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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
イワト隠れ
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イワト隠れ -4-

 一行は旅を再開した。暗がりに続く道を慎重に、だが急ぎ足で進む。文明が進んで、いたるところに街灯がある現実の世界では、何も見えない真っ暗闇は姿を消してしまっていた。太陽も月も星も街灯もない世界が、こんなにも恐ろしいとは知らなかった。今は、ミズキの光だけが唯一の救いだ。

 何者かの存在も、遠近感も、不明瞭。明かりはあれど、視覚だけに頼れる状態ではない。そうなれば、聴覚を研ぎ澄まし、かすかな音さえも逃さないようにするほかない。そして、三人の耳が音を捕えた。コージが唇に人差し指を当て、音を立てるなというサインを送る。二人が頷く。

 前。後ろ。右。左。どこから音はしているのか。草を踏むような音が、次第に大きくなる。すぐ近くにいる。そう感じ始めたとき、もう一つの感覚が変化を捕えた。


「うっ……」

 フミトがうめき声を漏らして鼻をつまんだ。ミズキとコージも、声こそ漏らさなかったが、鼻を塞いだ。そう、その変化とは異臭。嗅覚でも何かの接近を捕えたのだ。闇に負けない明るさで「クリーチャーが現れた!」のガイドが表示された。

 三人は武器を構えた。ミズキが辺りに光を向けて周囲を照らす。すると、草むらの中に隠れるように、こちらを見つめる黒い目が二つ。

「照らすで!」

 敵の全貌が明らかになった。これまで幾度となく戦ってきたグリーンワームのような形だが、茶と黒が混ざった気色の悪い体色で、目が無く、窪んでいるのが黒い目に見えただけだった。そして、全身の皮膚が爛れて溶けていた。敵の名前はゾンビワーム。言い得て妙のクリーチャーだった。

「みんな、いくぞ!」

 それぞれ武器を向けた時、背後からも物音がした。

「ちょ、待ち! 他にもでたで!」

 ゾンビワームがもう一体。挟まれた。幸い敵の動きが遅いため、態勢を組みなおす時間はある。

「フミトはミズキと一緒にそっち頼む! 俺は後ろのやつを相手する!」

「了解っす!」

「でも、明かりはどっちかにしか向けられへん!」

「フミトの方を照らしてくれ! 俺は新しい技を試してみる!」

 ルミナティソードを構え、闇に溶けてさらに怪しさを増したガーネットが鼓動する。闇の向こうで敵が動いたのを感じ、コージも動く。


 ― 衝光波 ―


 剣がまばゆい光に包まれ、風をまとった。意識せずとも勝手に動く身体に任せ、剣を振る。剣の光は大きな人魂のような形をとって剣から放たれ、嵐のような荒々しさで突き進んでいく。敏捷性に欠ける敵に躱す暇などあるはずもなく、光の衝撃波が派手に命中した。光が弱点だったらしく、苦悶の声をあげながら、ドロドロに溶けて消えていった。

 一方、フミト達も戦闘を開始していた。


「うりゃ!」

 フミトの矢が胴体に命中した。だが、既に朽ち果てた身体では、矢が刺さったところで動きを封じるのは叶わず、逆に攻撃を許してしまう。ゾンビワ-ムが何かを吐き出し、フミトの手に当たった。回避が間に合わなかった。

「な、んだ、これ……」

 急激な吐き気や眩暈に襲われ、フミトは膝をついた。視界が滲み、体中が燃えるように熱い。

「フミト! どうしたん!?」

 ミズキは驚愕した。敵が吐き出した体液に少し触れただけなのに、フミトの手は腫れ、紫色になっている。目の焦点は合っていない。

「少し待っときや」

 敵に向き直り、魔法の吹き矢を構える。ミズキの目に強い怒りが宿る。

「……あんた、フミトに何すんねん!」

 雷を帯びた吹き矢が閃光を放ちながら空気を切り裂く。微動だにする隙すら与えず、敵の頭に命中した。ミズキの感情を乗せた矢は、ゾンビワームの全身を雷で焦がし、敵はなすすべもなく消えていった。三人は戦闘に勝利した。


「フミト、どうした!」

 先に戦闘を終えたコージがフミトの異変に気付き、駆け寄る。フミトは地面に倒れ、荒い息をしている。この状態は、コージには見覚えがあった。

「敵の攻撃を受けて、こんな状態になってしもてん!」

「毒にやられてる。待ってろ、今毒消し薬を出してやる」

 毒消し薬を取り出し、急いでフミトに使用する。すると、瞬く間に回復し、フミトはうつろだった目をはっきり開けた。

「あれ、オレ……?」

「フミト! よかったあ」

 身体を起こしたフミトに、ミズキが抱き着いた。フミトがそこにいることをしっかり確かめるように、首に腕を回して、きつく抱きしめていた。

「お、おい、ミズキ! 苦しいって……!」

「心配したんやで、ほんま……。よかったあ」

「おいって……」

 顔を赤らめたフミトと目が合った。

「毒にやられたんだよ。俺の借りは返せたな。ミズキには借りを作ったみたいだけど」

 フミトは、コージの矢を吹く仕草で何があったかを理解した。毒に倒れた自分の代わりに、ミズキがクリーチャーを倒してくれたのだと。

「ミズキ。心配かけて悪かったな。あと、ありがと」

「うん……」

 フミトがミズキの背中に手をまわして、ポンポンと軽く叩いてやると、ようやくミズキは離れた。涙目で、よほど心配していたのだと分かった。

「コージさんも。おかげで助かりました」

「念のために、回復薬で体力を回復しておいた方がいいぞ。毒になると、勝手に体力が減ってくからな」

 フミトがプロフィールを覗くと、体力が168/250となっていた。

「半分切ってないくらいだから、まだ平気っすけど、回復しといた方が良さげっすね。回復薬二つ使わないと」

「もったいないから、とっとき。ウチが回復するから」


 ― クラル ―


 ミズキが呪文を唱えると、温かい光がフミトを包み、傷も腫れも無くなっていった。光が飛散する頃には、フミトの体力は全快していた。

「すげー! 体力満タンだ! サンキューな、ミズキ」

「本当なら状態異常も治せたんやけど、さっきは慌ててしもて……。次はウチが全部治したるよ」

 さてと、とミズキが立ち上がり、先を照らす。

「先、進もうや」

 初めて自分でクリーチャーを倒したミズキの背中は、フミトに負けないくらいに頼もしくなっていた。




 小休憩を挟みながらも、かなりの距離を進んだ。やがて、木の柵で囲まれた場所を見つけた。ほとんどがあばら家となった廃村だった。

「こんなとこに村か……。誰もいないっすね」

「神殿、奥にあるみたいやで。立て札がある」

 ミズキが照らした立て札は、道しるべ。”この先イワト神殿”という表示とともに、矢印が書かれている。村の奥に進めばよさそうだ。

「こういうとこって、だいたいゾンビ出てくるのがお約束っすよね……」

「ゾンビならもう戦ったやん。ゾンビワームいうやつ」

「人間のゾンビだよ。口裂けレディみたいに人間っぽいクリーチャーもいるんだ。人間ゾンビが出てきてもおかしくないだろ」

「フミトの言う通り、村の中も安全とは限らない。油断しないように進もう」

 暗闇でなくても不気味な雰囲気が漂っていそうな廃村の中を慎重に進む。家も、家畜小屋も、井戸も、可哀想なくらいに朽ちている。それに、地面も平らではない。幅の広い大きなタイヤの痕のようなものが、縦横無尽に続いている。散らばった木材をよく見ると、黒ずんだ染みがたくさん付着している。照らすと、血液が固まったものに見える。


「もしかして、この村が大蛇に襲われてた村とちゃう?」

 コージもフミトも同意見だった。荒れた廃村に、大きく太い何かが這ったような跡、血痕。カイミルの話に出てきた、大蛇に苦しめられていた村としか思えない。

 三人は、より慎重に、かすかな物音すら聞き逃さないように注意して進んだ。

 そんな中、比較的しっかりした建物が村の奥にあるのを見つけた。神殿ではないが、気になった三人はそちらに歩みを進めた。傷んでしまっているのは否めないが、屋根や壁が壊れて骨組みが見えてしまっている他の家々に比べれば、しばらく人が手入れしていない空き家程度の様相だった。

「この村で一番えらかった人の住まいかなあ? 豪邸とは言わんけど、他の家よりは豪華な造りしてるやん」

「かもしれないな。村長が住んでいたのか、それとも図書館や公民館みたいな、みんなが集まる場所か。……もしかしたら、生離姦唾螺について書いた記録でもあるかもしれないな」

「ありえそうっすね。一応、寄ってみましょ」


 扉の鍵はかかっておらず、中に侵入することができた。埃っぽく、淀んだ空気の臭いが鼻をつく。広い玄関に入り、周囲を照らす。両端にドアが二つずつ、奥にある扉はトイレと書かれている。つまり、一階には四部屋ある。中央には螺旋階段があり、二階に上がれるようだ。村長の家という線が濃厚か。

「手分けして探したいけど、そうもいかないな。一部屋ずつ見て行こう」

 太陽の光も電灯も無いせいで、自由に行動することすらできない。ミズキ頼りである以上、三人一緒に動くしかない。まず、一階の左側、手前の部屋から調べることにした。

「ここは、来客用の部屋だな」

 ソファーとテーブルだけの簡素な応接室だ。あとは壁に絵画が飾ってあるくらいで、この部屋にいても収穫は得られなそうだ。続いて、左奥の部屋を見てみる。贅沢な絨毯の奥にオフィスデスクがひとつ、壁には縦長のスチール書庫が三つ並んでいる。

「仕事部屋っすかね」

「だな。書庫と、袖机の中を探してみよう」

 ミズキに照らしてもらい、まずは書庫をコージとフミトで手分けして探すが、置かれているのは小難しい本ばかりで、役に立ちそうなものは無かった。読みもしないくせに、見栄のためだけに百科事典を全巻並べて置いてある棚みたいだ。袖机に至っては、中身が何もなかった。

「置いてあるだけかよ!」

 フミトが勢いよく閉めた。カラカラ、ドン、と虚しい音がした。

 ここも収穫無しだ。


 一階右側のドアは、奥が台所、手前がリビングのようだった。一応、食器棚や備蓄入れも確認したが、淀んだ空気が詰まっているだけだった。

 残るは、トイレだ。


「いちおう、見ておこう」

 ミズキに照らしてもらい、ドアを開けると。

「うわあああ!」

「きゃあああ! な、なんなん!」

 悲鳴をあげた二人をどかして、コージも様子を確認した。中には、白骨化した遺体が便座に腰かけていた。奇妙だったのが、左腕の上腕骨の真ん中から先が無かった。刃物で切ったような断面だった。その骨は、神官服を着ていた。

「ほ、骨のおばけぇ……」

「ミズキ落ち着け。お化けじゃなくて、普通に骨だ」

「どっちみち怖いことには変わりあらへん!」

 光源が遠ざかってしまった。

「ミズキと似たような服を着てるな……。神官だったのか?」

「やめてや!」

 コージはトイレのドアを閉めて、二人が落ち着くのを待った。


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