5 騒動後の一時
二人は遠回りをして、高速道路を通った。八一は清水の料金所を支払い、高速道路を去る。二人は近くのコンビニに止まって、安いアイスを買った。
空は夕日が見えた。その夕日が沈むのを見ながら、ソーダアイスを食べなる。奈央は八一に事情を聞く。
「ねぇ、穏健派の陰陽師はなんであそこに来たの。八一さんの言ってた儀式が関係するの?」
同じアイスを食べながら、八一は頷いた。
「ああ、儀式は多分復権派の奴らが執り行ったものと見ていい。穏健派の陰陽師は嗅ぎ付けてやってきたんだろう」
彼の配慮から奈央は中の惨状を見なかった。血の匂いからして酷いのは明らかであり、見なくて大正解である。依乃は前に穏健派の陰陽師と遭遇した話を聞いた。向日葵少女もちゃんとした存在に遭遇するのは初めてだ。八一はアイスを一口齧って話す。
「多分、あそこの旅館で行われてた儀式はより強い怪異の妖怪を生み出すための外法だった。だけど、失敗したんだろう。ここからは推察だけど自身が儀式の材料になるとは知らずに、儀式を執り行い『だょたぉ』となったんだろう」
彼から聞いた予想に奈央は声を出す。
「……えっ? でも、復権派は酷いことをしてるんだよね。なら、その儀式がどれだけ外法なのかを知っていてもおかしくないのでは……?」
名取の社を利用した人の式神と、『まがりかどさん』を利用して妖刀を作ろうとしていたのだ。彼女の疑問に八一は最後のアイスの部分を食べて、棒をかじりながらピースサインを出して話す。
「考えられることは二つある。一つは復権派の中でその外法を知るものがいなかった。もしくはいなくなった。直文が大半の陰陽師をやったんだ。未熟者の奴らがやった可能性もあり得る」
「でも、それはありえない気がするな」
奈央は否定した。穏健派の失敗作に襲われて日が浅い。
夜久無の件もあって、向日葵少女は断言できる自信があった。失敗作である夜久無は元々は人。外的要因がなければ、前世を思い出すことはなく奈央を襲うことはなかった。また思い出させた人物を言おうとした時、口封じに苦しんだ。時限爆弾ような存在にさせられたのだ。
八一は感嘆し話す。
「へぇ、お嬢さん。そう考えた理由は?」
「……私は穏健派、はなびちゃんは復権派。二つに関係しているのは陰陽師で、外的要因。復権派の方は名取の社の仲間だった。今回の穏健派は本当に関係がない。本当に外的要因。その外的要因が復権派と穏健派に関わってきたとしか言いようがないと思う」
八一は拍手をして、口に加えたアイスの棒を取る。
「お見事。そう二つ目は外的要因。夜久無の前世返りをさせてやつだ。本当はもっと調べたかったんだけど……血が凄かったから流石に焼却させてもらった」
彼の言うとおり、もう少し調査をすればわかっていた。殺しの経験がある彼らが血の部屋に入るのか怖いというのはおかしい。聖水を持ってくればよかったと言っていたのを思い出し、彼女は問う。
「八一さんは血が弱点なの……?」
聞かれて、八一は複雑そうな顔をした。
「私のいうより私達だな。私達、組織の半妖の大半は血を浴びる、もしくは浴びすぎると狂いだして、全ての力を持って暴走する。人殺しをする際には、清い浄化の水である聖水が必須なのさ」
大半の組織の半妖が血が弱点であるとは予想外だ。初めて聞く話に奈央は驚き、彼女は話は最後まで聞く。
「血を浴びないようにやる方法はいくらでもあるけど、あんなふうに血だらけだと下手に狂う可能性があったから調査できなかった。……人の血って、瘴気が強いから俺達のような特殊な半妖は狂いやすい。穢を清める為、暴走を鎮めるためには、聖水が必要なんだ。人の姿ならある程度耐性はあるけど、変化した状態はちょっとまずい。……人の血や穢れが平気な半妖もいるけど、そんなの本当に一部だな」
人の血は穢であり、彼らが浴びすぎると狂い出す。あの廃墟で狂うわけには行かない為、八一は無茶苦茶な解決方法を取ったのだ。建物ごとを『だょたぉ』を燃やすのは無茶苦茶すぎではある。
話を聞き、奈央はまとめる。
復権派が誰かに利用されて『だょたぉ』となった。穏健派の陰陽師は巻き込まれつつある。彼が詳しく調査しなかったのは、血が部屋を覆っていたため。血は弱点でもあるが、聖水を浴びれば問題はない。奈央は頭の中で簡単にまとめるが、口に出ていたらしい。八一はにこやかに笑っていた。
「流石、お勉強できる学校に通ってるな。お嬢さん。まとめ方がうまい」
「えっ、あっ、口に出てました!?」
「思いっきりな。けど、口に出して整理するのは悪くない。頭の中を整理する際のアウトプットは大切だ」
気遣いを受けて、奈央は謙遜した。
「ありがとう。でも、外的要因については、八一さんがヒントをくれたおかげだよ」
「お嬢さんが経験したから、ちゃんとした予想に辿り着けたと思うけどね」
推察と言う名のヒントを与えて考えに導いた。奈央を持ち上げるが、彼自身全てわかっていたのだろう。彼女はアイスを食べ終えて、八一の顔を見て真っ直ぐと笑う。
「そんなことないよ。貴方のおかげだよ。八一さんってさり気なくフォローしたり、気遣うの上手いね」
彼女の微笑みを見て八一は目を閉じた。俯かせて奈央の頭をわしわしと撫で始める。
「なーにいってんだか。こんなの人を絆すための術に決まってんだろ。自然と出来るように私達は教えられてんの。だから、奈央は私のような質悪い男に捕まりそうになるんだぞー」
「っちょ、わわっ! や、八一さん、照れてないっ!?」
「さあ、どうでしょうか」
奈央に返すが、頬は仄かに赤い。向日葵少女の正解である。照れ隠しで顔を見せないように撫でているのだ。八一は照れるのを納めて彼女の頭から手を放し、話を続けた。
「兎も角、これ以上の進展はないはず。私が報告しおくから安心して。さーて、予想以上にお出かけをしてしまったわけだけど……お勉強タイムはどうする?」
「するする! だって、まだ半分も終わってないもん!
八一さん! よろしく!」
「よーし、スパルタでいこーか。奈央じょーさん。お覚悟」
にこやかに笑う彼に、奈央はびくっと震える。山野のときに食らったスパルタ勉強がだいぶきついからだ。向日葵少女は何度も首を横に振る。
「ちょ、す、スパルタはいいよっ! 八一さん。ご勘弁を!」
「スパルタ乗り越えると、明日私の走り込みに付き合いつつ、昼飯とデザートを奢ります。しかも、三時のおやつ付き」
「やります! 私、頑張れるよ!」
何度も頷いて、やる気の笑顔を見せる。八一はよくやったと微笑むが、その裏では黒い笑みを浮かべていた。八一の言っていることは、ほぼデートである。
これに向日葵少女が気が付いたのは、翌日デートしている最中であった。
今回の件について。
八一は上司と仲間からのお叱りを受け、多くの始末書を書く羽目になる。
関係ない話ではあるが、大崩海岸で運転手のいないバイクの怪談が巷を騒がせたのは言うまでもない。