イワト隠れ -3-
もともとイワト神殿は、多くの神官を抱える聖なる神殿だった。太陽の化身アマツテラスが宿ると信じられているマフツノ鏡が安置され、丁寧に祀られていた。
話は変わり、イワト神殿の近くにあるとある村には、村民を苦しめる大蛇が出た。その大蛇は己の気が済むまで村民を食らい、家屋をいたずらに壊し、自分に恐怖する村人を見て楽しんでいた。村民たちは藁をもつかむ思いでイワト神殿に助けを求め、事情を話した。話を聞き、イワト神殿で最も力のあった一人の巫女が、村民を助けるべく大蛇討伐に向かった。巫女は懸命に戦ったが、不意を突かれ、大蛇に下半身を食い千切られてしまった。半身になっても、彼女は村人のために死力を尽くした。だが、巫女の分が悪いと知った村民は、彼女を生贄として差し出す代わりに村に危害を加えないようにしてはくれないかと大蛇に話を持ちかけた。大蛇は承諾し、村民たちはあろうことか彼女の腕を切り、抵抗する術をもたなくなった彼女を蛇の餌にした。それ以降、蛇は約束を守り村には近づかなくなったため、村は平和を取り戻した――ように思えた。
ある日を境に、村人たちが一人、また一人と姿を消した。村中で捜索したところ、彼らは森や山の中で死んでいた。その顔は恐怖に歪み、腕が千切られて無くなっていた。そして、不思議なことだが、イワト神殿の神官たちも姿を消し、村人同様の亡くなり方をしていた。後で分かったことだが、巫女を大蛇に差し出すように仕向けたのは、他でもないイワト神殿の神官たちだった。自分たちが望んでも届かない強い力をもった巫女への妬みがそうさせたのだった。
村民と神官の一連の死は、怨霊と化した巫女――生離姦唾螺の呪いによるものだと感じた残りの者たちは、必死で生離姦唾螺を鎮める方法を探した。方法を探しているその間も死者が増え、ついには神官一人だけになってしまった。神官は、自分ひとりになってしまったイワト神殿に生離姦唾螺を祀った。アマツテラスの力を借りて悪しき巫女を封印しようと考えたのだ。その直後、神官も命を落としてしまい、神殿には誰もいなくなってしまった。
こうして、イワト神殿は廃神殿となり、アマツテラスと生離姦唾螺の大きな力がぶつかり合い、神聖な力が相殺され、クリーチャーが自由に入り込むダンジョンとなってしまったのだった。
「えげつないことすんなあ、村のやつら……」
「同意や。そりゃ巫女も化けて出るで」
カイミルの昔語りを聞き、それぞれの思いを吐露する。他人のために命を懸けてまで必死に戦ったのに、守ろうとした相手から裏切られる。コージには他人事とは思えず、感情移入してしまいそうになるのを必死に堪えた。今問題なのは、世界が闇に包まれてしまった原因を知ること。昔話を聞いてハイ終わり、にはならない。
「アマツテラスと生離姦唾螺の話は分かりました。それで、その話と、暗くなってしまったことにどういった関係があるんです?」
(信託では、”蛇の化身たる巫女が目覚め、太陽の化身は鏡の中へとその身を隠す”とありました。太陽の化身がお隠れになったのですから、太陽が覆い隠され、世界が闇に包まれてしまったということでしょう。そして、お隠れになった原因は、生離姦唾螺との力の均衡が破れ、アマツテラスが劣勢に立たされたためかと)
「でも、なぜそんなことに……。生離姦唾螺は封印されていたんでしょう?」
(ええ。アマツテラスの太陽の力は偉大で、単純な力比べであれば、封印された相手に遅れをとることなど考えられない。となれば、考えられる原因はひとつ。何者かが封印を解いてしまったとしか思えません)
封印が解けて自由の身になってしまえば、いかにアマツテラスといえど、実体のある生離姦唾螺の方が優勢になってしまう。鏡を依り代とする太陽では、恨みが詰まった闇は照らせない。闇に染まる前に、アマツテラスは鏡の中へと避難したのだろう、とカイミルはそう言った。
「つまり、太陽はかくれんぼしてるだけで、無くなったわけじゃない……ってことっすね」
「そういうことやね。蛇と力比べしながら、毎日太陽で照らしてくれてたなんて、よっぽど強い神様なんやろな、アマツテラスは」
「そんなに強い神様が力負けするほどの蛇が出てきちまったってことだよな。全く、誰だよ、余計なことしてくれたのは……!」
コージには思い当たることがあった。北屯所で出会った、態度と口が悪い盗賊と魔導士がいる四人組のパーティ。確か、あいつら……。
「なあ。今朝会った四人組、イワト神殿に行くって言ってなかったか?」
その言葉で、フミト達もはっとした。
「言ってました!」
「イワト神殿はクリーチャーだらけと聞いたことがある。あいつらはクリーチャー退治が目的だったみたいだし、十中八九神殿に入ってると思う」
「やたら露出の多い芸人も誘ってたなあ。あの芸人、どこからどう見てもトラブルメーカーやで」
(なるほど。おそらく、その方々が神殿に入り、意図せず封印を解いてしまったのでしょう。我々神官はもとより、旅人ですらイワト神殿には近づこうしませんから)
全く、迷惑なことをしてくれる。コージは思わず舌打ちしてしまった。
「自分達でケツ拭いてくれるならいいが、そんな奴らには見えなかったよな」
「見えへん見えへん」
「見えないっすね。何なら散らかすだけ散らかして、そのままほったらかして帰るタイプっす」
三人の見解が一致した。あの四人は期待できない。誰かがどうにかしないと、この世界は真っ暗闇に包まれたままになってしまう。
(先に言っておきますが、とても危険です。鬼婆退治の比ではないくらいに)
カイミルの声は、コージ達を案じつつ、忠告をし、それでいて信頼の気持ちが籠ったものだった。
(その上で、あなたがたにお願いしたい。どうか、アマツテラスを救い、世界に光を取り戻していただきたい)
三人は頷き合った。答えは決まっていた。
「もちろんです。俺はこの世界が好きですから。この世界まで真っ暗にしてたまるもんか」
「本当にアイツらの仕業なら、正直言えば尻ぬぐいなんてごめんだ。だけど、ここで知らんぷりしたらアイツらと同じになっちまう。オレは、オレやコージさんたちのために行くっすよ」
「困ってる神様を助けへん神官なんて、神官やあらへんからな。ウチももちろんやるで! それに、ウチが明かり灯さな、二人はどこにも行かれへんもんなあ」
三つの心がひとつになった。
(みなさん……ありがとうございます)
「カイミルさん、吉報を待っていてください」
こうして、一行はイワト神殿を目指すことになった。まずは北屯所へと戻り、東屯所へ移動し、東へ向かう。屯所間の移動で使うバスが動いていないのではと懸念していたが、強力なヘッドライトの光でどこへなりとも連れて行ってくれた。
街の外に出る前に東屯所に寄ってみたが、そちらも突然のことに騒然としていた。その場にいたタケに簡単に事情を話したところ、「ちょっと待ってな」と言って屯所内に姿を消したかと思うと、すぐに戻って来て、「受け取んな」と何かを渡してきた。
「そいつは魔除護符さ。まあお守りだと思って持っときな。……頼んだよ」
この日二度目のタケの見送りを受け、東屯所を発った。目の前には、東の果てのイワト神殿へ続くイワト高原が広がっていた。
本来であれば、緑豊かな自然や草花を眺めながら、新鮮な空気を楽しめるような場所なのだろう。それが今や、おどろおどろしい心霊スポットのようになってしまっている。ミズキの明かりを頼りに進んでいるが、それでも時折、木の根や盛り上がった地面に足を引っかけて転びそうになる。それでも、はぐれないよう、三人で声をかけ合って進む。
人が二人並ぶのがやっとという狭さの道をしばらく進むと、キャンプ場のような開けた場所に出た。
「ここいらでいったん休憩しませんか?」
そう言ったのはフミトだ。
「急がなくてええん? 早く何とかせえへんといかんのに」
「急ぐだけじゃダメだろ。何とかするったって、疲れ切ってたらできねーし」
疲れているのは、みんなの顔を見れば明らかだった。道中、クリーチャーと何度か戦闘をした。普段なら敵ではない相手なのに、視界が悪い中での戦闘はいつもの倍以上に神経を使った。いつ現れるかも分からないクリーチャーに気を付けながら歩くのは、常に緊張状態を保っているのと同じだ。
「待ってろ、いま結界張るから」
フミトは避魔の矢で結界を張った。矢を中心にドーム状に空間が広がり、張りつめた空気が和らいだ。初めて見るミズキは不思議そうにしていたが、中が安全だと分かると、ぺたんと座り込んでしまった。
「しっかり休もうぜ」
フミトが差し出した水の入ったペットボトルを、ミズキは「ありがとう」と言って受け取った。
「飯も食っとこう。南屯所でもらった弁当が手つかずで残ってるからな」
コージのアームヘルパーに保存しておいた弁当を取り出し、食事を始めた。明かりを常に出しているミズキが食べにくそうにしているのを見かねて、フミトは弁当箱を持っていてやった。
「今度、テーブルも買っとくか」
「ウチはこれでもええで」
「オレが疲れるってーの」
コージは親になったような気分で二人のやり取りを眺め、あまり口を出さずに休息をとった。そうなると必然的に手持ち無沙汰になるので、プロフィールを覗いてみることにした。イワト高原を進む間の戦闘でコージはレベルが上がっていたが、ただでさえ視界が悪いのに、いつ敵に襲われるかもしれない移動中に、呑気にプロフィールを確認している余裕はなかったのだ。コージはレベルが17に上がり、新しい技を覚えていた。
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【衝光波】
剣を振って光の衝撃波を打ち出す技
※戦闘中のみ使用可能
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初めての遠距離攻撃技だ。これまで覚えた技は敵に接近して攻撃するものだったが、これなら不用意に接近せずとも攻撃できる。魔法の吹き矢という道具もあるが、その攻撃が通用しない相手の場合、接近するしか攻撃手段がなかった。手段が増えるというのは心強い。
「ごちそうさま」
「大量の弁当を全部食ったよ、こいつ。その細い身体のどこに入ってんだか」
「ウチも不思議に思ってんねん。ルナに来てから、なんや大食らいになってしもて」
「もとからじゃねーの?」
「失礼やなあ。カットケーキなら、せいぜい十個やて」
「ホール食いじゃねーか」
聞いているだけで胸焼けしそうな話だ。そんな話ができるくらいに緊張が和らいだということ。張りつめたままだと休息どころではないから、こうして掛け合いするくらいが丁度いいのだ。掛け合いがいつまでも続きそうなので、残念だが口を挟ませてもらおう。
「さて、そろそろ出発しないか」
「了解っす!」
「二人とも、もう少し休まないでええん? 戦闘はずっと二人に任せっきりやったし、疲れてへん?」
武器も攻撃魔法もないミズキは、戦闘になったら下がってもらっていた。本人としては、それが引け目に感じられたのだろう。もちろん、コージ達は何とも思っていないし、お互いさまという認識だ。
「お前は戦闘中どころか、今もずっと明かり点けてくれてるだろ。だから、気にすんな」
「ウチは平気やけど……。やっぱり闘いできひんと、役に立ってる気がせえへん」
ミズキがいなければ、戦闘どころか移動もままならないのだから、役に立っていないわけがないのだが……。ミズキの中では他人の評価は関係なく、戦闘で役に立つことが自己評価に繋がるのだろう。それなら。
「じゃあミズキ、これ使わないか?」
コージは魔法の吹き矢を取り出し、差し出した。
「何なん、これ」
「魔法の吹き矢っていって、これを使うと雷みたいな矢が飛び出すんだ。ザコ敵なら、ほぼこれで退治できる。俺はレベルが上がって遠距離攻撃を覚えたし、これがなくても平気だ。だからミズキが使えよ。戦闘に加わりたいんだろ? やるよ」
「ありがとう! これなら片手塞がってても、なんとか攻撃できそうやな!」
自らの手で放つ光に負けない眩しい笑顔になった。人の根っこにある悩みは、慰めても解決しない。根本原因を取り除き、自己評価ができるようにしないといけない。ミズキはようやく、自己評価をするための土俵に立てたのだ。
「あの……。それって間接キ……」
「よく洗っておいたから心配すんな。意識もしてない」
フミトが余計なことを言い出したので、口を塞いで弁明しておいた。ミズキの劣弱意識を解決するために提案しただけであって、それ以上の意図や感情は誓って無い。なぜフミトの方が意識しているのだ。
「次からウチも役に立てるで!」
当の本人がこの調子だというのに。それにしても、歳を追うごとに羞恥心や配慮をどこかに忘れてきてしまったのだと、この若者を通じて再認識させられた。




