イワト隠れ -5-
二人は見なかったことにしたらしく、螺旋階段の前に並んでいた。
「残るは、二階だけっすね。あの階段、上って大丈夫っすよね……?」
「太ってる人はおらんけど、三人が一気に上ったら壊れるかもしれんなあ。老朽化してるやろし」
「俺は先に上まで行ってみる。俺が二階に着いたら、一人ずつ上って来てくれ」
コージは一歩一歩、階段の状態を確かめながら上った。思ったよりはしっかりしている。雨漏りでもしていたら、腐って崩れやすくなっていただろうが、これなら心配なさそうだ。二階に着いたコージは二人を呼び、フミト達も続いた。
二階は一階をそのままコピーしたような造りで、相違点といえば、螺旋階段が上りか下りかの違いくらいだった。
「二階も似たような造りだな。順番に見て行こう」
二階の部屋は、家族の寝室のようだった。ぬいぐるみがたくさん飾ってある、女の子用の部屋。飛行機のプラモデルやボールが置かれた、男の子用の部屋。ベッドが二つと化粧台がある、夫婦用の部屋。三室確認してみたが、夫婦とその子供の部屋という印象だった。
「一階のトイレの骨は、奥さんだったのか……?」
「もう、コージさん! 思い出さないようにしてるんすから!」
「せや、せや!」
独り言すら許されない。ため息交じりに謝っておいた。
そして、三人は残り最後の部屋の前に立っている。コージがドアノブを握るが、開かない。ここだけ鍵がかかっているようだ。
「鍵かかってんすか?」
「ああ」
「なんか怪しいなあ。他の部屋は鍵なんてかかってへんかったのに」
ミズキの言う通り、この部屋には何かある――。ゲームの定番だ。こういう時は、他の部屋にある鍵を探して、戻って来て鍵を開ければいい。だが、そこまで厳密な手順を踏まなくていいのが、この世界だ。
「二人とも、離れててくれ」
コージは数歩下がると、勢いをつけて蹴りかかった。ドアの鍵は呆気なく壊れ、蹴りの運動エネルギーに耐え切れなかったドアは外れ、うるさい音をたてて床に横倒しになった。撒きあがった埃の向こうに見える部屋は書斎のようだった。壁いっぱいに書庫が並んでいる。部屋の奥に、趣ある机と椅子がひとつ置かれている以外は、本だらけだ。
「豪快やなあ」
「もう誰も住んでないんだし、いんじゃね? それより、早く探そうぜ」
「ここが現実やったら、不法侵入に器物破損やで」
ごもっともだ。仮想世界だから、現実では躊躇ってできないことでもできてしまう。現実と空想の境目が曖昧になって、現実で事件を起こしてしまったら……、と考えると恐ろしいことだ。書斎なだけあって、本がぎゅうぎゅうに詰まっている。全部調べるのは骨だな……。
明かり担当のミズキは手持ち無沙汰だったのか、ぽつんと置かれている机を調べ始めた。
「おいミズキ。そっち行かれると、暗くてよく見えねえよ。こっち来てくれ」
「ちょい待って」
フミトが苦情を出すが、ミズキは机の確認に集中する。揺らしたり叩いたり、いろいろと試している。
「何やこれ?」
机の下を手で探っていたミズキが、下を覗き込む。机の下を照らせば、明かりがそっちに取られてしまう。書庫を調べていたコージ達にしてみれば、視界を奪われた状態になって文字が読めない。
「おい、ミズキ……何やってんだよ」
フミトが調査を中断して、ミズキに歩み寄る。すると、ミズキが調べていた机の中央が四角くせり出し、盛り上がった。四角い板をずらすと、直方体の空間があり、そこにノートが一冊置かれていた。
「ビンゴや。机の下にボタンみたいなんがあるから、変やな思うたんや。机に細工して、ノートを仕舞う場所作って、ボタン押したらノートを取り出せる仕掛け作ったんやろな」
「お前……すげえな。探偵みたいだ」
「真実はいつも四つ! やな」
「勝手に増殖させてんじゃねえよ。ひとつ事件が起こる度に、犯人が四人いてたまるか。それより、ノート見てみようぜ」
コージも調査を中断し、ミズキのもとに集まった。
「そのノート読んでみよう」
それは日記だった。ページを捲り、強い筆圧で書かれた文字に目を通していく。最初の十ページくらいは、村の財政の話や、その日受けた村民の声を書き留めるだけの内容だった。ところが、あるところで様子が変わる。
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〇月△日
家より大きい大蛇がやってきた。突然のことで立ち尽くしたまま
動けない村人を、容赦なく食らった。
家の中に隠れても無駄だった。奴は壁を簡単に壊し、中の人間を
丸呑みしてしまった。なんなのだ、あいつは。
村人三人を食って満足したのか、大蛇は森に帰っていった。
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〇月△日
この日も、奴が来た。
奴の接近に気づけるよう、鳴子を取り付けた紐を張って
おいた。
音が鳴ったことに気づいた男衆が火矢を用意する。
姿を見せた奴に向かって、一斉に矢を放つ。当たった。
だが、皮が固すぎて全く効いていない。
逃げ出した男衆を踏みつぶしては丸呑みした。
この日は、五人が犠牲になった。
我々は、一体どうしたらよいのだ……。
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〇月△日
奴は我々の不意をつき、井戸から現れた。
そばで遊んでいた息子のレオが餌食になった。
私は、この日を、この悲しみを決して忘れない。
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やはり、ここは大蛇に襲われた村だった。そして、この建物は村長の家だった。彼の子も、犠牲者のひとりだったのだ。その日の日記は、たった三行しか書かれていない。白紙部分はくしゃくしゃになっていた。悲しみに暮れ、涙を落とした跡のように思えてならなかった。
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〇月△日
旅のパーティに大蛇退治を依頼した。
忌まわしい大蛇を始末してくれるなら、金などいくら出してもいい。
このままでは、埋葬することすら叶わず、空っぽの墓に居る息子が
浮かばれないではないか。
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〇月△日
奴がまたやってきた。今度は旅人達が味方をしてくれる。
戦士、魔導士、アーチャーが相手だ。桑や火矢とは訳が違う。
結論から言えば、奴を倒すことは叶わなかった。
戦士の斧も、アーチャーの弓も、魔導士の魔法も、奴に傷ひとつ
付けることすらできなかった。
彼らは懸命に戦ってくれたが、奴の餌食になってしまった。
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〇月△日
旅人が来るたびに大蛇退治の依頼をした。
もはや退治してくれることは期待していない。
彼らが食われてくれれば、少なくとも村人は食われずに済む。
非道な行為であることは理解している。
だが、村を守るには、こうする他ないのだ……。
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「村を守るのが村長の役目だからって、旅人を犠牲にしていいわけねえだろ……!」
フミトが憤慨して机に怒りをぶつける。物に当たりはしないが、コージも怒りを覚えていた。ただの生贄じゃないか、と。
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〇月△日
イワト神殿の巫女が、大蛇退治を買って出てくれた。
戦士や魔導士ですら歯が立たなかった相手なのに、神官や巫女が
太刀打ちできるとは思えないが……。
村人がただ食われるのを指をくわえて見ているわけにもいかない。
藁をも掴む思いで、正式に依頼をした。
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〇月△日
巫女が大蛇と対峙した。
それまで奴と闘った旅人など比較にならない強さだった。
様々な術を使い、大蛇の攻撃を封じ、傷ひとつ付けられなかった奴
の胴体を切り裂いたのだ。致命傷には至らなかったが、村民も私も
これなら奴を倒せるかもしれないと希望を見出した。
だが、運は敵に味方した。息子の墓参りに出かけていた妻と娘が、
間の悪いことにその場に出くわしてしまったのだ。
奴が見逃してくれるはずもなく、妻たちに襲い掛かった。
もうだめだと思った。私は見ていられずに目を背けた。
勇気を振り絞って視線を戻すと、妻も娘も無事だった。
なんと、巫女が身代わりになってくれたのだ。しかし、代償は大き
く、彼女の下半身は奴に食われて、上半身だけの姿になっていた。
これでは、いくら巫女といえど敵うはずがない。
私は妻と娘を連れて、神殿に応援を呼びに戻った。
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次の日記は、二ページに渡って書かれていた。
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〇月△日
神官数名を引き連れて戻った頃には、夜も更けて、日付が変わって
しまっていた。こんなに時間が経ってしまっては、巫女はもう殺さ
れてしまっただろう。
そんな私の予想は裏切られ、なんと巫女は半身になりながらも大蛇
に術をぶつけて戦っていたのだ。
彼女には縁もゆかりもない村のために……感謝してもしきれない。
なんとか加勢に入りたかった。妻と娘の恩人でもあるのだ。
だが、私が助けにいっても、きっと足手まといになってしまう。
神官たちに何とかしてくれと頼んだ。だが、彼らは巫女を見ている
だけで、何もしてくれない。巫女以上の力を持った神官はいないの
だ。
そこへ、村人の男二人が様子を見にやってきた。巫女の姿を見て、
絶望し、へたり込んでしまった。村は終わりだ、と一人が言った。
頭を抱えて打ち震える彼らに、何も言ってやれなかった。巫女に加
勢すらできない私には、この状況をどうすることもできないのだ。
諦めの空気が漂う中、神官の一人が私に耳打ちしてきた。
巫女を生贄に捧げて、大蛇と不可侵誓約を結ぼう、と。
私は反対した。家族の恩人であり、ここまで村のために戦ってくれ
た彼女を裏切るなどできない、と。
すると、神官はこう言った。
巫女はどのみち死ぬ。その時、大蛇も死んでいるとは限らない。
それならば、巫女を生贄にするのが一番犠牲が少ない。
巫女一人の命で、村人全員が救えるのだぞ、と。
ぐっと詰まった私に、神官はとどめの一言をぶつけてきた。
あなたは、村民を守るために、旅のパーティを奴に食わせてきたで
はないか。それと、巫女を生贄にするのと、何が違うのだ。
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私は何も言えなかった。神官の言うことはもっともだったからだ。
彼女は、妻と娘の恩人だ。だが、このままでは結局、妻も、娘も、
奴に食い殺されてしまう……。
神官は、私を無視して大蛇に言った。
村人を襲う行為を金輪際しないと誓約していただけるならば、その
巫女をあなたへの供物にいたす。いかがか。
大蛇は目を細め、いいだろう、と答えた。
続けて、誓約の意志があるならば、その巫女の腕をもぎ、達磨にし
て我の前に差し出せ、と言った。
神官と村民の視線が私に集まる。巫女は首を横に振っている。
私は……、
私は……。
結局、私は村の安全をとった。村民の男二人に、巫女の腕を切り、
その身体を大蛇に捧げるように指示した。
村民は鉈で両腕を切り、虫の息の巫女を蛇の前に置いた。
巫女がこちらを見ている気がしたが、目を合わせられなかった。
奴は巫女を丸呑みすると、満足そうに立ち去って行った。
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カイミルから聞いた通りの内容が、より詳細に書かれていた。必死に戦い、守ってくれた巫女への裏切りは許せる行為ではないが、決断を迫られた村長の苦悩が日記から読み取れた。
目の前で二人の人間が溺れていたら、どちらを助けるか――。誰しも一度は耳にしたことがあるであろう、究極の質問だ。村長は、恩人である巫女と、家族を含む大勢の村人のどちらを選ぶか――という究極の選択を迫られ、選んだのだ。一人の人間が守れるものなど、たかが知れている。何かを選び、何かを切り捨てる。人生は選択の連続なのだ。
「村長さんは、どうしたらよかったんやろな」
ミズキの問いに、誰も答えられなかった。三人は無言で次のページを捲った。




