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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
守護四天王
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守護四天王 -7-

 風呂を出ると、二人分の甚平が用意されていた。着てみるとサイズぴったりで、風通しがよく、湯上がりのほてった身体には丁度いい。髪を乾かしていると、男性団員が、

『食事の用意、できてますよ! 外に居ますから、準備ができたら食堂に向かいましょう』

と伝えに来てくれた。彼に案内されて到着した食堂は、老舗旅館の大宴会場のような場所で、畳敷きの室内に長い木製のテーブルがいくつも並び、先に晩酌を始めた団員たちで既に宴会状態だった。なんと、舞台まである。

『お、来たね。あんたたち、こっちに来て座んな』

 ミズキと並んで座っていたタケが手を振ってコージ達を招いた。彼女らの向かいに並んで座ると、女性団員がすかさず寄って来て、冷えたビールをコップに注いでくれた。ミズキの元にはオレンジジュースが届けられた。テーブルの上は準備万端とばかりに刺身やおつまみが並んでいる。

『温泉、良かっただろう? 屯所は東西南北とあるけれど、温泉なんて湧いてるのはここだけさ』

「身体の芯まで温まる良いお湯でした」

「肌もすべすべっす! なんか十歳くらい若返った感じがします!」

『あははは! いい若いもんが何言ってんだか! だけど、そう言って貰えて嬉しいよ。さあさ、ぬるくなっちまう前に飲みなよ。もちろん、お代なんて取らないからさ』

「じゃあ、お言葉に甘えて。乾杯」

「乾杯っすー!」

「乾杯!」

 三人はコップを鳴らし、そのまま一気に煽った。コージの喉に心地よい冷たさが流れ、麦の香りが鼻を抜けた。

『いい飲みっぷりだねえ! どんどん飲んどくれ。ミズキちゃんはオレンジでいいのかい?』

「うん。ウチ、お酒苦手やから」

『あいよ。無理して苦手なもん飲むことはないからね。だいたいのメニューは揃ってるから、欲しいものがあったら遠慮なく言っとくれ』

「ありがとうなあ。それなら、卵焼きと唐揚げ食べたいわ」

「飲み物の話だろが……」

 フミトが呆れているが、タケはツボに入ったようで、大笑いしていた。ひとしきり笑うと、指で輪っかを作ってオーケーのサインをし、涙を拭いながら厨房に向かっていった。


「できれば今日のうちに平八さんのところに行きたかったけど、今夜はここに泊まりになりそうだな」

 コージはそう言って、二杯目のビールでゆっくり喉を潤す。平八からの依頼は完了したので、後は報告がてら北屯所に向かって、亀丸から預かった手紙を渡すだけ。急ぎではないが、自分のところで業務フローを止めたくないという、長年の生活で培われた社畜精神が発揮されていたのだった。

「まあ、しゃあないんやない? 明日行けばええやん」

 豪華な刺身の舟盛りを一人で幽霊船に変えたミズキが、焼き鳥の皿を引き寄せて言う。

「脅迫されるばっかだったっすけど、ようやく肩の荷が下りて、最後は温泉にも入れたし。結果オーライっす!」

 あんなに帰りたがっていたのは誰だったのか。相変わらず調子のいい男だ。そこへ、大きな皿を持ったタケが戻ってきた。

『卵焼きと唐揚げ、お待ちどおさま。食べたいものあったら、遠慮なくおっしゃいな』

「ありがとう! うわあ、美味しそうやなあ。いただきます」

 そう言うやいなや、山のように盛られた唐揚げをぱくり。できたてで熱かったのか、口をハフハフさせている。

「美味しい!」

『あははは。いいねえ、その食べっぷり。気に入ったよ。あたしは、男の前でだけおしとやかなフリする女は嫌いでねえ。その点、ミズキは正直で好感が持てるよ』

 正直というか、食に貪欲というか。まあ嫌われるよりは良いか、と思い、出かかった言葉をビールで飲み込んだ。

『お兄さんたちも食べないと、ミズキに全部食われちまうよ』

「慣れてるんで大丈夫です」

 うまそうに食っているミズキから奪うような真似をするのも気が引けるし、最悪、南屯所の食堂でいただいた弁当がある。消費期限を考えずに保存しておけるのは便利だ。それよりも、今日の宿を依頼しておかないと。


「ところで、今夜一晩泊めていただけますか? 夜も更けてしまったので」

『ああ、もちろんさ! というか、最初からそのつもりで布団も準備してるよ。屯所の仕事をしてくれてるんだ、あんた達はもうあたし達の仲間だよ。気にせず泊まっていきな。朝風呂してもいいよ』

「ありがとうございます、助かります」

「朝も風呂いきましょ!」

 フミトは意外にも温泉好きらしい。さっきも子供のようにはしゃいでいた。そこへ、ガラリと戸が開いて、顔にひょっとこの面を、頭に大きなザルを被った何者かが入ってきた。

『お、名物どじょっこすくいが始まるよ!』

「どじょっこすくい?」

 ひょっとこは腰を振りながらトコトコと舞台に上がると、ザルを持ってばっと両手を掲げる。すると、三味線の音が流れだし、それに合わせてひょっとこが躍り出した。袖と裾をたくし上げ、水に入る素振りをしたと思えば、ザルを斜めにさし、脚で水の中のものを追い込む仕草。時折こっちに視線を向ける仕草が妙に面白い。ゆっくり引き上げたザルを確認した後は、またこっちを見てガッツポーズ。『大量だー!』と言っているような素振りだ。ひょこひょこと珍妙な動きをしながら、ザルを揺らしている。腕で額をぬぐう仕草は、『仕事したー!』という感じで、コージは思わず笑ってしまう。まわりの団員たちもゲラゲラと笑っている。ひとしきり躍ったひょっとこは、三味線のクライマックスに合わせて、手を振りながら舞台を下りて行った。

『あー、おかしかった。どじょっこすくい、楽しめたかい?』

「もう腹痛いっす!」

「ほんまや! 笑いすぎて息できひんくらいやったわ」

『客人が来たからって、特別にやってくれたんだよ。あたしも久々に見たわ』

「あの踊ってた人は、今夜のためにわざわざ呼んだん?」

『あはは、違うよ。あれはね……』

『どっこいしょ』

 タケが言い切る前に、誰かがタケの横に座った。それは、ひょっとこの面を被った、どじょっこすくいの演者だった。

「え!? あなたはさっき踊っていた……」

「ひょっとこの人やん!」

『お面付けたまま来たのかい? 驚いてるじゃないか、全く』

 タケが呆れた顔で言う。

『かっかっか。若いのの驚いた顔が見たくてのう』

 聞いたことのある声と口調だった。

「その口調……もしかして」

『かっかっか』

 笑いながらひょっとこの面を外したその顔は。髪も眉も髭も白くなり、人のよさそうな顔つきをした、昔話に出てきそうなおじいさん。

「こ……小平次さん! 小平次さんや!」

 東屯所の副団長、小平次だった。


『どじょっこすくいは小平次さんの持ちネタなんだ。東屯所だけじゃなくて、自警団全体でも一番長く働いてる重鎮のくせに、ああやって率先して盛り上げてくれるんだよ。おかしいだろう?』

『じじいとて、ただ隠居しとってもつまらんからのう。若いのに音頭を取ってもらうのも良いが、何でもかんでも若いもんや新顔に任せるというのは悪弊というものじゃ』

 自由なじいさんだ。だが、そこが彼の魅力のひとつなのだろう。お喋り好きな明るい団員たちが集まるのも頷ける。初めて見た時はヨボヨボして見えたのに、踊っているときは全くそんな様子がなかった。

「あの踊り、可笑しくてみんな笑ってましたよ。面白かったです」

「オレらが来たからって、特別に踊ってくれたんすよね。腹よじれるかと思ったっす」

『ほう、そりゃあ張り切った甲斐があったわい』

 小平次がえびす顔になって徳利の酒を呑んだ。酒が入って赤ら顔になった彼は、気分が良さそうに若者たちと言葉を交わした。

 フミトが食べようとしていた料理をミズキに横取りされ、ぷんすか怒るフミトに、知らん顔で舌鼓を打つミズキ、そしてそんな二人を窘めるコージ。わいわいと騒ぐ三人を見つめる小平次の顔に、どことなく哀傷の色が浮かんでいた。

『どれ。ワシはそろそろ休もうかの。久々に踊ったもんで、疲れが出たわい』

 そう言って食堂を出て行った。タケは何かを察したようだったが、引き止めなかった。

『さすがの小平次さんも、歳には勝てないのかねえ。どれ、締めの茶漬けでも持ってこようかね。食うだろ?』

「もちろんやで!」

『あいよ。お兄さんたちは、食べらんなかったらミズキにあげたらいいさ』

「せやな、大歓迎や」

 タケはにっこり笑って厨房に向かっていった。男たちは意見を挟む隙間がなかった。程なくして届いた茶漬けを美味しくいただき、三人は床に就いた。


 そして、朝が来た。朝風呂に浸かった後は朝食を振る舞われ、しっかりエネルギーをチャージした。

『またいつでも来ておくれ。大歓迎だよ』

 タケに見送られながら、東屯所を後にしたのだった。


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