10 その後の狐と向日葵少女
奈央の身につけていたものは八一が回収してあり、制服と荷物を彼女に渡す。着替えを済ませて、直文も元の姿に戻る。公園の出入口の前に出ていくと、八一はバイクを引きながら奈央に声をかけた。
「奈央。送ろうか?」
「えっ、いいのですか……?」
「ああ、詫びに送る。安全運転を心がけるから、しっかりと私に掴まってほしい」
自転車は盗まれぬように結んではある。八一の厚意に甘えることにし、感謝をした。話を聞いていた二人は声をかける。
「じゃあ、私達はここで。奈央ちゃん、頑張ってね、またね」
「……田中ちゃん。そいつには気をつけて。じゃあね」
不思議なことを言われて、直文と依乃は別れた。
出された予備のヘルメットを被る。荷物をしっかりと持ち、八一の跨るバイクの後ろに乗った。二人乗りで、足を固定できる場所もある。しっかりと乗って、奈央は八一の後ろに手を回した。彼女が準備できたと声をかけて、八一はヘルメットを被りゴーグルを着けた。
バイクのエンジンを起動させて、二人は公園を出発した。堀の前を通り抜けて走っているが、信号が赤になり止まる。八一はバイクを止めて、奈央に話しかける。
「バイパスを通った方が近いから、そっちに行くぞ」
「……えっ、知ってるのですか?」
「まあな。ほら、青になったから進むぞ」
バイクが動き出す。
町並みが通り過ぎていく中、八一の背中を見た。昔は髪が長かったが、今は短くなっている。服装も現代服を着こなし、横文字を使いこなしている。今に染まっていても彼だとわかる。
バイパスに入る道を上がる。八一の背中に頬を預け、バイパスから見える静岡の風景を眺めていた。頬から伝わる暖かさは、古今と変わらない。バイパスを下り、町中に入る。川をまたぐ橋を越えて、住宅街へと向かう。
走っているとブレーキがかかり、バイクが止まる。バイクがある家の前で停車をして、八一はヘルメットを取った。奈央もヘルメットを取り、瞬きをする。
目の前に奈央の家。
本当に知っていることに驚いた。彼女のヘルメットを受け取り、ヘルメットをハンドルにかけると、奈央に手を差し伸べる。
「はい、着いた。気をつけて降りろよ」
「あっ、うん、ありがとう……ございます」
手を受け取って奈央は八一にエスコートされてバイクから降りた。家の前に行こうとして、奈央は振り返る。頭を下げて礼をした。
「八一さん。助けてくれてありがとうございます」
顔を上げて、八一は気にするなと手を振る。
「いいよ。けど、私に敬語は使わなくていい」
「えっ? でも、八一さんは年上ですよね。礼儀は大切なのでは……」
「年上だけど、その前に私は一人の人間だ。仲良くなる為に君を知りたい。恋愛はご法度でも、互いに友人として仲良くできるだろう?」
高校の三年間は恋愛ご法度と奈央自身で決めている。現世で転生して、俗世に染まっている彼ならばすぐに理解しただろう。八一は手を出して、握手を求める。
「まず仲良くなる第一歩として敬語外し。改めて、私は八一。稲内八一だ。古今ともよろしくな、奈央」
差し出された手を見て、彼女は前より関係が前進した気がした。奈央は手を握って握手を交わし、向日葵の少女にふさわしい笑顔を作った。
「うん、よろしく! 八一さん!」
彼女の微笑みにつられて、八一が笑う。
背後の玄関のドアが開く。奈央の母と父が現れ、娘である彼女は驚いて振り返る。バイクの年上の見知らぬ男といるのだ。事案であり、八一が怪しまれる。
しまったと奈央は慌てて弁解をしようと口を開いた。
「お母さん! お父さん、これは……!」
「八一くんじゃないっ!」
「おおっ、八一くん。また来てくれたのか!」
驚いて笑顔になる真美と荘司。親の反応に娘はポカンとして、八一はニッコリと笑ってみせた。
「真美さん、荘司さん。お元気ですか?」
二人は八一の元に来て、荘司は彼の背中を軽くたたいた。
「あっはっはっ! 八一くんも元気そうで良かったよ」
真美は近づいて、黄色い声を上げる。
「もー、本当にイケメン! 一年前の夏に挨拶に来たときは驚いたけど、今日はどうしたの?」
「見ての通り、娘さんを家に送りに。最近は物騒なので、友人の直文から言われて送りの役目を担わせていただきました」
「あらあら、久田さんと友達だったの。そうなのねぇ、ありがとう~」
和気藹々と会話する二人を他所に娘は置いてけぼり。荘司と真美は前から八一と知り合いらしい。都合の良すぎる展開についていけない。
しばらくしてやっと我に返り、奈央は二人に問いかけた。
「えっ、ちょ、お父さん、お母さん!? 八一さんと知り合いなの!? いつから!?」
聞かれた二人はにこにこと。
「ああ、奈央は知らなくて当然か。八一くんは彼の親の仕事の関係で三年間ほど静岡に居たことがあってね。彼とはご近所さんだったんだ。彼のご両親とは時々連絡を取り合うくらい仲がいいぞ。初めての出会いは俺の朝の走り込みだったな。な、真美」
「ええ、何でも早く体を鍛えたくて毎日走り込みと筋トレをしている子だったよ。そこから、お父さんが走り込みのアドバイスをきっかけに仲良くなったのよね。奈央は赤ちゃんの頃、一、二回会ったことがあるぐらいだから知らなくて当然よね。……ああそうだ。八一くんのご両親は元気?」
聞かれて、彼は苦笑して頷いた。
「ええ、息災ですよ。まあ、早く孫を見せろと時折言うことはありますけどね」
と、三人で談笑をし始める始末。
江戸時代に来たときと同じぐらいの怒涛の情報量。
両親と仲がよく、赤ちゃんの頃にあったことがある。しかも、今の八一の両親と仲良しであり、彼は一年前の夏に挨拶をしに来たことがあった。噛み砕いて奈央は状況を理解しようとしている最中、父親から声がかかる。
「奈央。八一くんが帰るそうだ」
「えっ、あっ!」
顔を動かすと、八一は彼女の目の前に来て別れの挨拶をする。
「それじゃあ、私は行くよ」
「……えっ」
行くよと言われて、奈央は悲しげな顔をした。記憶を全部思い出したばかりであり、あの時代での出来事はトラウマとなっている。今は離れてほしくはなかった。顔を見て八一は優しく微笑み、頭を撫でる。
「大丈夫だ。明日も私はいるよ。不安なら、電話番号でも登録しておくか?」
ポケットからスマホを出すと、奈央は何度も頷いて通学バッグからスマホを出した。アプリで電話番号を交換して、奈央はスマホを見てほっと肩の力を抜く。安心した彼女の表情を見て、八一は口元を緩めてバイクに跨がりヘルメットを被る。ゴーグルをして、三人に声をかけた。
「それじゃあ、またお会いしましょう。奈央、またな!」
「うん! またね!」
バイクのエンジンを起動させて走り出す。バイクに乗った彼の背は遠くへと消えていく。奈央は八一が見えなくなるまで手を振っていた。
帰宅した後、奈央は真美から八一の出会いに関して根掘り葉掘り聞かれる。彼のことに関して何とも言いようがなく、言えるわけがない。質問攻めされた依乃の気持ちがわかり、反省しつつ奈央は誤魔化していた。
寝る前にアプリで八一の電話番号を見ていると、「明日、駿府公園で約束を果たしたい」とメッセージが来た。
約束と聞いて、彼女は手を止めて胸を掴む。
「……麹葉さん」
自身の中にいる麹葉の存在を忘れかけていた。彼女にとっても忘れてはならない存在。彼女と約束を果たせるのか不安になった。
彼女は電気を消してスマホを机の上に置く。ベッドに入り、彼女は瞼を閉じた。
寝息を立てた頃、白い狐が枕元に現れる。
彼女の頬を肉球でポフポフと優しく当てている。身動ぎした少女に驚くが、幸せそうに微笑む。
白い狐は満足したような顔をして、彼女の中に戻っていった。