イワト隠れ -9-
上半身は腕が六本ある人間の女、下半身は巨大な大蛇という、醜悪な化物がそこにいた。そして、あのパーティもそこにいた。
盗賊の修二は、立ったまま石にされている。
戦士の豪は床に倒れてぴくりとも動かない。
魔導士のマイは無事だが、頭を抱えて震えている。
そんな中、神官の亜香里だけが結界を張って、邪悪な敵の猛攻に耐えていた。しかし、決して余裕があるとはいえない。敵は六本の腕で絶え間なく攻撃をしている。上の両手で弓矢を放ち、中の両手で術を放つ。下の両手は細身の刀を持っている。亜香里は両膝をついて滝のような汗をかいており、もう限界が近いのが傍目にも分かる。
「あいつら、生きてる!」
コージは駆けた。敵はコージの接近に気づき、弓を射ようとしている。
― 衝光波 ―
コージが技を放つ方が早かった。敵は弓を放つのをやめ、他の四本の腕で防御態勢を取る。衝光波が直撃するも、ケロッとしている。それでも、ミズキたちが四人パーティのもとに駆け付けるための時間は稼げた。
「あ、あなた達……? どうしてここに」
「そんな話は後! 待っとき、いま回復したる」
結界を解いた亜香里は限界だったのか、ぺたんと倒れ込んでしまった。ミズキが急いで回復をする。フミトは豪の様子を確認する。まだ息がある。
「待ってろ、今助けてやる」
フミトは持っていた回復薬を全て使った。豪は目を開け、起き上がった。
「おい、大丈夫か」
「君は、確か北屯所にいた……」
「のんびり話してる状況じゃねえぞ」
豪ははっとして立ち上がり、斧を構える。
「あとの二人もどうにかしねえと」
いまだ石にされた状態の盗賊の修二と、頭を抱えている魔導士のマイが残っている。盗賊の状況は分かるが、マイがどういうステータスなのか分からない。今朝あれだけ威張り散らしていたのだ、強い敵と対峙したからといって、無防備にうずくまるようなタマではないはずだ。
「回復してもらったばかりで申し訳ないですが、石化を回復するアイテムはありますか」
「悪いがオレは持ってねえ。コージさんが持ってるはずだ」
そのコージは今戦闘中だ。
「今朝の非礼はお詫びします。どうか力を貸してもらえませんか」
「最初からそのつもりだよ!」
フミトが走った。敵と一定の距離を保って、敵の視界の端に移動する。
― 氷縛の矢 ―
凍てつく矢が敵目掛けて空気を切り裂く。氷縛の矢の危険性を感じてか、コージへの攻撃を止めて術で矢を打ち落とす。逆に弓矢を放とうと構えた敵に、豪が斧で襲い掛かる。重い一撃を、敵は双剣で辛うじて受け止めた。いくら腕が六本あって攻撃手段が豊富といえど、頭はひとつ。同時攻撃には各個応戦せざるを得ないようだった。
豪が戦いを引き受けてくれているうちに、フミトはコージに大声で叫ぶ。
「コージさん! あのむかつく盗賊の石化を直してやってください!」
そう言うと、再び敵に矢を放って豪を援護した。コージは頷き、敵の攻撃に注意しながら走り出した。
一方、亜香里を回復したミズキは、様子がおかしい魔導士のマイの身に何があったかを尋ねていた。
「あの子、失声状態になってるの。あの蛇の化物に、失声状態にする呪いをかけられて……」
呪文を唱えて攻撃をする魔導士にとって、失声状態は致命的だ。攻撃手段を失い、防戦一方を強いられる。修二が石化の呪いを受け、豪が奮闘するも瀕死になり、壊滅寸前だったパーティを亜香里一人の結界で耐えていたのだ。
「あんた、頑張ってたんやな。えらいで。あの子はウチに任しとき」
― サナカース ―
ミズキは先程覚えたばかりの失声状態を回復する魔法を唱え、怯えるマイの状態異常を治した。
「もう大丈夫やで。声、出してみ」
「……あ、あー。なおった……」
「怖かったなあ。あんた、よく頑張ったで」
声が出るようになったマイを慰めるが、視線をそらして苦虫を噛み潰したような顔をする。
「何よそれ……。イヤミ? 魔法ひとつ出せないで足手まといになってたのに、なにが頑張った、よ……」
「泣き言言うてる場合ちゃうで。まずは、あいつに借りを返さんと。あんたも一緒に戦いや」
ミズキはマイの手を引いて立ち上がらせた。驚いた様子のマイに微笑みかけると、マイは頬を染めてそっぽを向いた。
「ふん。借りを作っておくのは気に入らないから、ちゃんと返すわよ。……あんたにもね」
目の奥に炎を取り戻したマイが戦闘態勢を取る。
― イグニスショット ―
マイが呪文を唱えると、火球が現れ、敵目掛けて飛んで行った。豪を切り裂こうとしていた敵の下の右腕に命中し、持っていた剣を弾き飛ばした。
「さっきはよくもやってくれたわね。たっぷりお返しするから、覚悟しなさい」
豪、フミト、マイの三人が敵を翻弄する中、コージは石になった盗賊の修二のもとに到着した。石化を回復するには、アイテム「蒟蒻針」が必要だ。幸い、水質研究所で居合わせた薬屋のギンコに貰ったものが一つある。コージはアイテムを呼び出して、修二に使った。すると、彼の石化がとけ、人としての肌を取り戻した。
「あれ……? 俺はいったい……」
「石にされてたんだよ」
「うお!」
至近距離でコージに声をかけられ、ぎょっとして後ずさりする。
「お前、あの時の弱っちいパーティにいた奴!」
「その弱っちい奴に助けてもらっておいて、随分な態度だな」
「な、何だと」
「お前はあいつにやられて石になっていた。それを直してやったんだ。これに懲りて、少しは謙虚になれよ。口だけ上級者さん」
「てめえ……言わせておけば」
掴みかかってくる盗賊の腕を払い、生離姦唾螺に剣を向ける。
「今やるべきことは何か、状況をしっかり見て考えろ」
コージも再び闘いに加わった。残された修二は、握った手を震わせていた。
「むん!」
豪の振った斧と敵の剣がぶつかる。
「はあっ!」
フミトの氷縛の矢と敵の矢がぶつかり、凍り付いて相殺される。
「食らいなさい!」
マイの攻撃呪文と敵の呪文が衝突して小規模の爆発が起こる。
三人を同時に攻撃しても、全て対処されてしまう。だが、三人の攻撃で、敵のすべての腕が塞がった。コージはこの機を逃さなかった。
「がら空きだ!」
― 瞬斬剣 ―
コージの技の中で最も迅い技。ただでさえ腕が塞がった状態の敵に防ぐ術はなく、鱗に覆われた敵の胴体にクリティカルヒットした。だが――。
「ぐっ! 硬い!」
コンクリートでも相手にしているのかと思うほど硬かった。攻撃を仕掛けたコージの腕が逆に痺れてしまいそうだった。
『カカカ……』
ニカリと笑った敵の口は、口裂けレディに負けないくらいに裂けており、そこから鮫のように鋭い歯が並んでいるのが見えた。術を食らったわけではなくとも、その凶悪な表情を見ただけで、コージは身がすくんでしまった。動きを止めたのは、ほんの一瞬。
その一瞬は、敵が攻撃に転じるには十分な時間だった。
大きな胴体をくねらせ、巨大な尾を振った。直撃したコージは吹き飛ばされ、向かいの壁に激突した。
「がっ!」
壁にヒビが入るほどの衝撃でぶつかったコージは、重力に従って床に落ちた。たった一撃で、瀕死だった。
「コージ!」
ミズキがコージのもとに駆け出す。それを見た敵は、目を細めて笑う。中の両手を合わせ、まじないをかける。手を開くと、そこには漆黒の闇ができあがっていた。
「まずい、失声の呪いよ! 躱しなさい!」
マイが叫ぶが、間に合わなかった。敵はミズキめがけて闇を撃ち放ち、ミズキの背中に呪いの闇がぶつかった。
「ミズキ!」
「よそ見をしないでください!」
フミトに放たれた矢を、豪が斧で叩き折った。ほんの少しの油断が、流れを変えてしまった。
コージはぼんやりする視界の中、聞こえてくる会話で状況を理解した。自分のせいで、劣勢に立たされてしまった。修二に偉そうなことを言っておいて、情けない。ミズキも呪いでやられてしまったようだ。このまま全滅してしまうのか――。




