クエスト -3-
コージはプロフィールを確認してみた。
名前――コージ
称号――お人よしアラサー
職業――なし
所持金――¥6,000
Lv――2
経験値――200
体力――33/33
ステータス――正常
所持金が五千円も加算されていた。牛丼宅配クエストは何だったのかと思わされる位の高額報酬だ。経験値が200に増え、レベルも上がっていた。ランダムクエストはボーナス要素なのかもしれない。何がクエストになるのか分からないが、なるべく人助けはしよう。コージはそう心に決めた。
称号もさりげなく変わっていた。「人生に迷うアラサー」だったのが、「お人よしアラサー」になっている。お人よし、か。素直に喜べない部分があるが、今回は好意的に受け取っておこう。アラサーはずっとこのままなのだろうか。否定はできないが、年齢を称号に使われたら努力で変えようがないだろうに。
ツッコみたい部分はあるが、人助けをし、報酬も得られた。どこか誇らしい気持ちで、コージは自宅へと戻った。
自宅――ルナのスタート地点へと戻ったコージは、慣れ親しんだ部屋に座って一息ついた。窓の外は夕日が顔を出している。仮想空間にいるとは思えないリアルな夕焼けだった。ただ、ここは現実世界でないことは忘れてはいけない。あくまでも、休日の時間を使って、ゲームをしただけなのだ。
『ありがとうねえ、お兄さん』
助けた老婆の言葉を思い出す。買い物をした後に店員から言われるような事務的な御礼ではなく、心の底からの感謝の言葉。遠い過去に置いて来てしまっていた温かい気持ちを思い出し、くすぐったくなった。
ふと過った甘えを振り切り、コージは設定メニューを開いた。名残惜しさを感じながら、「ルナから帰る」を押した。
――ブラックアウトした。闇だけの世界になった。夜の海に投げ出されたような孤独に包まれた。だが、それはほんの一瞬だった。ゆっくりと瞼を開けると、薄暗いが、幾度となく見てきた天井が見えた。身体を起こす。装着していたVRヘルメットを外す。
晃司は現実世界へと戻ってきた。
アームヘルパーを外して外を見ると、オレンジと群青がせめぎ合う空が見えた。壁時計に目をやると六時になっていた。ルナを始めたのが午前中だったから、六時間以上は仮想空間にいたことになる。仮想空間の中でも夕日が見えていたから、時間の進むスピードは現実と仮想世界とで同じなようだ。
盛大に腹が鳴った。昼飯抜きで夕飯時まで遊んでいたのだから当然か。夕飯の用意をしようと冷蔵庫を開けるが、何も材料がない。今朝で全て消費してしまっていたのだった。仕方なしに買い出しをして夕食を作ろうかと思う反面、準備をするのが面倒にもなってきている。マニュアルの通りなら、現実世界の晃司はただ眠っていただけのはずなのだが、まるで歩き回った後のような疲労がある。仮想世界で動きまわったのが現実だったかのようだ。
そういえば、とスマホを取ってルナペイの残高を確認すると、クエストの報酬分の金額が、確かに加算されていた。
「マジかよ……」
期待半分、疑念半分といったところだったが、まさか本当にメタバースで金が稼げるとは……。副業をしようにもどうして良いか分からず悩んだ過去の自分が馬鹿に思えた。晃司は久々に外食をすることにした。今から夕食を作るのが億劫になってしまったし、なかなかの副収入も得られた。今まで我慢した自分へのご褒美だ。
レストラン、ピザ、焼肉、街に店はいくらでもあるというのに、晃司は結局安い牛丼屋にいた。悲しきかな貧乏性だ。これまた悲しきかな、クエストで届けたメニューを全く同じものを注文してしまった。ご褒美は追加の生卵だ。
「お待たせいたしましたー」
やる気のない大声とともに着丼した。晃司は久々に丼の熱さを感じつつ、大きくかき込んだ。贅沢でもなんでもないのに、どうしてこんなに美味いのか。美味すぎて、惨めになった。
店を出た後は、腹ごなしに夜道を散歩した。こうして歩いていると、ルナの世界がどれだけ現実を忠実に再現していたかが分かる。道の先にクエストが貼り出されていた掲示板が見えてきた。まさかクエストが貼り出されていたりして……と冗談を言いながら掲示板を覗いてみた。
さすがにクエストは貼り出されておらず、交流会やダンスの受講者募集などのチラシが貼り出されているだけだった。一卵性双生児の双子に、ほくろの位置の違いを見つけたような気分になった。冷たい夜風に後押しされ、晃司は家路についた。
晃司は布団に入り、今日あったことを振り返る。感覚としては、アクティビティ多めのゲームに参加して金が稼げたといった感じだ。人としてお近づきになりたくないNPCキャラはいたが、あくまでもゲームの中の作られた存在だと思えば、悪くない商売だ。少し人助けをしただけで、そこそこの金が稼げてしまったのだから。初仕事でこれだけ儲けられたのだ。もう少しメタバースでの生活に慣れてレベルを上げていければ、働かなくても食っていけるかもしれない。楽しく稼げるなんて、夢のようだ。明日も絶対にプレイしよう。腹も心も満たされ、深い眠りについた。
翌日曜日の午前六時。休日にも関わらず平日より一時間も早く起きた晃司は、自作のおにぎり二個という簡単な朝食を済ませ、ルナの世界へと向かう準備をしていた。早起きは三文の徳。朝しかやっていないクエストもあるかもしれない。いつ、どこで発生してもおかしくないからランダムクエストと呼ぶのだろうし、早起きしてランダムに当たる確率を少しでも上げようという算段だ。仮に何も起きなかったとしても、別に損はしないし良いだろう。それに、早起き自体は悪いことではないのだ。
ルナで過ごす間は無防備になるので、念のためにカーテンを閉めてからルナを起動した。カーテン越しの明るい陽射しを受けながら、晃司はルナへと旅立った。