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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
神官を追って
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神官を追って -7-

「コージさん!」

「だい、じょうぶだ」

 フミトが駆け寄ってコージの肩を支える。フミトの矢に貫かれたが、後ろに弾き飛ばされた以外は特にダメージは無いようだった。

「半分は賭けだったけど、思ったとおり、味方からの攻撃は当たってもダメージにはならないみたいだ」

「よかったっす……。コージさんのことだから、何か考えがあるだろうとは思ったけど、さすがにヒヤヒヤしたっすよ」

 鬼婆には攻撃がこれ以上なく効いているようで、仰向けに倒れたままだ。反撃してくる様子もない。緊張を解いた二人だが、背後から物音がした。振り返った先には。

「あれ、ウチ……。ここは……?」

 石にされていたミズキの石化が解け、起き上がってキョトンとしていた。


「せや! お婆ちゃん!!」

 急に起き上がったと思えば、眩暈を起こしたようにふらついた。フミトが慌てて走り寄って身体を支えた。

「おい、無理すんな。お前、今まで石にされてたんだ」

「あなた、誰……? それより、お婆ちゃんはどこ?」

「お婆ちゃん?」

 キョロキョロと見まわし、そして、驚愕の表情を浮かべた。

「お婆ちゃん!!」

 フミトを半ば突き飛ばす勢いで走り出し、駆け寄った。

 ――仰向けに倒れている鬼婆のもとに。

「しっかりしいや、お婆ちゃん! お婆ちゃん!」

『まったく……最後まで、姦しい……小娘だねぇ』

 虫の息の鬼婆が呟く。その声に邪気はなく、それどころか温かみさえ感じた。仕えた家の姫と接していた頃のように、温かい眼差しをミズキに向けている。この状況が理解できないのは、さっきまで戦闘を繰り広げたコージ達二人だ。


「どういうことだ……?」

 ミズキは涙を零しながら鬼婆に抱き着いている。自分を石に変えた相手である敵に。潤んだ目をコージ達に向けて、ミズキは言う。

「あなたたちがお婆ちゃんを……?」

『そこにいる、若造たちを、恨むんじゃ……ないよ』

 ミズキに応えたのは、鬼婆。力なく上げた手で、ミズキの頬を撫でる。

『儂が、こうするよう、仕向けたんじゃ。これが、最善だから……な』

「そんな、ウチが絶対何とかする言うたやないの!」

『何日も、飲まず、食わずで、倒れたくせ……よく言うわ』

「まさか、それでウチを石に……?」

『そう、だ。石になれば、餓死することは、ないからな』

「お婆ちゃん……」

 頬にあてられた鬼婆の手を握り、大粒の涙を老婆に落とす。ミズキにほほ笑むその顔は、鬼婆などではなく、優しい乳母としての顔だった。ぐぅ、と唸った老婆を見て、ミズキの握る手の力がより強くなる。


『これで、いいんじゃ。儂は、もとより、そのつもり、じゃった。どこかで、終わらせねば……ならぬ。儂が、いつまでも……この世にいては、ならぬのじゃ。永遠の孤独も……ようやく終いじゃ』

「いや、いや……! お婆ちゃん……」

 自分の手を握って嗚咽するミズキを優しく見やると、眼差しをコージ達に向ける。さらに細くなった声で懇願する。

『この子に、水と、飯を、与えて……おくれ。たの、む』

「……わかった」

 コージの返事に安心したように瞬きをすると。

『謝罪は、不要じゃ』

 コージの心を見透かしたようにそう言った。そして、自分のために涙を流しているミズキに、また優しい眼差しを向ける。

『彼らと、ともに……お行き。最後に、お前の……温かみに、触れられて、よかった』

 老婆は目を閉じた。ミズキの手から、老婆の手が落ちていった。


「お婆ちゃん……。お婆ちゃん……! うう……。あああ……」

 鼓動を止めた老婆の胸に、ミズキは泣き崩れた。全身を震わせて、老婆のために頬を濡らした。コージはそっと両手を合わせ、フミトもそれに倣った。コージは過去の自分と重ね、せめて彼女の死後が穏やかであることを祈った。

 老婆が淡い光になり、ミズキとの別れを惜しむようにゆっくりと消えて行った。空気の読めない「戦闘に勝利した!」のガイドの後、ドロップアイテムがフミトのアームヘルパーに吸い込まれていった。



 コージ達はミズキが落ち着くのを待って、持っていた水と食料を渡した。ミズキの状態も、決して健康体というわけではないのだ。受け取ったミズキは、まず水をグビグビと飲み干した。そして、フミトから貰ったお菓子の袋を開け、ムシャムシャバリバリともの凄い勢いで食べ進めていった。ミズキが一通り食べ終わる頃には、二人が持っていた食料はほぼ尽きてしまった。

「すげえ食うな、お前」

 さすがのフミトも呆れ顔だ。さっきまで泣きじゃくっていたミズキは、二本目の水を飲み干してぷはあと息をついたところだった。

「そんなん言うたかて、水も食料も尽きてしもて、喉はカラカラ、お腹はペコペコやってんもん。生き返ったわあ、ありがとう」

「いくつか聞いてもいいか?」

 ミズキは、ええよ、とほほ笑む。

「まず、ここに来た後、何をしていたんだ? 解けそうな封印を、もう一度かけ直すために来たんだよな?」

「せやで。だけど、ウチが来た時にはもう、封印は解けてしもうてた。お婆ちゃん、棺の前で泣いとったで」

「泣いていた?」

「ウチも訳が分からんで、何で泣いとるん、て訊いたんや」

 危険な相手と聞かされていただろうに、なかなか無謀なことをする。


「お婆ちゃんな、昔のことをずっと後悔してて、呪いを解きたい言うてた」

「呪い?」

「お婆ちゃんの封印な、弱くなるたびに術をかけ直しされててんけど、お婆ちゃんにとっては長い長い孤独の繰り返しやねん。封印されてる間も意識はあって、何もできずに棺の中にいるしかできんもん。呪いかけられてるみたいなもんやで」

 話を聞いていると、開いたままの棺がずいぶん空虚なものに感じられた。

「お婆ちゃん、もし封印が解けて身体の自由が戻ったら、死ぬつもりやってん」

 コージもフミトも、これには反応せざるを得なかった。死に際の鬼婆とミズキの会話から、初めから殺されるつもりだったのだと、薄々は感じていた。知らぬ間に利用されていたのだ。だが、ミズキが守ろうとしていた相手を殺してしまったことに変わりはない。二人は後ろめたさを抱えていた。

「いずれ街にいって、あまり被害が出ないように暴れて、誰かに退治してもらうつもりやったらしいわ」

「被害が出ないようにって。街を火の海にしてやるとか言ってたが……」

「たぶん嘘やで、それ。そうでも言わんと、本気で戦わんかったやろ?」

「奴の掌の上で良いように転がされてたってことか」

「年の功やねえ」


 ここで、ずっと黙っていたフミトが口を開いた。

「オレ達の事、責めないのか?」

「責める? なんで?」

「だって、理由はどうあれ、命を奪っちまったわけだし」

 最終的に鬼婆を葬ったのはフミトの放った攻撃だ。コージよりもさらに責任を感じていた。叱責されても、ひっぱたかれても仕方が無いと覚悟した顔をしていた。だが、ミズキの答えは全く違った。

「責めるわけないやん。お婆ちゃん最後に言うてたやろ? あんた達を恨むなって。だから、責めたりせえへんよ。むしろ、御礼言わなあかん。お婆ちゃんを助けてくれたんやから」

「助けたって……。オレは命を奪っただけで……」

「お婆ちゃんにとっては、それが救いやったんやって。お婆ちゃんにとって、呪いを解く唯一の方法が、退治されることやってん。ウチは、お婆ちゃんがそんなことせんでも助かる道を探そうとしたんやけど、結局何もできひんで、そのうち自分が倒れてもうて、逆に介抱されてしもた。介抱いうても、石にして時間を止めただけやけどね。やってくれるわあ、お婆ちゃん」

 ころころと笑って、フミトに笑顔を向ける。恨みも憎しみもない、素直な表情だった。

「せやから、ウチは二人に感謝してる。お婆ちゃんを助けてくれて、ありがとう」

 少し顔を赤らめたフミトが、照れ隠しのように頬を掻き、何も言わずに頷いた。本音を伝えてくれただけだろうが、仮に嘘だったとしても、ミズキの言葉でフミトの心は救われたに違いない。


 事情を一通り聞いて、コージには腑に落ちる点があった。鬼婆との戦闘中、どこか違和感を覚えていた。それが何かはっきりしたのだ。通常、クリーチャーと戦闘する場合は「クリーチャーが現れた!」というガイドが出る。草原の主キョトーオとの戦闘時など、ひときわ目立つガイドが表示された。それが、鬼婆の時は出なかった。おそらく、鬼婆には戦闘の意志が無かったのだ。抵抗する素振りは見せたが、もともと退治されるつもりだったのだから。

「そういや、これ。鬼婆に勝ったときにドロップしたんだけど」

 そう言ってフミトが取り出したのは、髪飾り。詳しく見てみると、単に防御力を上げるだけではなく、スキル持ちの装備だった。


――――――――――――――――――――

老婆の髪飾り

スキル:アンチサイレンス

失声状態を防ぐ

――――――――――――――――――――


 失声状態というのを初めて見たが、後で調べてみたところ、その名の通り声が出なくなる状態異常のことだった。これが影響するのは魔導士や神官で、その職業の人が術を使う場合は呪文を唱える必要がある。だが、失声状態だと声が出せないため、呪文を唱えられなくなる。つまりは魔法を使えなくなるのだ。ミズキにもってこいの装備だった。


「これ、お前が使えよ」

 フミトはミズキの手に髪飾りを置いた。

「貰ってええん? これ、あんたが手に入れたアイテムやろ?」

「いいよ。髪飾りなんて持ってたってオレは使わねーし。お前が持ってるほうが、婆ちゃんも喜ぶんじゃねーか?」

「……ありがとう。大事に使うわ」

「いいとこあるじゃないか、フミト」

「べ、別に……! オレが髪飾りなんてしてても、似合わねーっしょ!」

 照れてる。褒められ慣れてない奴を褒めるとこうなるのが、少し楽しく感じているコージだった。コージはコージで、身に付けていた腕輪を外してミズキに手渡す。

「これも受け取ってくれ。とりあえず俺が借りて装備してたけど、もともとはミズキに渡すようにカイミルさんから頼まれたものなんだ。だから、ミズキが付けてくれ」

「ありがとう! なんや照れるなあ。男の人から同時にプレゼントを貰ったことなんて無いから」

 少なくともコージの方は、もともとミズキのものになるはずだった装備を借りていただけなので、プレゼントではないのだが。喜んでいるところに水を差すのも悪いかと思って何も言わないでおいた。ミズキは受け取った髪飾りと腕輪をさっそく装備してみせた。

「えへへ。似合うかな」

「に、似合ってんじゃ、ねーかな」

「ありがとう。フミトは優しいなあ」

 何だかミズキに遊ばれているような気もするが、フミトは満更でもなさそうだ。


「さあてと」

 そう言って立ち上がったミズキは、祭壇に向かって歩き出す。

「何するんだ?」

「ここにあるイオツミスマルっていう勾玉を持っていくんよ。封印に使うてたんやけど、もう封印の必要無くなったし」

「イオツミスマル……!」


 萬屋の店主コテツから依頼された、手に入れるべき三つの宝のうちの一つ。まさかここで登場するとは。


「突然こんなこと言うのは不躾だってのは分かってるんだけど、俺が貰うことってできるかな? それを求めてる人がいて」

「これは大事なもんらしいからなあ……。カイミルさんに聞いてみんと。ウチじゃ判断できひん」

 神殿に戻り、カイミルに確認するまではこの件は保留になった。何らかの方法でカイミルに承諾してもらわねば。もし手に入れられなければ、コテツに何をされるか分かったもんじゃない。

「よいしょ」

 というミズキの掛け声を不思議に思って見てみると、コージはぎょっとした。ミズキの腕の中には、1メートルはくだらない大きさの勾玉があったからだ。

「ずいぶんでかいな……」

「せやろー? 勾玉いうたら、掌サイズかと思いがちやけど、イオツミスマルはめっちゃでかいねん。さすがは宝物って感じやなあ」

 宝物=でかい、というわけではないと思うが、そんなことはどうでもよくて。

「それ、ずっと抱えて持って帰るのか?」

「そんなわけないやん。こうするんよ」

 ミズキに抱えられていた大きな勾玉が光に包まれたかと思うと、ミズキの二の腕あたりに吸い込まれていった。

「収納完了や!」

 コージとフミトは口をあんぐりと開けた。今のは、どう見てもアームヘルパーに物をしまうときの現象。二人がこれまで幾度となく見ていた光景だったのだから。

「もしかして、お前……」

「ルナのプレイヤー、なのか?」

 フミトとコージの問いに、ミズキはにっこり笑って答える。


「せやで。よろしゅうな」

 これがこの日一番の驚きとなった。


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