表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
クエスト
5/68

クエスト -1-

 楽しんでねと言われても、どうしたものか。慌ただしさが引いて、ぽつんと一人。いつもの自室にいるだけなのに、静けさが何とも物悲しく、イベントが終わってしまった後の会場に立った時のような虚無感に襲われる。

 テレビを付けてみた。いつものバラエティ番組――ではなく、コージ同様に左腕にアームヘルパーを装着し、その手にマイクを持った女性が映っていた。タレントなのかアナウンサーなのか分からないが、少なくともコージは見たことが無い人だ。

 ボリュームを上げる。画面の中の女性は走り出し、道の先の何かを指さした。


『あそこにいました! 依頼のあったワンちゃんです!』


 赤い首輪を付けた柴犬が、電柱の裏に隠れるように座っていた。怯える犬に構わず、彼女は犬の頭を撫でてカメラに向き直った。


『あとは、このワンちゃんを飼い主のところに送り届ければ、クエスト達成です! さ、早く行きましょ! さ、一緒に帰るよ、フォロー!』


 怯えていた犬が立ち上がり、彼女の後ろをピタリと付いて歩き出した。首輪にリードなど付けてはいないのに、まるで散歩でもしているような歩き方だ。


『ペット探しの依頼で、ペットを見つけたら、すかさずフォロー! この言葉を言わないと、せっかく見つけても逃げられちゃうかもしれないので、忘れずに言いましょうねー!』


 機械的に追ってくる犬をたまに振り返りながら、彼女はマイク片手に実況する。どうやら、クエストの説明をしているようだ。

 ベッドも、机も、テレビも、冷蔵庫も、家具の位置が全ていつも通りの自分の部屋。そんな中で、いつも通りでないテレビ番組の内容。現実と夢が巧妙に入り混じった世界の、唯一の特異点となったテレビの中を、コージは不思議な感情で眺めていた。

 やがてテレビの女性は犬の飼い主のところに到着したようで、声をかけている場面になった。和風の邸宅前に立ち尽くす壮年の女性が、オーバーなリアクションをして言う。


『まあまあ、シーバちゃん! 心配したのよ! 帰ってきてくれてよかったわあ。見つけてくれてありがとうね。お礼はすぐお送りするわね。さあ、シーバちゃん、ご飯にしましょう!』


 壮年の女性は犬と共に自宅に入っていった。再びカメラ目線になったマイクの彼女は、アームヘルパーを操作しながら言う。


『はい、クエスト達成です! 達成したらすぐルナペイにチャージされるので、プロフィールを見てみましょう!』


 空中のメニューを操作し、プロフィールを開くと、所持金の部分が「¥3,000」となっていた。


『先程のクエストで3,000円がチャージされました! 人助けができて、お金も稼げて、もうサイコーですね! では、私は稼いだお金で、ちょっぴり贅沢なランチをしてこようと思いまーす! それではバイバーイ!』


 画面が真っ暗になった。決められた内容――クエストの説明についてだけ見せたら、勝手に電源が落ちたようだ。町人に話しかけても同じ発言しか返ってこないのはゲームあるあるだが、それのテレビバージョンということらしい。

 あまりにも現実世界とリンクしているので、逆にどう動いていいのか分からなかったが、探してみればこうやってゲームを進めるヒントは隠れているのかもしれない。とりあえず家に居ても始まらない。コージは外に出てみることにした。


 家の外は、何のことはない、いつも通りの街並みが広がっていた。本当に現実世界から離れているのかと、何度目か分からない自問をし、アームヘルパーに触れては、ルナの中にいるのだと自答した。現実世界を忠実に再現したルナの技術に、これまた何度目か分からない感嘆の息をもらした。

 アパートの通りを少し進んだ先の角にあるコンビニ、三軒先のハンバーガーショップ、通りを歩く人、どれをとっても違和感がない。すれ違った大学生風の男子二人組の会話も、何気ないものだ。

 いつも通り過ぎて、クエストがどこに転がっているのか分からない。テレビの内容から察するに、街中の困っている人を見つけて、解決してあげればクエスト達成、そして謝礼という形で見返りがあるのだろう。その困っている人は、どうやって見つければ良いのか。できればそこまで教えてほしかった。


 しばらく道を歩いていると、街の掲示板がある辺りに数人がいて、頭の上に吹き出しが浮かんでいる。吹き出しの中は「…」となっていて、いかにも話しかけろと言わんばかりだ。ゲームで言えば、シナリオを進めるヒントをくれる存在であることをプレイヤーに知らせる目印だ。コージはしめたとばかりに、彼らに話しかける。


『掲示板には、時々クエストが貼り出されるんだ。注意して見といた方がいいぜ』


『クエストはいくつでも同時に受けられるのよ。もし、何を受注しているのか分からなくなったら、メニューのクエストを見ればいいわ。ちなみに、複数のクエストのうちメインで進行しているものをメインクエスト、それ以外のものをサブクエストと言うのよ。メインクエストを変更したかったら、メニューから操作できるわ』


『クエストを受けていると、次に何をしたらいいか分かるようにガイドが出るんだ。複数のクエストを受けている場合は、メインクエストしかガイドは出ないから注意してね』


『掲示板のクエストをこなしてくと、たまにレアなクエストを受けられるらしいよ。レアなクエストは掲示板には掲載されないんだけど、じゃあどうやって受注したらいいんだろう……?』


『クエストは人助けするものと、戦闘が必要になるものがあるのよ。人助けの方は、必要なものを調達して届けてあげたり、探しているものを見つけてあげたりする依頼よ。戦闘の方は、この世界に存在する”クリーチャー”と呼ばれる敵を倒す依頼よ。すごく強い敵もいるから、最初のうちは人助けしてレベルを上げるのがお勧めよ』


 予想通り、有益な情報が得られた。クエストの基礎知識としては、今の話を覚えていればよさそうだ。

 そして、現実そっくりのこの世界に、やっと非現実的なワードが現れた。”クリーチャー”――RPGでいう魔物やモンスターのことだろう。コージは、子供の頃に初めてゲームをプレイした時のような胸の高鳴りを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ