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平成之半妖物語  作者: アワイン
2 番外
112/196

2 向日葵少女の膝は大崩のように崩れた

 昨夜は八一のおかげで宿題は捗り、チェリーパイをご褒美に食べた。八一の分ももらい、奈央はほくほくと喜んでいたが「前払い」と言われた。この時の奈央は理由がわからなかった。

 翌日の午前、ある場所に来て全てを理解した。八一はある喫茶店の駐車場へと止まって、バイクから降りた。奈央も降りて、現在いる場所を見て表情に嫌だと出した。

 海風は気持ちがいい、ツーリングには最高の道路であり景観地でもある。場所によって喫茶店や旅館がある。景色を目的にした観光をするのは良い。

 しかし、静岡県民ならば知っている。大崩海岸辺り一帯とは心霊スポットでもあると。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………帰っていいかな? 八一さん」

「だぁーめっ♡」


 少女の長い沈黙を、語尾にハートマークをつけて止められた。奈央は本気で彼に怒り泣きたくなり、膝が崩れた。

 怪談のネタに困らない大崩海岸。少女は通り過ぎるが、この近くでゆっくりしたことはない。奈央は話を聞くのは好きだが、実体験はノーセンキュー。向日葵少女は本気で泣きたくなった。

 幽霊や妖怪は普通の人には見えない。しかし、前回の事件で奈央は幽霊の声が聞こえ、見えるようになった。

 直文のお守りなしでは直視を防げない。時折聞こえても自分の意志で防げない故に、奈央は見えぬふり、聞こえぬふりをしてきた。山と海岸一帯に漂う幽霊と声で察する。宝の持ち腐れである神通力の扱い方を覚えさせようとしているのだ。

 依乃の見ている世界を理解して、奈央は帰宅したくなる。彼女はゆっくりと立ち上がっていると、八一は真剣に話し始めた。


「これは、奈央の為でもある」

「……私の?」


 八一は頷き、自身の目と耳を指差して話す。


「君は無意識に見たり幽霊の声を聞く。今日、ここに来たのはそのオンオフが出来るように訓練をするんだ」

「……な、……なるほど……? あれ? でも、はなびちゃんも幽霊が見えているはずなのに……なんで私だけ訓練なの?」


 指すのをやめて、複雑そうに話す。


「有里さんのは体質だ。ホントに特殊なケースだったから、彼女のは霊媒体質という不治の病にかかったと考えてほしい。不治の病は治療法が見つかっておらず、今その場で対処するしかない。奈央の神通力はいわば、補助具兼防犯グッズだ」

「……なるほど、はなびちゃん。大変だ」


 八一の例えで親友の苦労を理解し、奈央が過保護になるのもわかる気がした。

 彼の話はまだ続く。


神足通じんそくつうに関しては、麹葉さんがスイッチのオンオフをしていると思う。だが、その他の二つは難しい。ここでスイッチのオンオフができれば、少しは日常生活に差し障りない程度にアッチ側を認識せずに済む」


 力に振り回されるよりも、きちんと制御したほうがいいのは確かだ。

 八一の言葉は説得力があって正しい。正しいが、向日葵少女の顔はげんなりとしていた。狐は奈央に悪戯っ子の微笑みを浮かべる。


「逃げようっていう考え、頓挫したろ」

「……そりゃそうだよ!! 仕方ないってわかったよ!

でもね、誰が怖い目に遭いたいの!? 誰が死ぬ思いをしたいの!?

私は命知らずのオカルト好きじゃないよっ!?」


 両手を握って奈央は必死の抗議をする。八一は口元を緩める。


「ここであの人の奥さんの影が出るとは、いや、その人が異常なだけだ。というか、君一人をさせるわけがないだろ。指導役は当然必要になる。安心しろ、危なくなったら守る」


 嘘はなく、奈央は肩を落とした。連れてこられた以上、やるしかない。また神通力を制御できなくては、普通の日常生活は送れないだろう。学校の中で幽霊に遭遇なんて洒落にならない。


「では、まず何をすれば……」


 八一に尋ねて返ってきた答えは単純。


「精神統一だな。まず、何度かスイッチを切るイメージをする。切り替えもスイッチを押すイメージを何度かしていればいい。まあいたずら好きの幽霊やちょっかいを出す妖怪もいるだろう。簡単じゃないけど、大丈夫。急ピッチで仕上げて君の平凡を取り戻そう!」


 にこやかに親指を立てる彼に奈央は泣いて怒り出す。


「おにぃぃ! おにぃぃ! おにぎつねぇぇぇ! 簡単に言うなぁ!」


 ツッコミを入れるが、やるしないのだ。八一は大丈夫と微笑むものの、周囲の幽霊が遠くから奈央を興味深そうに見ている。

 何あの子。カッコいい子といるけど、訓練って何をするのかな。邪魔しようかしら。と妬むおば様井戸端会議のような会話が聞こえて奈央は涙目になる。集中できるかと内心でツッコミを入れながらも、自身の日常の安定の為にやるしかない。

 直文からもらったお守りを八一に預け、海に向いて息を吸って彼女は集中した。




 お昼頃。

 近くの喫茶店の丸テーブルで食事を二人は頼む。

 二人のいる店は海岸近くにある店で、美しい駿河湾を一望しながらティータイムを楽しめる。奈央は疲れ切っている様子で腕を埋めている。八一は水の入ったグラスを手に微笑む。


「お疲れ。その様子だと大分ちょっかい出されたようだな」

「……ううっ……ばかぁ……」


 泣いている彼女に、八一は頭を撫でてあげた。


「よく頑張りました。カフェの代金は私持ちだ。ご褒美に追加でデザートでも頼むか? ケーキとかあるぞ」

「……頼む……」


 撫でるのをやめて、彼女は顔を上げた。

 目の前に見える駿河湾の光景。夏を運ぶ雲は流れゆき、青い海の上に影を作る。大崩海岸の特徴的な道路が店の窓から見えた。車がカーブを気を付けて、曲がっている。しかし、その一部も景観地に相応しい絶景の光景だ。美しい景色を見ながら、ランチを食べるのは贅沢だ。


「……ここ、話には聞いたけど凄いね……」

「だろ? 大崩海岸はツーリングで走るのに気持ちいい道路だから、よくこの喫茶店には寄るの。その分、気をつけないといけないけど」


 急なカーブがあっても、八一は下手な走りなどをしない。運転が上手く、意外と安全を心掛けているのだ。

 運ばれてくる本日のランチ。運んでくる喫茶店の奥さんにデザートの自家製ケーキの追加を頼む。今日は煮込みハンバーグらしく、ソースの香ばしい香りが二人の鼻を通る。

 奈央のお腹の虫が鳴る。聞こえていたのか、八一は瞬きをして可笑しそうに笑い、向日葵少女はぷんすこと怒っていた。

 先に八一の料理が並び、その後に奈央の分がやってきた。ハンバーグをメインにした定食風のランチ。二人で手を合わせて挨拶してからご飯を食べる。

 美しい風景と穏やかな二人っきりの時間。店内には人々の話し声と流れる音楽がBGMとなる。何と贅沢な昼食なのだろうと、向日葵少女は味噌汁を飲みながらほっこりとしていた。

 煮込みハンバーグのソースの香ばしさに、奈央はハンバーグをフォークで切って煮込まれた野菜と共にいただく。煮込みハンバーグのコクと旨味が疲れた心に染み込み、奈央は涙目になった。ホラーゲームのような怖い目に遭って、癒しのご飯なのだ。


「美味しいよぉ……」

「頑張ったあとの飯は上手いよなぁ」


 美しい所作で味噌汁を飲む。一口飲んで、奈央に話す。


「けど、お嬢さんにはもう少し頑張ってもらいたい。何せ、昨日の奴がここにいる可能性がある。それを感知できなくなるのを目標にしてもらいたい」


 昨日、家まで来た怪異のことだ。


【だょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょ】


 人の声ではない声でペタペタと歩き出していた。何処かで見たことあるようなと、奈央は考えながら味噌汁を飲みを終える。八一は正体を知っているだろう。器を置いて、彼に尋ねた。


「八一さん。その怪異って……どんなの?」

「『だょたぉ』」


 一息置くまもなく即答され、奈央は硬直こうちょくした。

 悪さをした人を食べる『だょたぉ』と言うお話。

 知っている。知ってはいたが、奈央自身悪いことをしてはいない。父親と母親にもその気配はない。奈央はどうしてと考えているが、八一が話し出す。


「『だょたぉ』は私を狙ってたのさ。悪人としての私をな」


 味噌汁を飲み終えて器を置いた。悪人と聞いて、奈央は首を横にかしげる。八一は輪廻の巡りと奈央を守る為に動いており、彼が真の意味で悪人と思えない。善人とも言い切れないが、今の八一は悪いことをしてないはずだ。キョトンとしながら、彼女は話す。


「八一さんは悪人じゃないよ」

「ありがとう。でも、私が判定されるのはきっと過去の件も含まれてるからなんだろう。今が清くても、組織の半妖(私達)のしてきた罪は消えるわけじゃないしな」


 何気なく笑って話すが、奈央は悲しく思った。

 八一と再会した時に、生まれ変わった話を聞いた。前世の経験と記憶、全てそのまま持って転生する。贖罪しょくざいしながら、彼自身、いや彼ら自身はそれを背負っていくつもりなのだろう。彼らの成り立ちを考えて、【だょたぉ】が八一を狙ったのに引っかかりを覚えた。その引っ掛かりを疑問に思いつつ、向日葵少女は思ったことを話す。


「貴方はそう思っても、私は八一さんを悪人とは思えないよ。私達と久田さん達を大切に思ってくれているんだもん。……本当に良い人だよ」


 励ましに、八一は目をまるくして頬を赤くして笑う。


「……ありがと、お嬢さん」


 感謝をしたあと、八一は茶碗を手にする。


「さて、昼食とデザートを食べたら訓練の続きをしようか。奈央」

「……明日って言うのは……」

「ない♡」


 いい笑顔で告げられて、向日葵少女は落ち込んだ。




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