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平成之半妖物語  作者: アワイン
2-4章 向日葵少女の狐の嫁入り
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8 稲成空狐と向日葵

 空には幾つかの牛車がある。かぐや姫の昇天かのように空を駆けて、何処かへと向かっていく。これらは、夜久無の作り出した式神だ。その式神の中で作り出した牛車の中に奈央はいる。

 夜久無と彼女の上には雨雲があり、一緒に移動をしている。お天気雨を降らす雲は牛車に付いていく。その様子を直文と共に依乃は見下ろす。彼を抱き締める力を強くして、依乃は牛車を睨む。


「本当に人には見えないのですね……」

「身隠しの面と布と同じ効果の術を自身のみならず、式神にも適用させたのだろう」


 カメラや人や動物の目に映らず、霊力の強い者にしか見えないのだという。直文は疑問そうに牛車を見つめていた。


「気狐とは思えない力だ。記録では八一が悪霊を浄化して、夜久無諸共魂を三途へ送ったはずだ。転生して前世返りするほどの力を持っていたとは思えない」


 力の強い妖怪ほどしやすいと聞く。夜久無は魂食いをしていたが故に力が強くなっていただけである。前世返りするほど、元々の力が強いわけではない。彼の疑問に噛み砕いて理解し、依乃は聞く。


「直文さん。それは、ナナシのような外的要因ということですか……?」

「ああ、断言はできないけど可能性はある。……調査範囲を広げないとな」


 誰かが穏健派の陰陽師を利用した可能性が高く、直文は難しそうな顔をしていた。依乃は多くを知っているわけではない。彼の反応からして、予想外なのだろう。

 茂吉は仮面の男の追跡はついでであり、実際は何故前世返りをしたかの調査だ。まだ報告は来ておらず、調査中なのだろう。

 二人はバレないよう空から追跡している。

 牛車を追跡するバイクは自重しない。速度違反となるスピードを出していた。運転手は他の車もバイクのことを気にせずに走っており、バイクは器用に車を避けている。夜久無と同じ術を掛けているのだろう。

 違反もお構いなしに道路を爆走し、赤信号を無視した。直文は見ていられないのか、苦々しい顔をしている。


「……あいつ、見えてないのをいいことにお構いなしだな……!」

「ほ、本当ですね……! 私から見ても、しちゃいけないことだってわかります。あの速度で爆走するなんて、交通事故を起こしますって言ってるものです……!」

「転移の術もあるのになんで……はっ。まさかものついででバイクを走らせて鬱憤うっぷんばらしか……? 上司に怒られるぞ……?」

「……ええっと、あの人って免許持ちなのですよね?」

「うん、大型自動二輪車免許を持っていて、その他の免許も持ってたはず。しかも、今までいい子にしてたのか、ゴールド免許なんだよ。……そのいい子の化けの皮を剥いだようだけど……これ任務じゃなかったら道路交通法違反だぞ」


 依乃はドン引いているが、直文もドン引いている。今までゴールド免許でいい子にしていたが、箍が外れて爆走しているのだ。これを読んでいる皆様は、どうか道路交通法を守っていただきたい。自分と他者を守ることに繋がるので、どうか守っていただきたい。

 バイクは牛車を追い越してある場所に向かっている。直文は溜息をついて牛車を見た。


「後で叱るとして……あいつの思惑通りということか」


 夜久無達を乗せた牛車は、バイクと同じ方向へと向かう。




 かつて天守があったとされる城の跡。駿府城すんぷじょう公園。徳川家康がその生涯を終えた場所だとされる。


 駿府城すんぷじょう公園の入口にバイクのまま入っていき、公園の中央に止まった。

 空は暗くなりつつあり、人もそれなりにいる。直文達は大きなビルの上に降り立ち、バイクの彼の様子を見つめる。

 バイクのライダーは片手で刀印を作り、真横にスライドさせる。公園内の人々は何事もなかったかのように去っていった。芝生公園の時に茂吉が使っていた術と同じである。

 刀印を作った片手を天へと掲げる。



 彼女はぼんやりとしていた。

 絵に描いた狐たちにあれよあれよと身を清められ、着物を着せられていく。化粧もされて、白無垢を着せられ、あっという間に美しい狐の花嫁となっていた。何かされたのだろう、奈央自身は抵抗する気が失せていた。奈央が着飾る一連の流れを夜久無は見ており、楽しそうに微笑んでいる。


「ふっ……ふふっ」


 笑い声をあげていたが、次第に体を震わせて高らかに笑い始めた。


「あは、あっはっは! やった。やった! はっはっはっ!

クソぎつね! 見ているかっ!?

ああ、とっくに死んでるから手出しはできないか。仕方ないなっ!!」


 テンションが上がっており、奈央は高笑いを聞くことしかできない。彼女の目の前に近づいて、狐は指で少女の顎を上げた。意志のない瞳を狐は見て、満足気に微笑む。手に入れられなかった花嫁が見ていると、おめでたい勘違いをしているのだ。

 夜久無の行動に狐の花嫁は反応を示すことはない。しかし、遠くから聞こえるバイクの音だけに彼女はピクリと体を震わせた。

 強い風が下から吹いて、前簾まえすだれが捲り上がる牛車も微かに揺れるが、前簾まえすだれから見えた風景が奈央の目に入った。

 黒いレーシングスーツを着た男性がいた。バイクにまたがって空を見上げている。ゴーグル付きのヘルメットであり、目はゴーグルで隠されていてわからない。だが、奈央は見られているとわかり、目線を彼に向けた。


 どこかで見た事あるような。

 空高くから人を視認できるほど、目が良いのは神使の狐に取り憑かれた影響だ。彼女は知っている。あのバイクの彼は一年前怪異に襲われたときに助けてくれた人だ。

 公園に人が居なくなってきていた。人々は公園を去る行動を疑問に思わず動いていた。バイクの彼は刀印を天に掲げる。

 風にのって、声が聞こえた。


来火らいか


 聞き覚えのある声に、奈央は目を見張った。夜久無達の上にある雨雲が急に電気を帯び始め、目の前に雷が落ちた。眩い雷光と雷鳴が近くで轟き、二人は目を瞑り、耳を押さえた。

 数分後。奈央は目と耳を開放して顔を上げる。

 目の前にバイクの彼がいた。ヘルメットとゴーグルをしていて、顔がわからない。不思議な気持ちが湧き上がるように、奈央は段々と目を丸くしていく。

 向日葵少女は彼をよく知っている。泣きたくなるような、今すぐ呼びたいような衝動に駆られ口を動かす。今の奈央にとって、彼は直文の仲間しかわからない。その相手の名と記憶を消されているからだ。

 バイクの彼は拳を突き出す。

 拳には勾玉のネックレス。少女は意思なき瞳でそれを見ていた。


「完全に意思を奪われたわけじゃないんだろ?」


 近くで声を聞いて、少女は目縁に大きな水の粒を作っていく。彼はしゃがんで目線を合わせ、真剣に話しかけてきた。


「何かを思い出したいなら、私を選べ。あいつは嫌だろ」


 悪戯っ子のように微笑む。相手は触れることができるが、彼がしないのは配慮だ。

 その彼から声と気遣いを受けたことがある。奈央は思い込みではないとわかって、ゆっくりと手を伸ばしていく。勾玉のネックレスをつかもうとしている。その光景を夜久無は目の当たりにして錯愕さくがくして叫ぶ。


「っ……!? 何だお前は……! 僕の花嫁に何をしようとしているっ!?」

「さあ?」

「っ! やめろ! 僕の花嫁に余計なことをするなっ……!」


 僕の花嫁、僕の花嫁と何度も連呼する夜久無に奈央は胸の内側から燃え上がる感情を感じる。ゴーグル越しに見える彼の瞳を見る。を鋭くも温もりがある。その目を向けられていたいと奈央は目に意志を宿し、眉間に皺を寄せる。


「っだから! 私はアンタの花嫁じゃない!」


 奈央は勾玉のネックレスを掴んだ。彼は嬉しそうに笑った。


「ああ、それでこそお嬢さんだ。だから、約束を果たそう」


 向日葵の少女は気付くと、彼に抱き寄せられていた。誰かと約束したような気がしたのだ。彼は奈央を守ろうとして約束をしたが、現代に帰すために死んだのだ。


 なんでここにいるのか。どうして、どうしてと。


 悲喜こもごも。ボロボロと雫を流し、疑問を溢れさせながら、彼の背中に手を回して力強く抱きしめる。

 夜久無は追いかけようとするが、彼の方が早い。既に牛車の外に出ていた。宙に身を投げ出しており、バイクの彼はにやりと白い牙を見せて笑う。


「だから、つくづく稚拙なんだよ。三流」


 夜久無の開いた口が塞がらなかった。かつて夜久無にそう投げかけて挑発した男性がいた。

 奈央を抱きながら、バイクの彼は駿府城すんぷじょう公園の方に落ちていく。体勢変えて、奈央を姫様抱っこにして抱え着地する。

 しゃんと神社で聞くような鈴の音がした。

 奈央は地面に降ろされて、夜久無は二人を見下ろしている。奈央に勾玉のネックレスが首からかけられた。バイクの彼は刀印を作り、天を掲げた。


「静岡市葵区の駿府城すんぷじょう公園にて。雷警報発令中。落雷にご注意くださーい!」


 言葉ともに刀印を振り下げる。まだ彼の力は消えてはない。天気雨を降らせた雨雲は雷雲に変わり、夜久無のいる牛車に当たった。夜久無は寸でで逃げるものの、着地にうまく行かず公園内に落ちていく。夜久無の式神と牛車が消える。

 近くに落ちたのを見て、バイクの彼はケラケラと笑った。


「あっはっはっ! こりゃ滑稽だな! はっはっ、はははっ──……ああ、やっとこの機会が来た」


 彼はバイクのヘルメットを片手で外す。

 ヘルメットは木の葉に変化し、彼は夜久無に一歩ずつ踏み出していく。カツンとバイク用のレーシングスーツの靴はヒールのように色っぽい形に変わる。

 スーツもぴっちりとしたものに変わった。

 レーシングスーツのジッパーを下げて、美しい筋肉質な上半身を顕にする。勾玉の首飾りが見えて、首からはゴーグルを下げている。腰には狐の仮面のキーホルダーがついている。短い黒髪は伸びていく。白銀に変わり、人の耳が見えなくなる。

 頭に真っ白な狐の耳、彼の後ろには──九本の狐の尻尾が生えている。首に白銀のファーをかけて、碧眼へきがんを夜久無に向けた。


今生こんじょう今夜こんや昏々(こんこん)とした空の下。古今ここんとの再会だ。私は八一。稲内八一いなうちやいち。さあ、私の殺意に応えてくれよ? 藤原夜久無さん」


 透き通る程の美しい姿に、奈央は見惚れてしまった。




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