11 ep 向日葵少女の想い
朝、父親の車で駅まで降ろされて電車に乗った。乗っている間にアプリで、駿府公園に向かう旨を伝える。目的地の近くに駅に降りる。改札を通り抜けて、駅の入口を出ると見知った顔が通る。冴えない同じ学校の男子生徒。私服姿を見るのは初めてだ。
奈央は声をかけてみる。
「山野くん! おはよう」
「……えっ? あっ、田中さん! おはよう!」
彼は振り向いて驚き、笑顔を見せた。告白されたとはいえ、彼のお陰で元気が出てきたのだ。丁度いいと思いつつ、申し訳なさを感じて彼女は拳をぎゅっと握る。近付いてくる初めての男友達に声をかけた。
「……ねぇ、山野くん。……ちょっと時間ある?」
奈央の真剣な表情に山野は戸惑い、頷いた。
山野は彼女についていって、駿府城公園内に入る。人があまり通らない場所で二人っきりになる。八一はまだ来てないのが好都合だ。人が多く通る場所で告白を断るなんて気まずい。
奈央は深呼吸してから、山野に振り返る。
彼は不思議そうに見ている中、奈央ははっきりと告げた。
「あのね、山野くん。……告白してくれたことは嬉しかったよ。でも、ごめん。私、貴方の告白を受けることはできない」
「────………………………………そっか。そう、だよね……」
言われて山野は一瞬だけ言葉を失い、頭をかく。告白を断られたのだ。ショックは大きいだろう。頭をかきながら、彼は顔を上げて恐る恐る聞いてくる。
「……えっと、じゃあ、理由を聞いてもいい?」
理由と聞いて、奈央は脳裏に八一の姿がよぎる。
「私、いいなって思う人がいるの」
聞いて、山野は目を丸くした。
「……どんな人?」
聞かれて、奈央は苦笑をする。高校の三年間は恋愛はご法度と自身で決めているはずなのに、彼が奈央の中で焼き付いて離れないのだ。
「狐のように意地悪でずるくて、捻くれている部分もあるけど、稲穂の色のように思いやりがある人なんだ。年上だけど、多分私その人が好きなんだ」
奈央は八一を思い浮かべて、向日葵の笑顔を浮かべた。その顔を見て、山野は虚を突かれたようだ。
八一は協力者という立場とはいえ気を使ってくれて、優しく世話をかけてくれた。助けてくれて、感謝しきれない。奈央は山野を見て謝ろうとするが、その彼は片手で顔を押さえていた。
「……山野くん? どうしたの……?」
聞いて近づくと、彼は深い溜息を吐く。
「──ああ、ったく、もう少し耐えたかったなぁ。君の方がずるいじゃないか。この姿でわざと私の要素ちょっと出してはいたけど……ははっ」
聞き覚えある声に、奈央はキョトンとする。山野は口角を上げて、白い犬歯を見せた。彼がポケットから木の葉を出すと、強い風が吹く。
「お嬢さん。忘れてはないか?
妖の狐は化かすものだってこと」
木の葉がどこからか現れて、少女の視界を覆う。
彼女が目を開けると、木の葉がはらはらと地面に落ちてきている。その近くにスニーカーとスラックスをはいた男性がいる。袖無しのジャケットにオシャレなTシャツを着こなしている。
冴えない男子学生の日常は何処行ったか。目の前には、二本の指で木の葉を持って微笑む背の高いイケメン狐の半妖がいた。
「懇懇としたお付き合いありがとうございます。今までの山野正哉とは稲内八一が化けた姿でしたー」
山野正哉とは稲内八一が化けていた姿。つまり奈央を告白していたのは山野に化けた八一であり、勉強を見てくれたのも、励ましてくれたのも、山野ではなく八一。
妖怪の狐は化けることができる。狐には七変化という言葉があるのだ。忘れてはならない。
情報の整理ができず混乱しており、奈央は放心状態であった。彼女の反応を見て、彼は楽しそうに笑う。
「あっはっはっ、相変わらず奈央はいい反応をするなぁ」
「……………………えっ? えっ、えっ、えっ!?」
ある程度把握できたのか、奈央は戸惑いを隠せていなかった。八一は笑いつつ、奈央に改めて教える。
「だから、山野正哉は私なんだよ。奈央」
「……えっ、えっ……嘘…………?」
「ホントだ。それと、化けて近付いた理由は君を夜久無の手から守ること。狙ってくること、あいつのしている目的も把握していた。だから、裏で工作しつつ守ってた。ちなみに、山野正哉の存在以外は嘘偽りのない私の言葉だな」
理由も話され、一言しか話せない。山野からされた告白と褒め言葉と励ましの言葉は彼からの言葉である。顔が赤くなって恥ずかしくなると同時に、別れる時の直文と依乃の言葉を思い出す。
奈央ちゃん。頑張ってね。
田中ちゃん。そいつには気をつけて。
更に追撃のごとく、彼女は江戸時代の記憶を思い出す。
別れ際のキス。ファーストキスを奪われ、そのキスがディープキス。八一は奈央に好意を抱いている。しかし、奈央自身も八一を悪く思うどころか、好ましいと思っており──。
「……あれ?」
彼女はおかしな感覚に陥る。
お城のお堀が埋められていくような。しかも、第二の堀は埋められて、第一のお堀も攻略されているような感じだ。奈央の両親から聞いた話と反応を思い出して確信は強まる。
奈央は顔を赤くしたまま、後ろに下がる。様子がおかしい事に気づいて、八一は声をかけた。
「どうした? 奈央」
「…………………………八一さん」
奈央は体を震わせて、恐る恐る聞く。
「もしかして…………私に対して外堀……埋めてないかな?」
惹かれたのは江戸時代。
生まれ変わって、奈央の両親と接触したのは赤ちゃんの頃。彼の両親と彼自身が仲良く知り合い。また山野に化けて近付いて、気持ちを確かめようとしていた節がある。
その前に一年前の港祭りで謎のイケメンとして彼女と接触している。奈央はその彼からイケメンオーラを感じて近付こうとしていた。
これもそれも、全部八一の計算であったとしたら。
気づいた途端、八一は笑い声を上げていた。
「……っはっはっはっ! あっはっはっはー! ……はーわらった」
真っ直ぐと見つめて、白い牙を見せて笑う。
「奈央。私は本気で欲しいと思ったものは絶対に手を入れたいんだ」
奈央に近付いて、頬に手を添える。妖しく微笑んだ顔が近付いてきて、奈央は目をつぶる。後ろから見て顔が重ねる。奈央に唇に柔らかいものが優しく当たる。わざとリップ音をたてられて、彼女は驚いて目を開けた。
八一は離れて、にっこりと。
「だから、覚悟しろ。私の大好きな奈央嬢さん。君を確実に手に入れて見せるから」
艶のある声で言われた。
奈央はチョロいチョロいと言われて、悪い男に捕まることを心配されていた。が、最も質の悪い男に捕まろうとしている。最初から奈央が自身を意識するように計画を立てていた稲成空狐の半妖の男の手で。
彼女は顔を真っ赤にし、口を大きく開いて。
「────────っっ! ばかぁぁっ!!」
大声で叫び八一は耳を押さえ、奈央は背を向けて走り出して逃げる。八一は逃げ出した彼女を見て、面白そうに微笑んで地を蹴った。