2 化け狸と陰陽師の平成会合1
ポツポツと雨が降る中の庭も風情を感じさせる。静岡のある高級料亭。かつて徳川最後の将軍徳川慶喜が住んでいた。現在は料亭として、歴史を感じさせる庭を見ながら料理を楽しめる。その料亭のある一室。和風の部屋からは美しい庭が見えた。何人かスーツを着た男女がおり、長椅子とテーブルに座っている。
穏健派からの陰陽師の当主代表。人に化けたスーツを着た男と袈裟を着た男性がいる。彼らは人ではなく狸だ。
佐渡団三郎狸。淡路芝右衛門狸。屋島太三郎狸。宗固狸。文福茶釜。金長狸。そして、隠神刑部。
本人は来れない為、各狸から代表が集まっている。彼らは普段は黄泉比良坂にいるが、穏健派の陰陽師の応答に応じて各代表の狸がここに集まった。
化けた狸の後ろにはボディーガードがいるが、これも化けた狸たちである。
各地から力のある化け狸が護衛をしている。その中に、茂吉は隠神刑部の護衛の一人として潜入していた。本来の護衛とはうまく話して、千葉にあるネズミの夢のテーマパークで遊んでもらっている。
陰陽師達にも同様に護衛がおり、中には若い少女もいた。陰陽師側は顔を布で隠している。茂吉は護衛と代表の数人を見て頭の中にある情報を確認しつつ、会議の様子を見る。
穏健派の代表である白髪が混じった男性が立ち上がって挨拶をした。見た目は、優しげな印象を与えるおじさんだ。
「初めまして、私は土御門春章。陰陽師協会の会長を務めております。今日は、私達の呼びかけに応じていただき、誠に感謝いたします」
隠神刑部の体格の良い袈裟を着た年老いた男性も立ち上がり、笑顔で礼をする。
「初めまして。儂は各化け狸の代表を務めさせていただきまする。隠神刑部の八百八の眷族五番目の息子の久谷と申します。このように豪華な席を用意していただけること、この上なく喜ばしく思います」
「貴方方は人を見守りする八百万の神の一柱でありませぬか、どうぞ。席についてください。本題は運ばれてくる料理を楽しんでからにいたしましょう。料理の食べる作法は気にしません。どうぞ、ご堪能してください」
春章の様子に久谷は一礼をして座る。すると、狸側がどっと賑やかになり、興味津々に部屋を見つめた。書かれているお品書きを見つめては不思議そうに話し、書かれている内容を教えたりする狸もいる。人の俗世に慣れている狸もいるらしく、陰陽師も驚いていた。
映画で見るような狸の明るさだ。久谷は頬を赤らめて、咳払いをして陰陽師の彼らに照れながら謝る。
「……申し訳ない。儂のように人の世に慣れている者もいれば、久しぶりにこの平成の現世に来た者もいるのです。大目に見てほしく存じます」
狸の総大将に近い存在から丁寧に謝罪をさせられた陰陽師側は身が引き締まるものの、春章は動じずに首を横に振る。
「いえいえ、見るもの初めてな妖怪もいらっしゃるでしょう。これから話すのはあまり良いこととは言えません。故に、マナーを気にせずに料理だけは楽しんでいただきたい」
「お気遣い感謝いたします。土御門殿」
隠神刑部の五番目の息子に動ずることなく対応した。陰陽師協会の会長を務めるだけあると茂吉は内心で感嘆する。眷族で五番目の息子とはいえ、茂吉にとってはだいぶ歳の離れた兄貴だ。身内とは会ったことはないが、この会合で初めて見ると言えよう。
運ばれてくる料理に興味津々の各狸たち。出される料理に舌鼓を打ちつつ、諸々と話す。お酒が欲しくなるというが目的は宴ではない。陰陽師側も料理に満足したらしく、最後のデザートの食器が片付けられた。
従業員がいなくなると、部屋は静かになる。久谷がお茶を一口飲んで一息つき、陰陽師側に目を向ける。
「さて、土御門殿。我々化け狸が陰陽師に接触した理由をお話していただきたい」
本題を投げられ、春章は真顔で両手を組む。
「率直に申し上げいただきます。都市伝説の害のある怪異を他の妖怪と協力して、滅殺。もしくは、出来るだけあなた方の地域の人の守護していただきたい。そして、我らは各大明神の加護を受けたい。その加護の形を信楽焼としてこちらにください」
「ほう」
久谷は興味深そうに声を出す。茂吉も興味深かった。
茂吉は穏健派の陰陽師が狸と接触しようとしている為、探りを入れろと上司から命令を受けたのだ。その場所が静岡の地で行われる。ちょうどよく茂吉が静岡にいて命令をくだされた。
茂吉は前の狐に前世帰りをさせた黒幕の尻尾を追っている最中であり、任務が二重に課されて肩を落とす。適任はいただろうという文句はあるが、報酬は多い。文句は口に出さない。
彼は会合のやり取りを聞く。
陰陽師の穏健派の目的は、都市伝説の怪異の被害を抑え込むこと。
復権派のやり過ぎた。ナナシと言う零落した神を利用して、人の名を奪い、その人の身に死んだ魂の妖怪を宿していったのだ。またその生き残りが細々と活動しており、怪異を用いた外法を使用している。
それだけではない。
最近、陰陽師協会運営の資金繰りに悩んでいる話は聞いていた。復権派の幸徳井治重の努めた会社がいい資金源の一つだったのだろう。合同で協会を経営しているとはいえ、現在会社は倒産しており、他の陰陽師の所で賄っているが足りてない。
狸に接触したのもその理由だろう。
神の狸には人に福をもたらす一面がある。佐渡団三郎狸。淡路芝右衛門狸。屋島太三郎狸。金長狸。隠神刑部など。彼らは祀られて神となった。
しかし、佐渡団三郎狸の代表は難しそうな顔をする。
「……私たちの昔に比べて力が弱まった故に、退治は難しいでしょう」
その言葉に神社のあるいくつかの狸の表情に影を落とす。
茂吉も父親の元で信仰についての愚痴を聞いたことがある。
茂吉の父親隠神刑部曰く、人の思いやりが目立たなくなってきたと。
人の義理と人情が目立たなくなってきたと。自身たちの存在はアニメや小説、漫画などで食いつなげる。しかし、その守護する力の為の人から貰う思いが濁ってきているらしい。
昭和から平成に入って以来、悪意が顕著になってきただろう。人だけでなく、妖怪の目にも映る。悪態を書くのは悪くはない。しかし、限度と節度がある。
他の狸の発言を聞き、久谷は複雑そうな顔をする。
「ソーシャルネットワークは情報伝達としては便利だが表裏一体。悪意が伝わりやすい。……だが、それを陰陽師である貴方方に言っても仕方はない」
久谷は頷いて、陰陽師達を見る。
「退治は難しいが、自分達の地域の守護は任せてほしい。無論、加護についても父である隠神刑部に話を通す。皆もそれでいいかな?」
佐渡団三郎狸。淡路芝右衛門狸。屋島太三郎狸。宗固狸。文福茶釜。
この五匹は頷くが、ある一匹だけは渋い表情である。三十代後半のスーツを着た男性で、あまりいい表情をしてない。茂吉はその人物を知っており、体を強張らせる。
金長狸の代表。名は道雪。金長大明神の息子であり、彼は──。
「……我ら、金長神社は地域を守護することはできますが、加護については確約できないかもしれません。申し訳ない」
頭を下げる彼は、金長大明神を補佐する狸の一匹。かつての澄の異母兄弟であった。
全員は驚き、久谷は察して恐る恐る聞く。
「……道雪殿。そなた達の金長神社が上手く行っているであろう。何故、無理なのだ?」
「……ある話が舞い込んできたからです。役所の防災公園計画による金長神社の取り壊しの話があると。まだ話し合いの段階ですが……。もしこの先この計画が決定し、実行されてしはまえば、加護は薄れていき次第になくなります。故に加護は確約できないかもしれないのです」
神社の取り壊しと聞き、神社持ちの狸がざわつく。神社があるから神がおり、人に加護を与えやすくする。また自身の象徴とも言える神社の取り壊しは、当然危機を覚えるだろう。
茂吉も話には聞いていた。だが、彼に止める手立てはない。どうするのかは、その計画を検討した側と、金長神社の祭神と眷族。神社を愛する人々しかない。
話を聞いた春章は理由を納得して、道雪に話す。
「お気になさらず、加護はそう長くなくて良いのです。我々の目的は陰陽師の存続し、悪意ある妖怪を滅すること。一時の背中押しがあれば、後は自力で立ち上げてゆきます」
春章の優しげな言葉に、道雪はほっとすると。
「けど、あんたら陰陽師側に俺の友人の生き写しがいるってどういうことよ」
茂吉の隣から声が聞こえる。彼は気付いて横目を見た。サングラスを外して、そのボディーガードは顔を見せる。久谷に似ているが、鋭い目つきを陰陽師たちに向けていた。