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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
守護四天王
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守護四天王 -6-

 南屯所を出発した一行は、その足で東屯所へ向かった。バスで向かって到着した頃には、三人の影が長く伸びる時間になっていた。到着した南屯所は、これまでの屯所とはずいぶん違っていた。木造なのは変わらないが、これまで見て来た屯所は学校のような見た目だったり、旗が立っていたり、屯所感がある建物だった。ところが、ここ東屯所は庭つきの和風豪邸といった装いをしていた。

 繊細な石畳が門から続き、左右には風情溢れる枯山水(かれさんすい)庭園が広がる。石垣を覆う苔すら和の美を感じさせ、庭の奥には立派な茶室がある。正面に目を戻せば、いったいどれほどの奥行きがあるのかも想像できないほどの立派な家屋が迎え入れてくれる。屯所というより、大富豪が住む大邸宅だった。


 石畳を歩いていくと、玄関には確かに「自警団東屯所」と書かれた大きな表札が掲げられていた。呼び鈴らしきものが無いので外から声をかけてみるが、反応が無い。

「勝手に入るのも気が引けるな……」

「家政婦や執事がぎょうさんいそうやのに、静かやなあ」

 和を感じられる静かな空間ではあるが、ミズキの言うように静かだ。というより、音がしない。静寂のあまり、自由を拘束されてしまったかのような息苦しさがあった。

「こうしてても仕方ない。入ってみよう」

 コージは静寂を切り裂くように言い、意を決して引き戸を開けた。すると、先程までの静寂が嘘のように、中は喧騒に包まれていた。土間の先はだだっ広い和室の空間が広がっており、着物姿の男女がちゃぶ台囲んで談笑していた。客人たちなのだろうか。そう思っていると、その輪の中にいた藍色の着物姿の女性がこちらに気づいて声をかけてくれた。

『あら? お客様だよ、みんな』

 彼女らの視線が一斉に向けられる。それはそれで委縮してしまうが、無人でなくてよかったとほっとした。

『さあさ、そんなところにいないで、中にあがんなよ』

 靴を脱いで家に上がり、用意してもらった座布団に座った。先ほどの着物の女性が温かいお茶とお茶菓子を出してくれ、向かいに座った。


『あたしはタケってんだ。みんなからはおタケって呼ばれてるよ。よろしくね』

「俺はコージ、そしてフミトとミズキです」

「よろしくっす!」

「よろしくやで」

 挨拶している間も、そこかしこで茶菓子を摘まみながら世間話に花を咲かせている。

『ここの人間は話好きでね。騒々しいけど我慢しとくれ。あたしも世間話したいところだけど、先に要件を聞いとこうかね。誰かに用事だったのかい?』

「はい。こちらの副団長宛てに、北屯所の平八さんから手紙を預かっています。それをお届けに来ました」

『へえ、そうかい。でも、副団長はいま留守でねえ……。悪いけど、夜まで待てるかい?』

「はい」

『悪いねえ。待ってる間、ここで好きに寛いでくれていいからね。御不浄(ごふじょう)(※便所の事)に行きたかったら、廊下の奥だよ』

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」

 足を崩した三人のテーブルに、着物姿の男女がわらわらと集まってきた。三人はいろいろと質問攻めに合い、とにかく話が止まらなかった。まるで本番前の時代劇の楽屋にいるようだが、彼らは立派な団員で、その姿に似合わず戦闘要員ばかりとのことだった。この中で一番強いのがタケだというから驚きだ。

『副団長ほどじゃないけどね。これでも刀の腕には覚えがあるんだ』

 うぬぼれはしないが、卑下もしない。そんな彼女の芯の強さがうかがえる。周りの団員たちも、彼女の実力には一目置いているらしく、誰が強いかの話の時は

『俺らが束になっても、おタケさんには敵わねえよ』

『おタケさんはアタイらの憧れだよ』

と満場一致だった。


 陽が完全に沈んでしまった頃、ガラリと戸が開いた。皺の多い手が見えた。杖を付きながら入ってきたのは、髪も眉も髭も白くなり、人のよさそうな顔つきをした、昔話に出てきそうなおじいさんだった。タケがすぐに立ち上がって出迎えに行った。

『小平次さん、おかえり』

『ああ、ただいま。すっかり遅くなってしもうたわい』

 小上がりに腰かけて草履を脱ぐ背中は、隠居した老人という感じだ。この人が東屯所の副団長か。タケが小平次の杖の汚れを取っている。

『小平次さんにお客さん来てるよ。北の平八さんのお手紙を届けてくれたんだってさ』

『おや、そうなのかい』

『そちらにいらっしゃる方々さ。小平次さんの帰りをずっと待ってくれてたんだよ』

『ほう、そうかそうか。いや、すまんかった』

 腰を曲げながら歩いてくる姿は、どこからどう見ても普通の老人。団員たちは荷物を持ったり身体を支えたり座布団を出したりと、甲斐甲斐しく世話をしている。平八や虎松のような威圧感は全くない。


『どっこいしょ。待たせたの。平八が手紙をよこしたとか』

「はい。これです」

 座布団に胡坐をかいて座った小平次に、預かった手紙を渡す。他の三人と同様にその場で封を切って読み始めた。もう分かり切った展開なので、誰もツッコまなかった。

『なるほどのう』

『平八さん、何だって?』

 タケが問うが、小平次は髭をさするだけで何も答えない。

「もしかして、ウチらがおったら話せない内容なんとちゃう?」

『まあ、そうじゃなあ。聞いてもよいが、そうなると旅人を辞めてワシらの仲間になってもらう他ないのう』

「もし、もしっすよ? 仲間になるのを断ったら……?」

『おタケ、刀を持てい』

「おいとましましょ! そうしましょ!」

 急いで帰り支度を始めたフミトを見て、小平次はかっかっかと笑っている。

『冗談じゃよ。半分はな』

 半分は本当ということだ。どの部分が本当なのかで、このあとの未来が変わりそうだ。


『まあ、客人に聞かせる話でもない。どうかな、風呂にでも入って来られては。ここには温泉もあるぞ』

「いや~悪いっすよ! 用は済んだし、帰りませんか……?」

 一秒でも長くいたくなさそうだ。

『おタケ、刀を持てい』

「風呂入りましょ! そうしましょ!」

 もはやコントだ。小平次もタケも大笑いしている。

『その辺にしときなよ、小平次さん。手紙を持ってきてくれたお客さんを脅してどうすんだい』

『かっかっか。若いもんと戯れるのが楽しくてのう』

『限度ってもんがあるだろうに。手紙の話はもう終わり! ごめんね、あんたたち。お詫びに夕餉(ゆうげ)を振る舞うから、許しておくれ。準備するから、お風呂いっといで』

「二人とも、ご飯やて!」

「お前はさんざん食ってるだろ……。どうします?」

 諦めたような目でコージに尋ねる。食い物で吊られたらミズキはテコでも動かなそうだし、タケは既に準備をしに行ってしまったし、男たちの抵抗は無意味そうな状況だ。

「……風呂でも行くか」

「はあ……了解っす」

 仲良く裸の付き合いをすることにした。




 大浴場も老舗旅館のような赴きある造りになっており、男が十人くらい並んだとしてもゆったり脚を伸ばせるほど広い。奥には露天風呂もある。温泉があるというのは事実だったようで、露天風呂の湯は、ただの水を沸かした風呂とは比べ物にならないくらい滑らかで柔らかい。硫黄のような匂いはせず、ほんのりと心地よい湯気が鼻腔を湿らす。湯につかっている腕や脚をさすれば肌がすべすべで、湯を肩にかければ熱が広がって疲労が溶けていくようだった。

「はあー。ろくでもないのが多かったけど、風呂は最高っすね」

「その悪口、聞かれてても知らないぞ」

「げっ」と言ってキョロキョロとするが、どうやら誰もいないようだ。ほっとしたフミトが口まで湯に浸かってぶくぶくと泡を立てる。行儀が悪いが、禍の元となる口が塞がるなら、これで良いのかもしれない。


「これ、付けてきちゃったけど、大丈夫だよな」

 左腕のアームヘルパーを見る。服は脱げるのに、アームヘルパーは外そうとしても外せなかった。だから、仕方なく装着したまま風呂に浸かることにしたのだ。仮想現実の中なのだから大丈夫だろうと、フミトがためらいなくお湯にダイブしたが何ともなかったので、抵抗はあったがコージも湯に浸かった。とは言っても、おっかなびっくりという感じで、なるべく左腕は湯につけないようにしていた。

「だいじょーぶっす! だって、ここルナん中っすよ? 防水加工くらいしてるっしょ!」

「そういう心配をしてるわけじゃないんだが……」

 ピントがずれた回答が返ってきて脱力し、コージはもう気にするのをやめた。仮にアームヘルパーが故障して現実に戻れなくなったところで、困りはしない。現実に戻ったところで、何の得も無いのだから。美味い飯が食えて、温泉に浸かれて、仲間がいるルナ。常に将来に悩まされ、贅沢ができず、孤独な闘いばかりの現実。どちらに居たいかなど、考えるまでもない。

「いい湯だな」

 左腕を除けば、何の違和感もなく温泉を楽しめる。それなら、今を楽しもう。コージは両手で掬った湯で顔を洗った。くたびれた肌に潤いが戻るような感触がした。


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