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平成之半妖物語  作者: アワイン
3 序章
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隠神刑部に縁起はあるのか

 信楽焼の狸には、八相縁起(はっそうえんぎ)と呼ばれる縁起がある。

 笠、目、笑顔、徳利とっくり、通い帳、お腹、金袋かねぶくろ、尻尾。狸の身に付けるものは、其々に縁起の意味が込められている。


 笠は、災難や悪事を避けて身を守ってくれる祈りを込めている。


 目は、大きな目で周囲に気を配って正しい判断を出来るようにと願いを込めている。


 笑顔は、いつも笑顔でいることで商売繁盛に繋がりますようにと。


 徳利とっくりは、人徳を身につけて飲食に困らない、または商売が上手にいくように願掛けがある。また通い帳は、お客様との信頼関係を上手く築けるように。

 大きなお腹は、冷静さと大胆な決断力を持つように願いが込められる。

 金袋かねぶくろは金運上昇の意味がある。

 尻尾は終わりよければ全てよし。何事もしっかりした終わり方をするようにと。

 信楽焼の縁起の意味は、知る人ぞ知る内容だ。



 灰色の雲に覆われいる空下の静岡市清水区の御門台みかどだい

 銀行の近くにはとても大きな信楽焼がある。マニアにとっては有名な信楽焼の狸であろう。信楽焼の狸の前にある男性がぽつんと立っていた。ビニール傘を手にして、静かに微動もせずに立っている。

 ポツポツと雨が降る中、彼は動かない。黒く濡れたコンクリートの道路を見ず、雨の匂いすら気に留めない。男性はTシャツにジーパンとスニーカー。肩甲骨まである濃い茶色の長い髪をハーフアップにまとめて、ヘアバンドをしている。歳相応である童顔のような顔だち。しかし、表情にはいつもの笑顔はない。


「……この狸のように縁起なんて、今の俺にあるわけないのにね」


 寺尾茂吉は、虚ろな瞳で信楽焼を見ている。


「おじさん」


 その男性に声をかける男の子がいた。彼は顔を下に向ける。黄色の帽子にランドセル。静岡県特有の横断バックを手にしていた小学生の男子。キャラものの傘を差しており、まだ一年生なのだろう。幼さが顔に残る。近くには小学校があり、下校最中なのだと彼は把握した。

 しゃがんで茂吉は陽気に笑う。


「あっはっは、いきなりおじさんは傷つくなぁ。まだ俺は若いよー」

「おれから見たらおじさんだ」

「ぐっはっ、傷つくなぁ。俺まだお兄さんなのにさ」

「おじさんはおじさんだろ」

「ぐさざくっ! うわっはぁー言葉きついなぁー」


 わざとらしく傷付く演技をして、子供を楽しませた。

 嘘つきと裏腹に茂吉は笑顔の下で自身を内心で罵っていた。

 おじさんは嘘である。彼はとうに人の寿命を超えた年齢だ。ジジイで化け物であると彼は自称している。ふざけているのも演技だ。馬鹿でいると油断した相手から情報を聞き出せる。

 ただ変人と思っている楽しそうな小学生に、彼は口を開きかけて一瞬だけ閉じた。

 きつく言いそうになったのだ。

「そのきつい言葉でどれだけ無自覚に人を傷付けてきたんだろうねぇ。どれだけ人が離れていったんだろうねぇ。わからないかぁ」と笑顔のオプション付きで。

 茂吉は言わないようにし、ふざけるのをやめ声をかけた。


「けど、少年。なんで俺に声をかけたんだい? 俺、怖い人か怪しい人かもしれないよ?」

「おじさん。ヒマそうだったから」

「最近の子供はきついなぁ」


 少年のきつい一言に苦笑して、人のいいお兄さんを装う。「まだ知らないんだなぁ。人を傷付ける怖さと責任を知らないんだぁ」と思いつつ、彼はニッコリと少年に話す。


「けど、俺は暇じゃないんだ。時間を潰しにここに来てるだけ。あ、これが本当の暇つぶしだねぇ♪」

「……ヒマをつぶしをしにここに? なんで?」


 ここの交差点には銀行や不動産会社と塾があるだけだ。楽しめる場所なんて少なく、少年は不思議そうに聞く。茂吉が答えようとする前に声がかかる。


「おーい、なにやってるのー!? はやくかえろーよー!」


 少年に声をかけるカッパを着た小学生の女の子がいた。女の子の声に反応して、勢いよく振り向く。その振り向きが早く、男の子の雰囲気が弾む。狸の彼は面白そうに微笑んだ。小学生の男の子は呼びかけられた女の子に心を寄せているらしい。

 アドバイスしておこうと、彼は口を動かす。


「少年。君は言い方も怖いし、ズバズバ言い過ぎる。それだと、あの子を泣かせて傷付けてしまうよ。もし、傷付けたらちゃんと謝る。素直になって謝りなよ。あの子が好きなら、尚更ね」


 男の子は驚いて振り返るが、茂吉の姿はなかった。小学生の驚く姿を近くのビルの上で確認して、茂吉は微笑む。駆け寄る女の子には人がいなくなったと告げている。しかし、女の子は信じる様子はなく男の子に呆れていた。


「おじさん呼ばわりした仕返しだぞ。少年。さて……てん


 彼が刀印を切ると、周囲の風景が切り替わった。




 ──彼はある店の前に立つ。

 唐突に人が現れた現象に、道を通る人は違和を抱かないらしい。人々はそのまま素通りをする。

 彼の足元には季節外れの紅葉の葉が一枚。その紅葉は風景に溶けて消える。店に用がある為、事前に転移場所を定めていた。転移は一回だけのようだ。

 目の前にあるのは、歴史ある高級料亭。徳川慶喜が住んでいたとされる屋敷を料亭として使った場所だ。彼はビニール傘を何処に消して入口をくぐる。

 姿が変わった。

 髪型は短髪に変化し、黒いサングラスとスーツの姿となる。彼が変わる姿は監視カメラには映ってはない。そのように転移する前に術をかけてある。

 店を見て、いつものように無邪気に笑う。


「そろそろ、会合の時間かな。急いで潜入潜入♪」


 軽い調子の割に、彼の足取りはしっかりとしていた。




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