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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
イワト隠れ
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イワト隠れ -2-


「あれあれー、そんな暗い顔しちゃってどうしちゃったのボーイ?」


 どこの世界にも空気の読めない奴というのはいるもので、どう見たってシリアスな場面だろうというこの状況で、底抜けに明るい絡みをしてきた女が一人。着ている意味があるのか疑問に思うくらいスケスケのシースルー姿で、その奥の黒のクロスデザインマイクロビキニがくっきりはっきり見えている。顔は文句の付けようのない美女で、意識するなという方が難しい。

「な、な、な……! お前なんつー恰好してんだよ!?」

 その刺激のせいでフミトの怒りがどこかに飛んでいってしまったようで、顔を真っ赤にして慌てふためいている。セクシー美女は、ばさっとカラフルな羽根つき扇子――通称ジュリアナ扇子――を広げると、バブリーな踊りを始めた。

「そうそうー! 短気は損気、全部笑い飛ばしちゃえばいいのよー!」

 どこからかディスコソングが流れ、テレビの中だけの話だと思っていたバブリーダンスが目の前で披露されているこの状況を目の当たりにして、呆気に取られないわけがあろうか。北屯所の玄関前がダンスホールになってしまった。


 動けない三人、動きまくる美女。彼女のワンマンショーがヒートアップし、ビキニの紐に指をかけてずらすという、さらに刺激的な行動を取った時。ガラリと戸が開いたと思うと、又五郎がとんできて美女の頭にげんこつした。

「痛ったあー!」

『うるせえよ、お前は!』

「おい、オッサン……。なんだよ、この女は……」

『こいつはウズメ。最近この屯所で依頼を受けるようになったんだがよう……』

 最後まで言わずに、手を額に当てて壮大なため息をついた。呆れの感情が全身からあふれている。

「なんだよぅ、芸人だって立派に戦えんだぞぉ!」

『ほとんど裸みてえな状態で戦うたあ、馬鹿かてめえは。一発でももらったら終いじゃねえか!』

「ふふふーん。当たらなければいいんじゃんかぁ」

 バブリーダンス再開。北屯所で戦う面子が増えたのは良いことだが、もう少しまともな人材が集まらなかったものか。又五郎のため息が、彼の心の内を如実に表していた。


「うひょー! 姉ちゃんすげーな!」

 ここで、聞きたくなかった声がした。盗賊の修二が待機所から出てきたのだ。鼻の下を思いっきり伸ばしている。

「俺らこれからイワト神殿に行くんだけど、よかったら一緒に来ない? セクシーなレディがいたら、クリーチャー退治頑張れそうだぜ」

 なんとナンパを始めた。類は友を呼ぶとは言うが、こうもすぐ現れるものか。ウズメは「えー、どうしようかなぁ」などと言っているが、ビキニの紐に指をかけて挑発している。駆け引きがあからさますぎて隠れていない。ここで口を挟んできたのは魔導士のマイだ。

「ちょっと修二! パーティは四人まででしょ! その女もプレイヤーのようだけど、仲間に入れる気なの?」

「それもいいけど、別にパーティじゃなくたって同行はできんだろ」

「仲間にはしないけど、一緒に連れてくってこと? まるで浮気みたいだわ」

「なんだよマイ、お前も相手してほしかったのかよ? まあ顔は好みだけどよー。性格がなあ」

「何でそうなるのよ! こっちから願い下げよ!」

 夫婦漫才のような掛け合いが続く。コージたちは、一体何を見せられているんだろうと傍観するしかできない。終止符を打ったのは、このゴタゴタの原因を作ったウズメだった。

「ウズメちゃんはパーティ組まないポリシーだけど、旅は道連れ、世は情けないって言うからねー。ウズメちゃん付いてっちゃう!」

「それを言うなら世は情け、でしょ!」

「マイちゃん賢いのねー!」

「気安く呼ばないでくれる!? セクハラ女と一緒にされるの不愉快だわ!」

「いけずー」

 修二とマイの夫婦漫才は終止符が打たれたのだが、今度はマイとウズメの女同士の口撃が始まってしまった。


『お前らどこか行くんだろ! うるせえからとっとと行け!』

 とうとう又五郎の堪忍袋の緒が切れた。鬼の形相で殴りかからんばかりに腕を振り上げると、さすがの修二たちも慌てて飛び出していった。五人衆が立ち去った後は、ライブが終わって人が捌けたあとのステージのような静寂だけが残った。

『はあ……人が増えたはいいが、いつか俺の頭の血管がプッツン切れちまいそうだ。お前らと戯れてたころが一番平和だったな。……じゃあ、またな』

 疲労と哀愁が漂う背中が去っていく。現実逃避をしにルナに来たはずが、逃避先に現実がいた。こちらの世界も、ルール無用の連中が幅を利かせるようになってしまうのだろうか。フミトが強くあろうとした気持ちが、コージには痛いほど理解できた。




 ハチャメチャな時間に付き合わされたが、お陰でフミトも落ち着いたようで、「ゴメン」とミズキに謝っていた。「ええよ」と笑うミズキからは、レベルでは表せない強さが感じられた。

「あいつらはイワト神殿に行くつってたから、オレらは別のとこ行きましょうか。鉢合わせしたくねえし」

「それは同意だけど、無目的に歩き回るのもつらくないか? 食料補給を兼ねて、いったん掲示板まで戻ってクエストを受注しないか?」

「賛成! お昼食べないとあかんしなあ。ここの屯所の食堂はお昼やってへんのやろ?」

「じゃあ、街に行きますか。ミズキから食いもん遠ざけたら、何されるか分かんねえし……」

「フミト、なんか言うた?」

「な、なんも言ってねえよ」

 傍から見れば仲良く腕を絡めるカップルなのだが、ミズキがフミトの二の腕を潰さんばかりに強く握っているというのが真実だ。フミトが呻いていたが、コージは聞かなかったことにした。


 街に戻って先日と同じビュッフェで腹を満たし(コージの奢り)、フミトの意向で菓子類を、ミズキの意向でスイーツ類を買い込んだ(フミトの奢り)。コージの仲間たちには、怪我や状態異常に備えるという考え方は無いらしかった。

 気分転換が出来たので、掲示板に向かう。サラリーマンやOL、主婦や若者が行き交う中を歩いていると、昔の自分はどこのコミュニティに属していたのだろうと思う。同時に、自分はもう現実の世界のどこのコミュニティにも居場所はないのだろうと感じた。


 掲示板に着いた。だが、いつもの牛丼クエストと散歩クエストくらいしか貼り出されていなかった。タスク湖のヘドロ採取クエストもあったが、見なかったことにした。

 収穫は無かったが、たまたま運が無かったと諦め、三人は北屯所へと戻ることにした。バスに揺られ、何も見えない箱の中で思い思いに揺られる。フミトは態度には出さないが、修二たちの件を引きずっているようだった。その証拠に、いつもより口数が少ないし、どこか憂うつな様子だ。

 一緒に強くなろうな、フミト。



 北屯所へと戻り、街の外へと出た。クエストは何も受注していないが、ハンダ荒地やアラハド草原で少しでも戦闘をしようか。

 そんな相談をしていた三人を、屯所を、世界を、闇が包んだ。



「な、なんや!?」

「いきなり夜になった!?」

 突然のことだった。さっきまで温かい太陽に包まれていたはずの世界が、一寸先も見えないくらいの闇に覆われた。何が起こったのか、分からなかった。


― リヒターン ―


 強い光。思わず腕で目を覆うほど、それはすぐ近くから発せられていた。

「ミズキ!? なんだ、それ」

 光源はミズキだった。ミズキの手のひらから、まばゆい光が発せられていた。

「明るくする魔法使たんよ。暗くてなんも見えやんし」

「便利だな、お前」

「せめて魔法が便利や言うてくれん?」

 こんな時でもこの調子だ。ブレない。おかげで、コージは慌てず落ち着いていられた。

「ミズキ、助かった」

「どういたしまして。せやけど、いったいどうしたんやろ? 突然暗なって」

 そう、真っ暗なのだ。暗雲で世界が覆い隠されてしまったかのように、光が消えてしまったのだ。ただの闇ではなく、そこにいるだけで心が凍っていきそうな、冷たい暗さだった。さっきまで天高く昇っていた太陽は、今はもうどこにも見えない。街中ならまだしも、街灯ひとつない外では全く何も見えない。ミズキがいなければどうなっていたか。

「皆既日食……にしては、暗くなるのが一瞬だったよな」

 太陽がゆっくり欠けていったのではない。まるで太陽が突然無くなってしまったかのような一瞬の暗黒だった。

「フミトには悪いが、これじゃ戦闘どころじゃないぞ」

「ミズキがいなかったら右も左も分からなかったっすもんね。いったん屯所に戻ります?」

「それしかないな。ミズキ、先導してもらえるか?」


 どこからか電子音がした。


「ちょい待ち。通信や」

 電子音はミズキのアームヘルパーから鳴っていた。

「もしもし?」

(カイミルです。ミズキ、いま話せますか?)

 ヴェルナ神殿の大神官カイミルから電話だったようだ。コージも一度、フミトから電話がかかってきたことがある。その時は電子音ではなく、通話をするかどうかのガイドだった。音も出せるのか。

「いま外におんねん。今な、外が真っ暗になってしもて……。街に戻ってからじゃあかん?」

(そのことで話したいのです。街も突然闇に覆われてしまい、みなパニックになっています)

「カイミルさん、コージです。何が起きているのか、ご存じですか?」

(はい。神託がありました。それを伝えたくて、ご連絡したのです)

「神託やて! カイミルさん、どういう内容なん?」

(“蛇の化身たる巫女が目覚め、太陽の化身は鏡の中へとその身を隠す。そして世界は闇に包まれる”――神はそうおっしゃっていました)

「蛇の巫女? 鏡? なんやよう分からへんな……」

「カイミルさん、その神託がどういう意味なのか、分かりますか?」

(順を追って説明します。あなた方はイワト神殿という、いまは誰もいなくなってしまった廃神殿をご存じですか)

「イワト神殿……街の東の果てにあって、マフツノ鏡が納められていると聞いたことがあります」

(よくご存じですね。イワト神殿には神聖なるものと邪悪なるものが同時に祀られています。神聖なるものは、太陽の化身たるアマツテラス。邪悪なるものは蛇の化身たる巫女、生離姦唾螺(なりかんだら)

「神聖な方は分かるけど、なんで悪い奴まで祀ってんすかね」

(巫女の怒りを鎮めるためです)

 三人は目配せをする。まだ誰もカイミルの話を理解できていない。浮かんだ疑問はいったん飲み込み、カイミルの言葉に耳を傾けることにした。


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