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平成之半妖物語  作者: アワイン
3-1章 心の梅雨前線は常に停滞
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4 鏡よ鏡、今狙いたいのは紫陽花の少女か

 澄の通っている学校の文化祭は仮装をする。一般も見ることは可能であり、後輩は直文と八一を呼ぶようだ。恋人ではないものの、大切な人といることは羨ましくも微笑ましかった。

 妬みなどはない。代わりに胸に締めるのは寂しさだけだ。

 紛らわすため、澄は演劇の準備に打ち込む。

 文化祭の前日の放課後。演劇部である澄はリハーサルのため、劇の練習をしていた。澄の演技力は演劇部の中でもうまい。しかし、彼女自身は裏方が好きである。

 また、演劇部の部員数は指で数えるくらいしかおらず、大きな公演はできない。今回の劇に、澄は参加せず、裏方に回る。照明のチェックと音響の確認をして、澄は準備を終えた。

 先輩と後輩に声をかけて、部室に帰って劇に使う備品の確認をして一服する。部室では勉強の話やゲームの話をしており、澄はスマホを弄ってニュースを見ていた。ふとお手洗いに行きたくなり、部員に声をかけた。


「先輩、私お手洗いに行ってきますね」

「わかった」


 彼女は部室から出ていく。廊下を歩いていくと、通りに鏡などがある。水洗の音が聞こえ、トイレから出てきた。彼女は手を洗ってハンカチで拭きながら鏡を見る。背後に大きな丸い鏡があった。


「!」


 澄は見事な反射神経で女子トイレから出る。鏡が神社から出てきたようだ。下唇を噛んで表情を険しくした。

 どうやってと考える前に、彼女はどうするかを思案する。

 文化祭の前日は多くの生徒が暗くなるまで居残って準備を進める。人の多い場所にはいられない。

 澄は自分が狙われているのだと理解している。人の多い場所で雲鏡外をいさせるわけにはいかない。後輩を危険な目に合わせたくない。

 廊下を蹴って、彼女は疾走する。生徒にぶつからぬように走る。通り過ぎる先生に注意を受けるが、適当に返事をした。

 走りながら彼女は脳内に鏡のある場所を思い浮かべる。雲鏡外は鏡の前で姿を表した。つまり、合わせ鏡で何かをしようとしていたのだろう。

 合わせ鏡のない場所。ガラスもなく、映らない場所。

 運動場に向かう通路ならばまだ安全だ。下駄箱に向かい、靴を履き替えていると玄関に出ると横から声がかかる。


「先輩……?」

「っ! 奈央!?」


 顔を横に向ける。後輩はきょとんとしていた。後輩の姿を見て思っていた以上に焦っていたのに気付く。澄は息を整えて微笑みを作る。


「奈央。ごめん、慌ててた。財布を持ってどうしたんだい?」

「近くのコンビニで備品を買いに。先生から許可を得て行くところなんです。クラスの出し物で足りないものがあったので、急いで行かなきゃなんです。男子の方は力仕事に駆り出されている最中で、先生も手が離せないので私が行くことになっているんです」

「……そうなんだ」


 依乃は部活の出し物で忙しく、奈央も用事があるため話せない。校門の近くにはカーブミラーがあり、あまり近くに通りたくない。恐らく、姿が映る物の近くに雲鏡が現れる。もしくは、自身の姿がはっきりと映る物も良くない。鏡の前で現れる理由を澄は知っている。相手は合わせ鏡の状況にしたいのだ。合わせ鏡には力があり、噂がある。また鏡自体、昔から魔力があると言われているのだ。

 急いで別行動を取ろうと考えていると、奈央は声をかける。


「先輩、どうしました? 深刻そうな顔をしていますよ?」

「……えっ。いや、何でもないよ。私はこのあと、運動場に用があってね。じゃあ、いくね」


 平静を装い、彼女は靴を履いて運動場の方に歩いて行く。鏡さえなければ安全だ。ホッとして歩いていくと、校門の方から声が聞こえた。


「……っなんですかッ!! 貴方達は……!」


 奈央の声が聞こえて振り返る。別の方の校門の近くに柄の悪い男女がいた。背後には閉ざされた校門の扉があり、後輩の危機に澄は見ていられず走り出す。


「っ何なのって、俺はただこの学校の女の子に声をかけてるだけだけど?」

「そうそう、私たち頼まれてここの女子生徒に用があるんだよねー。ねぇ、知ってる? ここに通るって名前の女子生徒がいるらしいんだけど」


 先輩の名前が出て、奈央はビクッと震えていた。

 後輩の危機に彼女は見ていられない。澄は閉ざされた校門を飛び越えて降り立ち、すぐに彼女の目の前に来た。


「すみませんが、私の後輩に何か御用ですか?」

「先輩……!」

「奈央、逃げて」


 驚く彼女に澄は逃げるように小声で話す。年上の柄の悪い男女と対峙しても、澄は堂々と対応した。


「私になにか御用と聞きましたが……何の御用ですか?」

「当然、貴女に御用ですよ? 先輩」


 背後から両肩を掴まれて、澄は驚いて振り返る。

 向日葵の少女が歪な笑みを浮かべていた。奈央でないと気付いて、澄は手で打ち払い、柄の悪い男女を見る。

 女が小さな手鏡を手にしていた。その鏡の背後に手足の生えた紫の鏡が現れる。


「っ! しまっ……!」


 小さな手鏡と雲鏡が一瞬だけ光り出す。背後の声が途切れた。




 澄は我に返ると、柄の悪い男女が目の前におり、非常に驚いているようだった。


「な、なに? なんで? 学校から見えた生徒がいなくなったんだけど……!?」

「おい、学校の様子が変だぞ……!?」


 彼らの言葉を聞いて、澄は気付いて振り返る。

 いつも見ている学校が鏡のように逆になっているのだ。彼女は周囲を見る。紫色の太陽があり、風が周囲の木々を揺らす。交通標識と看板、道路に描かれている数字も逆になっていた。

 カーブミラーを見て、澄は息を呑む。

 校門の前には、散歩する人や車が通る光景が広がっている。反転していない外には人々がいる。ここは鏡の中の世界で、雲鏡の外側だ。

 男女は戸惑っている。反応からして、怪異ではなく人間なのではと確認の声掛けをする。


「……お兄さんとお姉さん。お二人はこのようになる話を聞きましたか?」


 聞かれ、男の方は首を横に振る。


「っ知らない……。こんなことに連れてこられるなんて……聞いてない」

「……お姉さんも?」


 女も涙目で首を縦に振った。


「し、知らない……! 私達は知らない男から写真の貴女が出てきたら、鏡を貴女にかがざげるよう頼まれただけよ……! お金につられてやるんじゃなかった……!」


 この事態になることを聞いておらず、知らない男に情報を与えられてお金につられてやった。人の欲、男女の事情についてはどうでもいい。巻き込んでしまった責任を感じ、澄は二人に頭を下げた。


「ごめんなさい。私だけが狙いでしょう。巻き込んでしまってごめんなさい」


 紫陽花の少女の謝罪に男は困惑し始め、口を開こうとするが、女が先に口を開いた。


「そうよ。あんたがターゲットになったのが悪いでしょう。っ本当に最悪! あんたが悪いんだ!!」


 つっかかって言われ、声高に罵声を浴びられる。


「おい、やめろって」


 男は叱るが、女はそっぽを向く。どんでもない状況で混乱して、当たりたくなったのだろう。澄は多種多様な人間がいると理解しており、顔を上げて苦笑を浮かべた。


「そうですね。私のせいかもしれません。こんなわけのわからない状況になったんですから、人のせいにしたくもなりますよね。ごめんなさい」


 女は澄の言葉を無視して顔を横に向ける。対応に困りつつも、二人に声をかけた。


「まず、学校の中に入りませんか? ここで話すより、建物の中の方が安全かと思います」


 彼女の提案に男は頷く。彼らは閉ざされた学校の門を越えて、鏡の世界の学校に入っていく。





 依乃と奈央は準備をし終え、向日葵少女は息をつく。二人がいるのは化学室。花火の少女が所属している部活であり、授業でも使われることがある。


「あー……もう外の日が沈みかけてるー……」


 窓の外を見て、ため息を吐く。依乃は友人に感謝をした。


「奈央ちゃん。陸上部のほうで模擬店があるのに、こっちの部活の準備まで手伝ってくれてありがとうね」

「いいっていいって! はなびちゃんには勉強でいつも助けてもらってるし、このくらい手伝わないと」


 今まで本当の奈央は化学室で他の部活を手伝っていたようだ。文化祭は文化部がメインではあるが、運動部は模擬店やクラスの出し物の準備で忙しい。奈央の所属している陸上部も模擬店を出すため、忙しいはずだ。依乃は何気なく聞く。


「奈央ちゃん。陸上の先生、よくお手伝いの許可してくれたね」

「まあ、ほら、陸上の先生も私の理数英の悲惨さを知ってるし、『友達と先輩にお世話になってるならむしろ恩を返してこい』って言われて……」

「なるほど……」


 苦笑をしている向日葵少女の話に頷いて納得をする。開いている戸から、一人の女の先輩が飛び込んできた。


「っ! いた……! 高島ちゃんの後輩!」

「……あれ? 演劇部の先輩?」


 奈央がキョトンとしていると、息を荒くしながら聞いてくる。


「ねぇ、高島ちゃん。見なかった!? お手洗いに行って以降見なくなったの。学校中探してもいないし、学校外に出た可能性もないと思うの……。彼女が何処にいるか、知らない!?」

「……えっ!?」


 依乃は思わず声を出す。少女達は自分たちの先輩の唐突な行方不明に驚愕するしかなかった。



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