イワト隠れ -6-
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〇月△日
しばらく日記を書けていなかったが、久々に筆を取ろうと思う。
大蛇は約束を守り、あれから一度も姿を見せていない。
多くの犠牲を払ってしまったが、ようやく平和を取り戻せたのだ。
これで、よかったのだろうか……。
いや、よかったと思うしかない。愛する妻や娘と一緒に食卓を囲め
るのは、平和になったからなのだから……。
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〇月△日
村の娘が行方不明になった。畑仕事に行ったまま姿を消したのだ。
村人総出で山や森を探すと、その娘が発見された。
大蛇と巫女が戦った場所で、右腕を刃物で綺麗に斬られた状態で。
村の誰かの犯行か? それとも、噂を聞いた旅人の仕業か?
どちらにせよ、許せぬ愚行だ。
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〇月△日
また村人が死んだ。森の中で、今度は左腕を斬られていた。
いったい、誰の仕業なのだ。
なぜ、せっかく訪れた平和を壊すような真似をするのだ……。
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この日記が書かれてから、次の日記が書かれるまで、約一ヵ月もの期間が空いている。以降、日記の記録が毎日ではなく、二日置きや三日置き、一週間置きなどバラバラの日付で書かれていた。コージは重要そうなページだけ拾って読み進めた。
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〇月△日
妻が犠牲になってしまった。息子に続いて、愛する妻まで……。
村人も大勢犠牲になり、今では私を含め十数人が残るのみだ。
私は確信した。これは、巫女の呪いだ。
自分を生贄にしたこの村の人間を全て呪い殺すつもりなのだ。
明日、神殿まで行って相談してみようと思う。
娘だけは……マーシャだけは、私の命に変えても守らねば……。
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〇月△日
神殿に行くと、驚愕の事実を知った。腕を斬られた姿で亡くなって
いたのは、村人だけではなかったのだ。
神官が数名犠牲になったと聞かされた。
巫女の腕を斬り落とし、大蛇に捧げた村人を恨むのはまだしも、な
ぜ神官まで……。
それより、仮にも神に仕え、聖なる力を宿すはずの神官ですら巫女
の呪いに抗えないとは……。
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〇月△日
ついに、私と娘だけになってしまった。村人は全員死んでしまった
のだ。娘は、外から何かが這っているような音がすると言った。
私は、娘をきつく抱きしめ、絶対に外に出さなかった。
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〇月△日
私は村を捨て、神殿に身を寄せた。
村長などという、もはや意味のない肩書は捨て、神官となった。
神殿にいた神官にも犠牲者が多く出ており、四人にまで減っていた。
アマツテラス様、どうか我々を御守りください。
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〇月△日
神官が一人、神殿の外で死んでいるのが発見された。
右腕が無かった。
残った我々は、どうにか巫女の呪いから逃れる術を探すが、収穫は
無い。書斎の文献を探せば、何かしらの情報が得られるだろうが、
もはや村に戻る勇気は無い。私は、なんと意気地なしなのだ。
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〇月△日
神官がまた一人犠牲になった。今度は、神殿の中だ。
神のお力が及ぶはずの神聖な神殿の中だというのに……。
もはや、安全な場所など無いのか……。
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〇月△日
残った神官二人と、私、そしてマーシャは、村に戻ることにした。
神殿の中が安全ではなくなった以上、ここにとどまっていても死を
待つだけだ。最後の望みをかけ、私の家の書斎を調べに行くことに
なった。
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〇月△日
なんとか村に戻ってこれた。娘は、久々の我が家でご機嫌だ。
神官の女性に娘の世話を頼み、私と、もう一人の男性神官とで書斎
の本を片っ端から調べることにした。
文献の解読には苦労したが、収穫があった。
あの大蛇はダラと呼ばれる山の主で、人間を好んで食う化物だった。
その牙は太く鋭く、さらには鋼のように固い鱗を持つ。
大昔に山に封印され、代々私の村の長――今は私だが――が管理を
担ってきた。
私は、父からも祖父からもそんな話は聞いたことがなかった。
これは想像だが、長い歴史の中で、ある代から管理を放棄し、ダラ
の封印が放置されてしまったのだと思う。
子供を恐怖させて、寝かしつけるための昔話程度にしか思っていな
かったのだろう。
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封印を放置した結果、大蛇は目覚め、朝飯代わりに村人を食らって
いったのだろう。知らなかったとはいえ、村の皆には申し訳ないこ
とをしてしまった。悔やんでも悔やみきれない。
だが、悔やんでもいられない。娘の命がかかっているのだ。
気を取り直して調べると、もうひとつ重大な、そして、取り返しの
つかない事実が分かった。
力のある神官や巫女を、ダラに取り込ませてはいけない。神の聖な
る力を邪悪な力に変え、ダラをさらなる化物――ナリカンダラに変
えてしまうからだ。そうなれば、誰にも手を付けられない――。
私は絶望した。
私が誓約を飲んだ。私が巫女を達磨にした。
私が……。
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男性神官は、封印の方法を見つけていた。だが、それはあくまでも
ダラの封印だ。ナリカンダラとなった奴を封印などできるのか。
効き目があったとしても、私には到底できない方法だった。
ひとまず調査は終わった。私は娘の寝室に向かった。
そこには、娘一人だった。女性神官に世話を任せていたはず。
娘に訊くと、便所に行ったそうだった。
待つ間、ベッドに腰かけ、娘とたわいもない話をした。
しばらく待ってみたが、女性神官は一向に帰って来ない。気になっ
て便所に行くと、彼女は亡くなっていた。左腕を失った状態で。
娘を抱きかかえ、私たちは逃げるように神殿に帰った。
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一階のトイレにあった骨の正体が分かった。村長とともにこの家に来て、村長の娘の世話をしていた女性神官だったのだ。だから、あの骨は神官服を身に纏っていたのだ。そして、日記はいよいよ核心に迫ってきた。
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〇月△日
神官と口論になった。ナリカンダラの封印をするか否かで意見が分
かれたのだ。封印は、村の長の血を引く者にしかできない。
そして、封印するには生贄を捧げる必要がある。ダラの封印であれ
ば、村人を一人捧げればよい。だが、もう既に他の村民はいないし、
仮にいたとしても、ナリカンダラほどの強力な存在を封印するには、
長の血が混じった者を捧げねばならない。
そう、つまりは私もしくは娘を生贄に捧げる必要があるのだ。
幼い娘に封印などできるはずもない。となれば、私が封印を行わな
ければならない。娘を犠牲にして――。
できない。私には……。
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〇月△日
神殿に偶然立ち寄った旅人が、右腕を失くした死体となって発見さ
れた。ついに、呪いの影響が村や神殿の関係者以外にも及ぶように
なってしまった。
このままでは、世界中の全ての人間がナリカンダラの餌食になって
しまいかねない。神官は私に決断を急げと言う。
また、私に選べというのか。
娘か、世界か、どちらをとるのか――。
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〇月△日
神官が死んだ。左腕を失くし、腹を抉られ、恐怖に歪んだ表情で。
とうとう、私と娘の二人だけになってしまった。
もはや、娘を生贄にする理由などない。
このまま一緒に罰を受け、終わりにしてしまおうか。
諦めの感情で満ちた私を、幼い娘が叱りつけた。
自分が良ければそれでいいなんて、ママなら絶対に許さなかった。
みんなのために働くのがパパの仕事でしょ。
私は、パパの役に立つなら何が起きても怖くない。
殺されたみんなのために、あの蛇のお化けを封印しよう。
そう言った娘は、やはり妻の子なのだと思い、私は泣いた。
娘は、自分がどういう運命を辿るのかを理解し、受け入れている。
受け入れられなかったのは、私だけだったのだ。
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〇月△日
私は決心した。あの大蛇の化物を、永遠に封印することを。
最後に目に焼き付けるため、そして妻の墓に寄るため、慣れ親しん
だ村に戻った。
米と野菜のみのささやかな料理で、娘と最後の食事をとった。
妻に詫びながら、墓を掘り起こし、妻の骨を入手した。
娘を生贄に捧げ、私が奴を封じる。だが、娘を一人にはさせない。
文献には、生贄が多いほど、封印の力も強まるとあった。
私も一緒に生贄となろう。寂しい思いはさせないからな。
この後、神殿でナリカンダラを封印する。
まず、我が娘マーシャの血の力で奴を呼び寄せる。
奴を封じるまじないを込めた箱に閉じこめるのだ。
閉じ込めたら、妻の骨を使い、鍵となるまじないをかける。
つまり、箱の内からは娘が、外からは妻が奴を封印するのだ。
そして、最後に私の命を使い、外の封印を補強する。
完全な封印は叶わないまでも、アマツテラスの力で神殿の外には出
られなくなるはずだ。
この日記は、万が一のためにこの村に隠しておくことにする。
もし、私たちの封印が失敗してしまったら。
私たちの封印が解けてしまったら。
どうか、私に代わって奴を封じてほしい。
勝手を言ってすまない。私たちの後始末を押し付けてすまない。
私のためとは言わない。
どうか、犠牲になった者たちのために。
そして、この世に生きる者たちのために。
世界を守ってほしい。
後の世を生きる者がこの日記を見つけ、力になることを切に願う。
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日記はそこで終わっていた。今の状況を考えれば、おそらく封印には成功したのだろう。そして、今までの間、封印は破られること無く保たれてきた。だが、事情をしらない例の五人組がやらかしてしまい、封印が解けてしまったということだ。
「なあ……。あの五人、どうなったんやろ?」
ミズキがはっとして言う。封印を解いてしまったのだから、当然、ナリカンダラと遭遇したはず。レベル30を超える強者ばかりだが、間違いなくナリカンダラを討ててはいない。もし倒せたのならば、今だに世界が暗闇に包まれている理由が説明できない。
「ぶっちゃけ、奴らはどうでもいい……って言いたいとこだが、ついでになら助けてやってもいいんじゃね? 死んでなきゃな」
つっけんどんにフミトが答える。一度は選択を間違えたが、最後には世界を守る選択をした村長。フミトはその意思を尊重し、”後始末”を引き受けるつもりだ。
「ナリカンダラの弱点でも書いてくれてれば、一番よかったんだが」
「ほんまやね。ここにある本を全部読んでも、そんなもんは書いてないやろね。本に弱点が書いてあるなら、娘を生贄にして封印するより、弱点を狙って退治しようと思うやろし。ウチらは全力でぶつかるだけやね。倒せないまでも、なんとか弱らせることができたら、アマツテラスが力を貸してくれるかもしれへん」
「じゃあ、急いで向かうことにするか」
「了解っす!」
「了解や!」
村長一家の思いを受け取り、一行は神殿を目指した。




