5. 黒い瞳
廊下に気配がある。
なかなか寝付けないまま午前0時を過ぎていた。
そろそろ準夜と交代で夜勤の看護師さんが来るのだろう。
夜中でも定期的に巡回して患者の様子を見にくるのだが、それが深夜の密会のようで、痛みが強くてどうしても眠れない時はそれを楽しみとすることにしていた。
「あ、起こしちゃいましたか?」
目を閉じていたのにどうして寝てないことに気づいたのかわからないが、その声はあのお気に入りの看護師さんだった。
目を開けると点滴の量を調節していた。
滴るしずくを見つめる神秘的な黒い瞳を横から見ていたら、不意に目が合った。
自分は思ったことを何でも自然に口に出せるほうだと思っているが、引き込まれそうな魅力的な瞳ですねとは言えなかった。
言いたい言葉を飲み込み
「なかなか眠れなくて…」
と呟いた。
「痛みはどうですか?そろそろ痛み止めと眠剤のみましょうか。」
と顔を近づけて静かに囁く、その黒い瞳は底なしに深く吸い込まれそう。
見つめられて魔力にあやつられるように、小さく目で頷いた。
カメラの仕事してたんですかと聞かれて、
「花業界で仕事してたけど、たまにカタログとかに撮った写真を使うくらい。カメラはほぼ趣味だよ。」
しばらく何か仕事の話をしていたように思うが、次第に安らぎで身体がポカポカと陽だまりに居るように思えてきた。そして、いつの間にか眠りに落ちていたのだろう。
口の中に熱くてトロリとしたものが垂れてくる。舌に絡みついて脳が溶けていく。
かすかな消毒のアルコールの匂いを残して、ブランコに揺られていた。