守護四天王 -3-
『逃げなかったんだね、偉い』
コージはルミナティソードを取り出した。夕陽を含んだガーネットが怪しく光った。
『なるほどなあ』
「……何が?」
『ううん、こっちの話。それより、始めよう。どこからでもどうぞ』
長槍の柄を地面に差し、仁王立ちする。構えてもいないのに、どこから攻めていいのか分からない。赤が眩しい。……眩しい赤をぶつければ、相手の虚を突ける。
「そんなに赤が好きなら!」
― 火炎剣 ―
炎を纏ったルミナティソードを振り、熱と斬撃を食らわせる。虎松の腹を目指した剣は、しかし長槍の先で受け止められた。コージは両手で剣を握っているのに対し、虎松は右手のみ。左手は仁王立ちしたときのままの状態だ。小柄な体躯のどこにこんな力があるのか。
『足元がお留守だよ』
ルミナティソードをいなし、長槍を振って柄の方でコージを足払いした。
「うわ!?」
『ほら、のんびりしてると穴が空いちゃうよ』
倒れたコージに追い打ちをかけ、下段に構えた槍で何度も突いてくる。コージは転がって何とか避ける。格好は悪いが、そんなことは言っていられない。虎松が追撃を止めたところで、急いで立ち上がる。
「あの野郎、遊んでやがる……」
フミトが唸る。虎松は息一つ乱れていないのに対して、コージの方は本気で戦っていて息が切れている。圧倒的な実力の差だ。
『もう終わりかな? もうちょっと粘ろうよ』
「……」
返事をする余裕もなさそうだ。それでも、コージは諦めていない。コージは構えた。
『お?』
― 瞬斬剣 ―
コージの姿が消えた。二人の戦いを見ていた兵たちが『消えた!?』『一体どこへ!?』と口々に叫んでいる。一瞬で距離を詰めたコージは、虎松に斬撃を繰り出す。虎松は防御態勢を取っていない。これなら。
『惜しい!』
コージの剣は虎松に届くことなく、空振りとなった。そして、コージの腹には槍の柄がめり込んでいた。
『速いけど、速度を逆に利用されたら、自分が致命傷を負っちゃうよ。気を付けてね』
虎松の声が耳を抜けたのが合図だったかのように、コージはバタリと倒れた。
「コージ!」
「コージさん!」
ミズキたちが駆け寄ってくる。フミトが抱き起こすが、完全に気を失っている。
「コージ! いま回復すんで! フミト、コージを寝かせて!」
「あ、ああ……」
横になったコージに手を当て、ミズキは回復術をかけようとした。そこへ虎松が並んでミズキを横にやる。
「お、お前! どういうつもりだ!?」
『回復するつもりだけど? 僕が気絶させたわけだし』
― クラル ―
虎松が呪文を唱えると、コージが温かく柔らかい白い光に包まれた。そしてそれはすぐに収まり、コージは目を覚ました。
「コージさん!」
フミトが背中を支えて上体を起こす。コージは一瞬目が回ったようだったが、戦いの怪我や疲労は無くなっていた。
「コテンパンにやられちまったな」
『君は結構すごい方だと思うよ? 僕の部下たちで、あそこまで戦えるひとはそんなにいないから。僕を相手に一分持たなくて、訓練にならないんだよ。面倒な書類整理をやった後は、身体をしっかり動かしたくなるのに。本当はもっと戦って、もっと強くなりたいんだけどなあ。でも戦い以外もやらないと怒られるし』
強すぎるが故の悩み、か。若くして副団長という立場になり、純粋に力を追い求めるだけでは済まなくなった。専門的なスキルを伸ばしていきたいのに、マネジメントを任されるような、キャリアの方向性の違いからくる悩みのようなものがこんなところでもあったのだ。
「それより、虎松さん回復術使えるん? クラルは体力を小回復する呪文やけど、回復量は術者の力量に依存するやん? あんた、神官のウチよりしっかりした回復しとったで」
『ああ、うん。僕は小さい頃に神殿で匿ってもらってたこともあるから。その時に覚えたんだ』
「匿ってもろてたって?」
『僕が生まれてすぐの頃に父が死んで、親戚のところを転々としてたんだ。良くは知らないけど、うちの血筋を根絶やしにしたいって考えてる奴がいたんだって。そいつが親戚のところを嗅ぎつけてやって来た時に、僕を逃がして神殿で匿うように手配してくれたんだ。親戚はみんな死んじゃったけど』
軽い言動をすると思っていた彼に、そんな壮絶な過去があったとは。
『昔は怯えて過ごしてたよ。ついに匿って貰っていた神殿にまで奴らがやってきて、もうだめだって思った時、団長が現れて、そいつら全員切り伏せてくれたんだ。それから、僕は団長に拾って貰った』
兜を取り、青年の顔になった虎松が笑う。
『団長みたいになりたい。その思いで、僕は強くなれたんだ。僕は団長のためなら、全力で戦う。返しきれない恩義があるからね』
「どうりで強いわけだ」
コージが手を差し出す。虎松は一瞬驚いた顔を見せたが、元通りの笑顔に戻って、その手を握る。
「俺はコージだ」
『コージ! よろしく。また戦おうね』
「そういや、ウチら名乗ってなかったなあ。ウチはミズキやで。よろしゅうな」
「オレはフミトだ」
『二人とも、よろしくね。もう夜になるし、よかったら今夜は泊まっていきなよ。歓迎するよ』
「せっかくだし、お言葉に甘えるか」
「ウチも賛成や。ご飯も出るやろ?」
「お前、昼間あんだけ食っただろうが」
『豪華ではないけど、ひもじい思いをしないようにご飯の量だけはたくさんあるから、遠慮しないで食べて行きなよ』
ミズキがルンルンでフミトの腕を引っ張っていく。フミトはあたふたしながら引っ張られていく。その後を、沈みかけの朱色の太陽を背にしながら、剣と槍を交えた二人が影を並べて歩いていくのだった。
『見事な食べっぷりだねえ』
ミズキが三回目のおかわりをしたあとの虎松の感想だ。くすくすと笑ってはいるが、冷ややかな目をしているわけでも驚いているわけでもなく、むしろたくさん食べてくれて嬉しそうですらある。彼の言っていたとおり、豪華とはいえないが、煮物や焼き魚などのおふくろの味がいくつも並び、ご飯はふっくらとしてつやつやと光っている。ミズキには負けるが、コージもフミトもいつもより箸が進んでいた。
「ホテルビュッフェもいいけど、ここのご飯もおいしいなあ。この肉じゃがなんてウチのために作ってくれたんかと思うくらいに絶品や。ご飯が進まん方がおかしいで」
『そう言ってくれると、食堂のおばちゃんも喜ぶよ。腕によりをかけて作ってくれたらしいから』
「ほんとうめえ! 北屯所のオヤジにも見習ってほしいくらいっすよ」
「あっちの食堂も別にまずくはないけど、こっちの料理は懐かしい味がして好きだな」
そこへ、食堂のおばちゃんが、ミズキのおかわりのご飯を大盛にして運んできた。
『お待ちどおさま。たくさん食べてくれて嬉しいわ。いっぱい召し上がっていってね』
「ありがとう。もちろんや、こんなにおいしかったら、止めたくても止まらへん」
そう言って肉じゃがの残り汁をご飯にかけて豪快にかきこんだ。おばちゃんはミズキの食べっぷりを見て、くすくすと笑いながら台所に戻っていった。
『明日の朝食は君たちの分も用意するようにお願いしておいたから、朝もしっかり食べていくといいよ』
「何から何までありがたい」
『稽古に付き合ってくれたお礼だよ。遠慮しないで』
「遠慮したくてもできひんかもしれん」
四回目のおかわりに突入。他の団員たちが若干引いていた。
『こりゃ食費が大変そうだねえ』
「戦々恐々としてるよ」
クリーチャーを倒しまくったりクエストをこなしまくったりして稼ぎまくるしかないな。もしくは買い食いを節制して自分たちで作るか、ミズキだけ毎日ビュッフェに行かせるか。
そんなことを考えていると、虎松と数人の団員の顔つきが変わった。
『天井にひとつ、庭にふたつ。いけ』
虎松が指示した直後、五名の団員が立ち上がって武器をとり、二名が残って天井を睨み、三名は庭に向かっていった。残った二名は長槍を天井に突き刺した。すると、くぐもった声と激しく暴れる音がした。団員の一人は動かず、もう一人が槍を引き抜いて刺してを数回繰り返した。槍に濃い赤色の液体が伝っていた。やがて、暴れる音はしなくなった。
「ひっ!?」
ミズキが小さく悲鳴をあげた。虎松は気にする様子もなく、お猪口の酒をぐいっと煽った。
「こ、これはいったい……?」
『お疲れ様。庭の方はどうかな』
虎松はコージの質問には答えず、庭に目を向けた。コージ達三人はただただ混乱するばかりで、何が起きたか分からない。
『落ち着いて。この屯所を探らんと忍び込んだ不届き者に制裁を与えているだけだ』
別の団員がコージ達に歩み寄り、耳打ちしてきた。全く気配が無かった。
「偵察!? 屯所にですか!?」
『ああ。屯所には機密情報が多いからな。忍がたびたびやってくる。虎松殿は守護四天王の中で最も若いゆえ、ここ西屯所ばかりが狙われておる』
若い大将が率いる集団なら仕事がしやすいだろうと、なめてかかっているということか。
『それが裏目であるとも知らずにな。若くして副団長となったからには、それだけの理由がある。虎松殿は槍術の腕ばかりに目が行きがちだが、最も得意とするのは敵の存在を察知すること。どれだけ気配を殺そうと、虎松殿の前では偵察は意味をなさぬのだ』
庭に向かった三人の団員が戻ってきた。ひとつの亡骸と、ひとつの捕虜を連れて。捕虜は顔が血だらけで、脚は折れ、半殺し以上の状態だ。
『ご苦労様。きちんと調べたんだよね?』
『もちろんです。身に付けていた武器も、隠し持っていた毒も奪いました』
『口の中は?』
『は……? 口の中、ですか』
ぐったりしていた捕虜が目をカッと開き、口を大きく開けたと思うと、強く歯を打ち鳴らした。ゴクリと何かを飲み込んだ捕虜は、急に苦しみだし、拘束していられないほど激しく暴れた。十数秒程その状態が続いたが、やがて動かなくなった。白目をむき、口からは泡を吹いていた。
『自決されちゃったね』
虎松がゆらりと立ち上がった。捕虜を捉えていた団員がびくりとする。
『歯に毒を仕込んでいたんだろうね。身体は拘束されても、口さえ動かせれば服毒できるからね』
亡骸を見やり、団員に歩み寄る。団員はぶるぶると震えている。そして、恐怖に顔を引きつらせている団員の目の前に立った。
『おしおきが必要だね』
空気が揺れたかと思った刹那、虎松の膝蹴りが団員の腹に炸裂していた。団員はたまらず膝をつき、うずくまった。
『捕虜に自決されるような馬鹿は視界に入ってほしくないね』
冷ややかな視線を向け、虎松は冷たく言い放った。そして、そのまま食堂を出て行ってしまった。うずくまった団員は、他の団員たちに抱えられて出て行った。
「なんか、えらいことになっちまったな……」
「さすがのウチも、この状況じゃご飯がノド通らへんわ」
『騒がしくしてすまなかったね。今日はもう休むといい。布団はもう客間に敷かせてあるから』
先程耳打ちしてくれた団員が傍に寄ってきて伝えてくれた。うまい料理に舌鼓を打って楽しくすごしていた食堂が、血なまぐさい殺人現場に変わってしまっては、そこに長居したいはずもない。コージたちは彼の助言に従い、客間で休ませてもらうことにした。
翌朝。起床したコージ達一行は、恐る恐る食堂の戸を開いてみた。昨日の一件など無かったかのように、元通りになっていた。天井や床の血の染みも消えていた。
『やあ、おはよう』
虎松が先に食事をしていた。
「おはよう」
「おはよっす」
「おはよう、起きるん早いなあ」
『ああ、この後出かけないといけなくてね。君たちはゆっくり食事していきなよ』
一行は昨日と同じ場所に座った。ほどなくして、食堂のおばちゃんが朝食を運んできてくれた。厚焼き玉子に、脂ののった焼鮭、冷奴に切り干し大根の煮物もある。温かいご飯も大根の味噌汁もおばちゃんの愛情がたっぷり込められているのが分かる。
『昨日は嫌な事があったらしいけど、気分を落とさないでね。少しでもいいから、食べて行ってちょうだいね』
「心配してくれてありがとうなあ。しっかりいただいていくから、安心してや」
「お前はちょっと遠慮しろっての」
『何だか夫婦みたいだね、あなた達』
おばちゃんは笑いながら去っていった。
『さてと。それじゃあ、僕はそろそろ行こうかな。またね』
虎松は席を立った。去り際こそ笑顔を向けていたが、背を向けた瞬間にコージと闘ったときと同じ殺気を纏った。
「ごちそうさま」
「ミズキ食うの早っ!」
「二人とも遅いで。もてなしてもろたんやから、見送りくらいせんと」
おかわりしない代わりに爆速で食べ終わったミズキが駆けていく。対して男たちは半分も食べていない。慌ててかき込んで無理やり飲み込み、後を追った。
稽古部屋は朝から訓練に励む団員たちでいっぱいだった。昨晩、虎松から叱責された団員もそこにいた。
「ここにいたら邪魔になるで。外に出て待とうや」
ミズキに同意し、派手な旗が並ぶ外へと出た。赤い鎧を纏った団員たちが、馬を並べて待機していた。
「虎松も赤い鎧だったよな」
「鎧どころか、兜も槍も全部真っ赤だったっすよ。大将が目立つのはまだいいとして、部下まで同じ色なんすね」
『その方が団結力が上がるからね』
いつの間にか背後に居た虎松が答えてくれた。この二日で何度も背後を取られたが、何度目であっても慣れない。声をかけられると心臓が跳ねる思いをする。
『お見送りありがとう。機会があったら、また来てよ。じゃあね』
抱えていた角付きの赤兜をかぶり、馬に跨る。部下たちもそれに倣う。西屯所の精鋭たちは、虎松を先頭に馬を走らせていった。目立つ装いの彼らだが、逆に言えばそれは自信の表れであり、武勇に秀でた部隊であると印象付けられる。お陰で無用な戦いを避けることができる。
赤い装備と角の生えた兜という姿で先陣を切って長槍を振り回す虎松のことを、敵味方問わずに”赤鬼”と呼び、その強さに尊敬しつつも恐れているのだった。




