イワト隠れ -11-
「そんな……」
「勝手に……死んでんじゃない、わよ」
亜香里が口元を押さえ、マイが悔しそうに声を震わせる。
「おい、お前らもああなりたくなかったら、シャキッとしろ」
「すぐにまた攻撃してきます!」
男たちは武器を向け、次の攻撃に備えている。動けずにいる女たちに比べて非情なようだが、そうでなければこの場は斬り抜けられない。敵の前で甘さは命取りだということを、彼らはよく分かっている。
「助かりてえなら、立て。悪いが、庇っちゃやれねえぞ」
「とはいえ、有効打が無いこの状況、どうしますかね」
『ブワア』
「どうやら、考える時間は与えてくれねえらしい」
立ち止まっているのはまずい。敵をかく乱させるため、修二と豪は正反対の方に駆けた。亜香里とマイも、後悔の念を振り切って走り出す。敵は大きな口を開けて黒い光線を放った。
――誰もいない場所に向かって。
「どこを狙ってやがる!」
生離姦唾螺は、四人の誰でもなく、先程コージを消し飛ばした場所を攻撃していた。
「何だか分かりませんが、この機を逃す手はありません!」
豪が斬りかかり、それに合わせて修二もタガー片手に接近する。しかし、尾のひと振りで蹴散らされてしまう。マイが攻撃魔術を放つも、同様に尾で受けきられてしまう。誰もいない箇所への攻撃に集中していて、修二たちのことは適当にあしらっている。
「ねえ……。何か変じゃない?」
亜香里が指さす先。敵の放つ光線が床に着地するはずの箇所。光線は床にはぶつからず、なぜか空中で受け流されていた。
――まるで、結界にでも弾かれているかのように。
「ウソ……? まさか、あいつら……」
「マイちゃん、何か分かったの?」
『ガアア』
また光線を吐き出して攻撃する。狙いも、結果も同じ。
「……! みんな、攻撃の準備して! 今の攻撃が止まったら、何とかして次の攻撃はさせないようにするわよ!」
そう言うと、マイは攻撃態勢に入った。修二たちもそれに続く。状況や理由は理解しきれていなくとも連携ができる。それが修二たちのパーティの強みだ。
敵の光線が止んだ。すかさず攻撃しようと、生離姦唾螺が口を膨らませた。
「今よ!」
マイが合図したと同時に、修二と豪が動く。修二はスモークボムで敵の視界を奪い、豪は斧を投げて敵の顎を打ち上げ、強制的に上を向かせる。
― ディグルト ―
仕上げに、マイが攻撃魔法を放つ。灼熱の炎が敵の足元から燃え上がり、蛇のように敵の身体を嘗めていく。巨大な蛇の身体を持つ敵を、細い炎でできた蛇が縛り上げていく。これで尾での物理攻撃は不可能になった。
「やるなら早くやんなさい!」
「サンキュ!」
青年の快活な声が響いた。
― 破魔金の矢 ―
― 衝光波 ―
光線の影響で立ち込めていた噴煙に穴をあけながら、煌めく矢が飛び出した。生離姦唾螺が執拗に攻撃していた場所には、フミトとミズキ、そしてコージが立っていた。
フミトが放った破魔金の矢に、ミズキの雷の吹き矢とコージの衝光波が並ぶ。
悪しきものを貫く破魔金の矢に、ミズキの矢の雷の威力とスピード、そしてコージの放った光のエネルギーが合わさり、全てを消し滅ぼす「滅却の矢」となった。
『イアア……』
視界は遮られていても、危険な攻撃が向かっていることは肌で感じているのか、何とか躱そうと身をよじっている。だが、マイの魔術がそれを許さない。滅却の矢が光を散らしながら駆けていき、イヤイヤをする巫女の心臓に命中した。
『ギィアアアアアアアアアアアアア』
巫女の身体が膨らみ、胸から、腹から、顔から、蛇の胴体から、あらゆるところから強い光が漏れていく。苦しみのあまりのたうち回った蛇の内側を、容赦なく光が食らい、最後に全身が強い光に包まれたかと思うと、生離姦唾螺は淡い粒子となって消えていった。
永遠とも思えた戦いが終わり、コージ達のアームヘルパーに光が吸収されていった。
「終わった……のか?」
「ええ。もう気配は無いようです」
「はあ……。もうダメかと思ったよ」
「こんなヤバイ奴が出てくるなんて、どうなってんのよ、まったく」
修二、豪、亜香里、マイが順に言う。「それより」とマイが続ける。
「あんたたち、一体どうなってんのよ。なんで生きてるの?」
「なんで生きてるの、はねーだろ」
フミトが腰に手を当てて抗議する。まあまあ、と宥めてミズキが代わりに答える。
「フミトのお陰やねん。避魔の矢っちゅう、結界を張ってくれる技を咄嗟に出してくれたんや。結界の中にいたお陰で無事だったんや」
「まあ、最初の一発目は結界を張るのが間に合わなかったんだけどな」
「どういうことよ。なら、なんで無事なのよ。あんたたち二人、あの黒焦げになってる場所に、間違いなくいたじゃないの」
マイが指差した床は確かに黒焦げになっていて、そこに闇の光線が当たったことは間違いようのない事実だった。
「それは残像だ。陽炎って技を使った。その場に残像を残して、少し離れた場所に瞬間移動したんだ。咄嗟にミズキを掴んで、一緒にな」
生離姦唾螺と闘う前のザコ戦でのレベルアップ。その時にフミト覚えた技が陽炎――自分の残像を残して姿をくらまし、敵を惑わす技――だった。フミトは、逃げ隠れするのは性分に合わず、嬉しくない技と言っていたが、重要な場面で大活躍してくれたのだった。
「俺も騙されたよ」
とコージ。陽炎で退避したことなど知らないコージは、深い絶望と喪失感に襲われ、迫りくる光線に対してあまりにも無防備だった。それに気づいたフミトが、「コーディネイト」の呪文で一瞬でコージの傍に移動し、その場に避魔の矢を放って結界を張った。お陰で、誰一人失わずに助かったのだった。
生離姦唾螺が執拗にフミト達を狙っていたのは、まだ生きていると気づいていたためだった。ただでさえ警戒すべき破魔金の矢の使い手だというのに、合わせ技によって強力な技を放ってくる危険な存在だったからこそ、修二たちを蚊帳の外に置いても集中攻撃していたのだ。フミト達が攻撃に移れないように、間髪おかず光線を打ち出していたのも、反撃を警戒してのことだった。
「お前らが隙を作ってくれたから、反撃できた。感謝するよ」
コージに言われ、各者多様の反応を返してきた。
「けっ、感謝してんならモノで示しな」とそっぽを向く盗賊。
「こちらこそ、助けていただいて感謝します」と頭を下げる戦士。
「一時は死ぬかと思ったよ。君たちは命の恩人だよっ」と両手を合わせる神官。
「ま、まあ、礼は受け取ってあげるわよ。これで貸し借りナシだからね!」と頬を赤くする魔導士。
バランスがいいんだか、悪いんだか。
そんなやり取りをしていた七人の周りが、淡い光の玉でいっぱいになった。人魂のようなそれは、キラキラと輝きながら天に昇っていく。
「何やこれ……。あ、あれ!」
ミズキの視線の先。半透明な四人の姿が浮かび上がった。神官姿の壮年の男性に、その手を握る少女。落ち着いた雰囲気の女性と、その腕に抱かれる男の子。
『ありがとう』
神官姿の男性が言った。
『ナリカンダラを倒してくれて、ありがとう。これで、私たち家族は旅立つことができます』
『息子のレオの仇をとり、そして娘のマーシャを命懸けの封印の呪縛から解き放ってくれたこと、母親として、村長の妻として、感謝の言葉もありません』
『皆さんの旅路が、幸多きものでありますように。陰ながら、見守っております』
村長一家の魂はそれぞれ光の玉となり、揃って天に昇っていった。そして、もとの色を取り戻した。
「今の……村長さんと家族やな。きっと、ようやく天国に行けたんやろ。よかったなあ」
ミズキは手を合わせて、家族の冥福を祈った。コージとフミトも、黙祷した。
「おい。今の、どういうことだ?」
修二たちのパーティは何がなんだか分からない様子だ。この四人は、生離姦唾螺という存在が生まれた理由も、なぜここに居たのかも知らなかったのだ。
――つまり、自分たちが何をしでかしたかも知らないということだ。
コージはイワト神殿に来るまでに手に入れた情報を彼らに共有した。すると、修二は心当たりがあったらしく、目に見えて気まずそうな顔をした。
「あー。なるほどね」と頭を掻いて目を反らす盗賊。
「いや、なるほどじゃ分からないんだが」と詰め寄るコージ。
「はあ。あんたが言わないなら、アタシから言うわ」
真相はマイの口から語られることになった。
「アタシたち、それなりにレベルが高いから、強い敵が出るっていうこの神殿で腕試ししてたのよ。それなのに弱いザコ敵ばかりで拍子抜け。ここの広間を見て、何もなかったら帰ろうとしてたの。そしたら、そこのバカが、いかにも何かが封印されてますって感じの箱を蹴っちゃって。その上に置かれてたマッチ棒みたいな奴を崩しちゃったのよ。そしたら、あの化物が出てきて、防戦一方だったってわけ。最初にアタシが失声の呪いを受けて無力化されて、すぐに修二も石にされて。豪一人で戦ってくれたけど、押され気味。回復しようにも、亜香里は結界で守るのに精いっぱいで、ジリ貧だったってわけ」
なるほど。その崩してしまったマッチ棒みたいな奴が、割と重要な役割を果たしていて、それを崩してしまったから封印が解けた、と。封印のことを知らない修二の軽はずみな行動で、手に負えない敵と闘う羽目になったということか。予想が全て当たっていた。
「おい! 俺一人が悪いみたいな言い方してるけどよ、お前だって蹴れ蹴れって言ってたじゃねえか!」
「ま、まさか本当に蹴ると思わなかったのよ! 実際蹴ったのはあんたでしょ!」
「自分だけ責任逃れする気かよ!」
「その辺でやめとけ。みっともない」
コージが割って入った。
「なんだと? 低レベルパーティが、俺に意見かよ」
「恩を着せるつもりはないが、俺達が来なかったら、お前らは全滅だ。お前のそのくだらないプライドのせいで、仲間を危険な目に合わせたんだ。少しは反省しとけよ」
レベルが高いのはいいが、自信が過信となり、分不相応な相手とやり合う羽目になったのだ。今回はどうにか切り抜けたが、そんなことを続けていたら、いつか足元を掬われる。
「けっ」
「まあ……アタシも悪かったわよ」
修二はへそを曲げてしまったが、マイは反省しているようだ。




