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平成之半妖物語  作者: アワイン
1-1章 平成之半妖物語開幕
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6 ちょっとだけ変わった一日

 片付けは直文がしてくれた。盗まれていた自転車も戻っており、名無しの少女は自転車を引いて家の門前に出る。直文が門前で立って、にこやかに笑っていた。綺麗な男の人に見送られるという人生で二度もない経験に彼女はむず痒くなる。


「……じゃあ、行ってきます。直文さん」

「はなびちゃん。いってらっしゃい。気を付けてね」


 嬉しそうに手を振る彼に、彼女は顔を赤くしつつも笑ってサドルに乗ってペダルを漕いでいく。

 新田の道は通らず、出来る限り別の場所を避けて通る。寄り道はしていないせいか、早く着いた。駐輪場に自転車を置いてロックをする。鍵をしまい、下駄箱の前で上履きに履き替えて教室へ行く。

 教室について、席に着く。

 教室にはある程度の生徒がいるが、三人だけ空席と思われる席があった。

 一昨日の出来事は夢ではないと告げている空席。周囲の生徒も空席を一瞥しては、行方不明になった件を話している。直文からお守りを渡されているため、安全に登校は出来ている。だが、■■の心境は様々な気持ちが絡まって複雑だった。


「はなびちゃん。おはよう」


 奈央が挨拶をしてくる。


「あっ、奈央ちゃん。おはよう……」

「……どうしたの? 何か暗いよ?」


 恐怖が■■の顔に出ていた。直文からは真実は打ち明けてはならないと注意されている。気持ちだけは打ち明けてはいいはずだと、彼女は今抱いている思いを友人に出す。


「……怖いからかな」


 容易に人はやられるのだと目の前で見た。■■は普通の女子中学生。怪異とは無関係に生きてきた。現状を知らぬ奈央は納得して友の背中を撫でる。


「……一昨日、不審者に狙われたんだってね。あの別れた時に、はなびちゃんと会えなくて心配したよ。でも、無事で良かった。ボランティアの人が助けてくれたって聞いたから、本当かどうか疑わしいけど無事で良かった」


 真実を知らない人々には別の形で伝わっている。また■■に疑惑が向かぬように直文が根回しをしてくれた。助けてくれたと聞いて、名無しの少女は思い出す。追われていた時、直文ではない誰かに助けられたのだ。

 誰かに抱えられて、翼もなしに空へと舞い上がった。あの夜空の光景ははっきりと覚えている。少女が見た光景は夢ではない。人ではない誰かに助けられたのは間違いない。だが、誰なのかはわからなかった。

 海外の鐘の音を模したチャイムが鳴る。


「あっ、ヤバい。席につこう。はなびちゃん。また、後で!」


 奈央は急いで席につこうとする。■■は彼女の優しさに口許を緩めて、手を振って彼女も席に着いた。担任の先生が入ってきて、HRが始まった。




 今日も変わらず日常を過ごす。

 柘植矢さんの件を解決するには、■■の協力も必要だ。直文からは準備ができるまで待つように言われている。彼女はすぐに解決したい気持ちがある。しかし、勝手な行動で命を失う訳にはいかず、日々に追われる形で放課後までいつものように過ごす。奈央は部活があり、一緒に帰れないのを嘆いて無事に帰れるように祈ってくれた。

 少女は通学バッグを手にして、自転車置き場へと向かう。

 一昨日の出来事、いや今までの日々が嘘かのように穏やかな日々を送れていた。普通に名前を呼ばれる以外に、陰湿な目がなく何事もなく平穏に過ごせていた。


「名前があったら、こんな風に過ごせたのかな」


 ふっと呟いて、門の前に行く。

 門の近くで人だかりができていた。男子は遠巻きに見ており、女子が長身の男性に話しかけている。その本人は女子の質問攻めを淡々と無視して携帯をいじっていた。

 ■■は目を疑う。何で直文がここにいるのかと。少女の視線に気付いて、直文は微笑みを見せた。女子を無視して携帯をしまい、彼女の目の前に来る。


「やあ、はなびちゃん。お疲れ様」

「……えっ、直文さん!? どうして!?」


 驚く彼女に直文はにこやかに言った。


「不審者に狙われているなら、一人での帰宅は不安だ。それもあって、しばらく俺がお迎えすることになったんだ。君の担任の先生と親御さんからも同意と確認を得ているから大丈夫」


 と話した。■■は過保護だと思った瞬間に、痛い視線が送られビクッとする。周囲から嫉妬と訝しげな目線が送られており、■■は汗を流しながら素知らぬふりをした。

 直文が居る理由はわかったが、お迎えをする理由が名無しの少女にはわからない。彼の拵えたお守りである程度は持つと聞いたのだ。


「けど、どうしてお迎えを? お守りがあるから大丈夫なはずですが……」

「その理由は帰りながら話そうか」


 直文にエスコートされて、■■は自転車を押して動かす。彼らは嫉妬する女子を無視して、学校を離れていった。




「黄昏時に近づくから、ですか?」


 直文から聞いた話に、名無しの少女は首を横に傾げた。黄昏時とは夕暮れの意味を表している。■■は勉強をしているから知っていた。

 彼は頷いて、空を見る。


「黄昏時は悪霊や妖怪が動きやすくなる時間。お守りがあったとしても今の君は危ないからね」

「ですが、夏ですよ? まだ日が高いですし」


 ■■も空を見るが、直文は首を横に振る。


「そういうわけにいかないんだ。昔に比べて、今は闇が深くなった。新たな妖怪も生まれやすくなり、国際的になっている。今の君は余計に狙われやすい」


 名無しの状態と言うのだろう。今の■■に名前がなくて、曖昧になっているが故に狙われやすい。直文のお守りが意味をなさないほど、強い妖怪もいるのだ。

 納得していると、■■は一瞬横にある物が過ぎる。

 小さな入り口、低木に囲まれたボロボロの小さなお社。五年前の祭りの日で名前を失う要因となった社であった。■■は目を丸くして立ち止まる。はっとして顔を向けた。

 通りにはコンビニと建物があり、あの日に見た社はない。直文は歩みを止めて彼女を心配になって尋ねる。


「どうしたんだい?」

「……あっ、いえ、何でも……」


 ■■は目を擦って見るが、通りには何もない。不思議に思いながら、■■は直文と家へと帰宅していった。




 翌日の登校して、名無しの少女が朝の教室に入った途端。


「ねぇ、■■さん!? 何であんな綺麗な男の人と一緒に帰ったの!?」


 と、おはようの挨拶ではなく質問の一声にぶつけられた。質問をしてきたのは女子生徒である。素敵な男の人と下校するのは普通ではなく、当然目立つ。


「■■さん。あの男の人はどこで知り合ったの!?」

「あの人は■■さんとはどんな関係なの?」

「いいなぁー。■■さん、あの人の事詳しく教えて!」


 わからぬ己の名前を呼ばれ続けて質問攻めをされ、彼女は困惑をする。


「えええっとううっ……」

「こらこら! はなびちゃんを困らせない!」


 見ていられなかった奈央が間を入って止めようとするが、質問攻めが止まることはなかった。少女たちの担任の先生が、人だかりを見て驚く。


「おいおい、■■に集まってどうしたんだ?」

「あっ、先生! な、何でもありません」


 全員は慌てて席につく。嵐の質問攻めを終えた事に安心して、■■は席に着いた。チャイムがなるとHRが始まり、先生が話を始める。


「まず、■■■■について話がある。三日前に■■が不審者に襲われた話を知っているだろう。その為に■■の下校時に迎えがつくことになったと言う話だ」

「先生! それって、■■さんを襲った不審者はまだ捕まってないってことなのですか?」


 一人の生徒が手を上げて声をあげた。先生は首を縦に振り、全員に話し出す。


「その通りだ。不審者の件が解決してない以上、■■がまた狙われる可能性が大いにある。だから、■■についてあまり悪く言わないこと。いいな? じゃあ授業の準備をするように!」


 話が終えて先生が去った後、質問攻めをした女子生徒が彼女に集まって謝り出した。



 放課後帰り道を歩きながら、彼女は朝の出来事を話す。直文は苦笑していた。


「ごめん。早く伝えればよかったね」

「いえ、そう大事にはならなかったのでよかったです……」


 女子生徒の嫉妬も存在しない不審者で拭えた。奈央には巻き込まないように、話せる部分を打ち明けた。心配はしてくれたが「一軒家に男女が二人。何もないわけでもなく……」と突然呟き始めたので、ないと釘を刺しておいた。

 あったとしても、あるのは怪奇現象。

 男女が一軒家で「おいでおいでおいでおいでおいで」や「入れて入れて入れて入れて入れて入れて」などの声。バラバラになった鳩や猫の死体などを、玄関前や勝手口に置かれる。その他諸々エクセトラエクセトラ。柘植矢さんに遭遇してから彼女の周りで起きている。

 その度、直文は慣れたように祓ったり、死体を処理したりした。恋のときめきではなく、恐怖のときめきが多くて■■は嬉しくない。


「ああ、でも、詫びと礼については必ずさせてくれ」

「詫びと礼を必ず? 何故ですか?」


 直文は立ち止まる。真正面を向いて真顔で告げた。


「仲間から準備ができたと連絡がはいったからだ」

「それって」


 彼の言葉で少女は全てを察した。つまり、柘植矢さんの件が解決できる算段がついたと言うことだ。

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