにある図書館の屋根の上であった。


「うまっ、はなびちゃんに教えてもらった通り、あそこのどら焼きうまいなぁ」


 情報としては知っていたが、ちゃんと味を知り尽くした人のほうが信用できる。どら焼きを食べ終えて、密団子を食べるのに移行しようとする。

 蓋を開けて、密団子を手にして手を止める。何日か前、久谷を見送る前にあまり無茶をするなと言われたのだ。無茶をしているように見えたのかと笑って誤魔化したが、苦笑だけを浮かべられ頭を撫でられる。兄には見破られていたのだろう。改札を通るのを見送ったあと、高久のことを調べた。

 各狸の半妖の存在は狸の中でもトップしか知らない。組織の半妖については彼らは見て見ぬふりをしているのだ。

 何処で澄の存在を知ったのか。知らなければ、あのように言うはずもない。

 組織の情報網を利用して、己の足で駆けずり回った。

 彼の推測通り、高久は金長狸きんちょうたぬきを欲しがっている。

 金長大明神は商売繁盛と芸能上達を主に御利益としている。御利益を直接ものにしたい故に、金長狸きんちょうたぬきの娘を手に入れようとしていた。


「確実に外部から情報漏洩されてるよね。組織でするなんてありえないしね」


 団子を食べながら、文化祭の準備の様子を遠くから見つめる。

 根底から生殺与奪権を握られている彼らにとって漏洩はしない。また上司に殺意を抱いても、彼ら組織の半妖は恩や慕う気持ちのほうが強い。絶対に組織を裏切らない。

 人や妖怪に対する嫌悪と憎しみを抱えて殺意を湧かせ、殺したくないと平凡を願う気持ちに蓋をして任務をこなす。組織の半妖は獄卒の立場のようなものであれ、刑期真っ只中の罪人だ。

 だが、人殺し出来ぬ半妖も指を数える程度ではあるが存在する。


【もう……やだ……いやだ………もう、やっ……。人を………殺したくないよ。……やり直せる人間を殺したく、ないよ……!】


 泣きじゃくる声が、幻聴が、過去の声が、茂吉の中でリピートされた。

 空いている自身の手を見てぎゅっと握る。なくなった団子の串をビニール袋に放り、まだある団子を食べながら景色を見る


 公園の近くにほとんど学校がある。

 澄の通う高校からは文化祭の準備。

 別の学校からは部活をしているのだろう。運動部の掛け声が聞こえた。ある女学院からは金管楽器の演奏が聞こえた。茂吉は団子を食べ終えて目の前にある風景に微笑む。


「……ああ、これがあの子が住まう日常ならば悪くない」


 団子の食べた跡をビニール袋に処理をしている。

 胸に気持ちの悪い感覚が襲い、彼は胸を思わず掴む。胸焼けではない。気配の下方向に咄嗟に顔を向けると、澄の通う高校の方であった。

 依乃と奈央がおり、直文がいる。直文が気付かないはずない。だが、直文が動くような力を感じない。彼は二人を守ることに精一杯ではあるが、確実に守るので狙われることはない。


 現状と合わせて考えられるのは一つだけ。

 茂吉は舌打ちをして、何かを呟く。ゴミは一瞬で燃えて焼却処分される。ゴミが消えたと、買った残りの菓子を手に彼は屋根を飛び移っていった。



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