7. YouTuber
病院生活も長くなると刺激も少なくなり、全てがモノトーンの夢の中の世界に思えて、時が止まっているように感じることがある。
そんな日常でいつしか2時間ほどその場所でぼーっとして過ごすようになった。
まだまだ暑い日もあるが日陰は心地良かった。
リハビリルームの北側の掃き出し窓が換気のため開いていて、そこから外に出て見る景色が好きだった。
隣の城址公園のターコイズブルーのぬるりとした水をたたえた堀に面していて、そこに日に焼けた花崗岩が隙間なく積まれた石垣がそびえる。その上に茂る常磐色の木々に午後の日差しがそそぐ。
普段なら気にしない何気ない景色が特別に感じる。
病院の変化のない生活が細かいことに気付くようにさせているのかもしれない。
もう1ヶ月もすれば紅葉でまた違った表情を見せるはずだ。
いつもそこには先客がいる。
壁にめりこむようにしゃがみ込んでいる。
こめかみ辺りから大きく入ったパステルグリーンのインナーカラーが黒髪ロングに動きをあたえている。
手で搔きおろした前髪の隙間には、病んだ目ではなくヒョウとかネコ科の肉食獣のような獰猛な目。目尻の赤のアイシャドウと尖った黒のアイラインが、色褪せたオパールグリーンのダサい病衣とは不釣り合いだった。
「喋りかけんなよ!」というオーラに時空が歪んで見える。
もちろん一度も挨拶さえもしたことがない。
時折ワイヤレスイヤホンをコツコツやる音以外は静かで一番居心地のいい場所だった。
ある日、噂を耳にした。
そこそこ有名らしい。
彼女はYouTuberだった。
そう知っても特別に気にならなかったので、ずっとYouTubeを探すこともなかった。
──城址公園が赤く色づいてきた。
常磐色の木に緋色の木がランダムに混じり合う。一色に染まるよりも好きだった。
堀の石垣は冷たい鉛色で、水はさらに暗いアイアンブルー。
今日も先客がいる。
少し前からベージュのカーディガンを羽織るようになっていた。
そこに佇む時間はかなり短くなっていた。
いつも通り心地良く過ぎていく無音の空間。
視界の隅に立ち上がる彼女を感じ、もうそんな時間かと思う。
背中に低くちいさな声を聞いた気がして振り向く。
中に消えていく彼女を見た。
「じゃ」
初めて聞いた声。
すぐにYouTubeを検索する。
ただ肝心のキーワードが浮かばない。検索できない。
入院とか髪やアイメイクのことくらいしか思い当たらない。
どうにもならず思い切って本人に聞いて見ようと思ってその夜は寝た。
翌日は曇だった。
灰色の空に侵食された景色。紅葉もくすんで見える。
紅葉の写真を撮るなら晴れの日で太陽が高くない時間が良い。陽の光がななめから差し込むと逆光に照らされた葉っぱは鮮やかに燃え上がるからだ。
先客はいなかった。
しばらくぼーっとして過ごした。
翌日も、その翌日も。
ひとりでぼーっとして過ごした。
冬を越して春になり、堀には桜が渦巻いた。
しかし、その頃にはその場所もモノトーンの夢の中の世界に思えて、時が止まった。