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平成之半妖物語  作者: アワイン
2-4章 向日葵少女の狐の嫁入り
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4 告白した彼と向日葵少女

 外が完全に暗くなり、奈央は机に突っ伏して真っ白に燃え尽きていた。山野はコップにあるお茶を飲んで一息つく。


「ぷはぁ、教えきったあとのお茶は美味しいなぁ」


 彼は満足そうにコップを置いて、手にしている英語の教科書を奈央の頭の上に置く。奈央は頭から教科書を取り、涙目になる。


「す、スパルタぁ~っ……! スパルタじゃんかぁぁぁっ!」


 泣き出す彼女の抗議に山野は呆れて睨む。


「あんなに溜めてて勉強しない君が悪い。苦手だからといって、手つかずなのはよくないよ。あと、復習を忘れないように。置いていかれたくないなら、ちゃんと復習を心がけるべきだ」

「正論……っううう……」


 机に突っ伏して奈央は唸る。

 授業のプリント、小冊子一冊分は終わった。言葉通り、懇切丁寧であった。わからない部分を奈央でも理解できるように教えてくれた。数学を受け持つ文田先生並みにわかりやすく、同じ学生とは思えない。

 自惚れた発言かと思いきや、本当に頭が良い。しかも、さっきの怒り方とのギャップがあり、奈央はイケメンであれば落ちていたと考えていた。

 人は見かけによらないと彼女は思ったとき、気になることがあった。

 入学式に山野正哉を見かけたことがあるのかと。

 冴えないような男子生徒は何人かいた覚えはあるが、山野もその中に紛れていたかもしれない。だが、彼に下心があって来ている疑念は少なくなった。下心があるならば、こんな面倒事を引き受けてくれるはずがないと向日葵少女は考える。

 山野はバッグから付箋ふせんを出して、各教科書のページに貼り付けていく。


「君の苦手そうな部分をピックアップしておいたから、ここを重点的に復習しておいた方がいいよ。あと、テスト範囲はやった? 中間テスト、もうすぐなんだからやっておきなよ」

「……あっ……そうだった……! そうだったぁぁぁぁぁっ! うわぁぁん!」


 向日葵少女は頭を抱えて叫ぶ。

 彼から言われて思い出した。五月の中旬に中間テストがあり、奈央はすっかりと忘れていたのだ。誘拐騒動や急な体調不良など濃い出来事があれば、忘れてしまうだろう。だが、奈央にとってテストとは自分の人生を左右するものに等しい。

 この世の終わりのように絶望した彼女に、山野は呆れながら話す。


「……もう日はないけど、テストが始まるまでの間、勉強を見てあげようか?」

「いいの!?」

「ただし、スパルタでいくのでよろしく」


 その宣言に奈央は涙目になったが、頷いた。

 厳しいが、彼自身の教え方は的確であり、奈央は頼るしかなかった。彼は腕にしている時計を見て、「あっ」と声を上げる。


「まずい。もう八時を超えてるや……夕飯の時間過ぎてる」


 少女は部屋にある時計を見て気付き、慌てる。


「……あっ、ご、ごめんなさい。ありがとう、山野くん」

「いいよ。その前に田中さんの両親に帰りの挨拶をしないとね」


 彼は立ち上がり、奈央は口を開く。


「……ねぇ、山野くんはなんで私に告白したの?」


 山野は動きを止めた。

 今まで気になっていたのだ。奈央自身は告白されるほどの魅力を持っているとは考えていない。考えてこなかった。今までは先輩である澄と友人の依乃に比べて見劣りすると思っていた。山野は何処で自分の何を好きになったのか。奈央は自分が告白される理由がわからない。

 ぶつけられた問いに、彼は奈央の顔を見た。


「君の頑張っている姿を見たからだ」

「……頑張る……?」


 頷いて、山野は見据えて話し始める。


「君は頑張って陸上部の朝練をして、放課後も頑張って部活の先輩に負けないように走り込みをしている。勉強も苦手なのに、先生や友達、僕に教えを乞いながら頑張ってる。苦手なことや苦しいことにも明るく頑張れる姿が素敵だなと思ったんだ」


 思ったよりもガチな理由で奈央は動揺した。

 真っ向から男子に褒められるなんてあまりない。しかも、真剣に言う山野は羞恥心を抱いていない様子だ。陸上部の練習の姿を見て好きになった。理由が漫画のようでると考えたが、奈央は顔が熱くなるのを抑えきれなかった。


「照れるなぁ……男性からそう褒められるのは二回目以上のような気がする」

「えっ、もしかして田中さん。男の人に可愛いって褒められたの?」

「えっ、ええっ!? それは、な」


 ないと言いかけて、言葉を詰まらせる。

 褒められたことがあるような気がして、奈央は照れる。照れている反応に、山野はぷっと吹き出して口を押さえて体を痙攣けいれんさせた。笑いを堪えている様子に彼女はキョトンとし、山野は涙を目尻に浮かべて指で拭った。


「っふふ、リアクションが凄いなぁ。うん、照れてる姿もいいね」


 からかわれたのだと気付き、奈央は赤い顔のまま不快感を示した。「ごめんごめん」と山野は謝って提案をしてくる。


「そうだ。からかったお詫びに、中間テストが終わったら僕が美味しいものを奢ろうか?」

「えっ、いいの!?」


 声を上げる彼女に、山野は笑みを消して真顔になった。


「でも、その時は君の気持ちを聞かせてほしい。……あの時の僕の告白は真剣だからね」


 と言われ、奈央は硬直した。高校の間、恋愛は御法度だと考えている。部活も疎かにしたくない。しかし、真剣な相手の返事もふざけたくなかった。


「……わかった」


 奈央は首を縦に振った。山野はへニャリと笑い、冴えない男子学生に戻っていた。

 部屋を出て、山野を玄関まで送ることになった。廊下を歩いていると、途中で奈央の父親の荘司しょうじと真美がリビングから顔を出す。奈央は夜遅くなったことを叱るのかと思ったとき、彼は二人に頭を下げた。


「田中さんの勉強を見て夜遅くなりました。本当にすみません。僕はこれで失礼します」


 山野の謝罪に、二人は申し訳なさそうだった。


「そんなことはないのよ。娘の勉強を見てくれていたのでしょう? ドアの向こうから声がよく聞こえていたわ。本当にありがとう」

「山野くんが謝ることはないよ。娘がテストのことを忘れていたのが悪い。むしろ、こちらが感謝したいぐらいだ。ありがとう」


 二人が勉強を遅くまでしているのを知って、彼らは咎めなかった。やり取りも聞こえていたらしく、彼は照れて奈央は唇を尖らせる。不愉快ではあるが少女は自身が悪い自覚はあるため、何も言わない。

 山野が玄関で靴を履いた時、荘司は声をかけた。


「山野くん。家まで送ろうか? 補導員に見つかると大変だぞ」

「大丈夫です。家は近いので、御気遣いありがとうございます」


 頭を下げて山野は奈央を見る。


「復習しておくように。それでは、また」


 一礼をしたあと、彼は玄関のドアを開けて向こうへ消えていった。

 パタリと閉じられたドアを見て、真美はニヤニヤとしながら娘に話す。


「……ねぇ、奈央。あの子に告白されたんだって? で、どうなの? 返事はするの?」

「えっ、なっ、お母さんっ!? そこも聞いてたのっ!?」


 顔を赤くして驚く奈央に、荘司は複雑そうに腕を組む。


「ふーむ、いい子ではあるんだろうが、仮に恋人になった場合、山野くんが娘を見守れるかどうか……」

「私の心配じゃなくて、山野くんの心配なの!? ってか、入学する前に私は高校生活は恋愛御法度にするって宣言したよね。 告白とか、返事はいいえにするのー! 山野くんとは友人として付き合うのっ!」


 懸命に声を上げる彼女に、真美は何気なく聞く。


「じゃあ、高校卒業したら山野くんとは付き合わないの?」

「付き合わないよ! 私は彼よりもっといい人を知っている」


 言いかけて彼女は動きを止め、目を丸くした。山野より素敵な人はいたのだろうか。居たような気がしたのだ。向日葵の少女は首を横に振る。


「そ、それよりも、夕ご飯ください! 勉強頑張ってお腹ペコペコだよ……」


 お腹を押さえて、落ち込む奈央は腹の虫を鳴らす。娘の様子に二人は明るく笑った。頑張ったのを知る彼女の両親は、娘の好物を夕飯に出してくれたのだ。


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