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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
神官を追って
45/68

神官を追って -5-

――――――――― コージSIDE ―――――――――



 コージは自分のトロッコの操作レバーを探すが見当たらない。下り坂で制御も効かないとなれば、速度は増すばかり。その中にいるコージも生きた心地がせず、嫌な寒気に襲われていた。急降下して急上昇すると一瞬無重力になり、身体も脳も浮いたような感覚になった。続いて、下に凸の放物線を駆け下りたと思えば、途中でレールがぷつりと消えている。平仮名の「し」を左に傾けたような形になっている。

「えええええ!?」

 途切れたレールを斜め四十五度の角度で飛び出したトロッコは、不連続なレールの続きにうまい具合に乗っかり、スリル満点のトロッココースターの旅は継続する。真っすぐなレールが続いたかと思いきや、やはりぷつりと切れていて、微妙な高低差で階段状になっているレールをガタンガタンと降りていく。


「で! いで! 痛え!」

 まるで段々畑の形状に忠実に沿って作られた滑り台を駆け下りているような感覚で、段差が現れるたびにコージの尻に衝撃が走る。鉱石や土砂を運ぶという本来の目的を忘れ、レジャーに全振りしたアトラクションと化している。

 尻と腰の痛みと恐怖が限界だが、しばらく勾配のない直線を進んできたお陰でだいぶスピードが落ちている。また下り坂が出てくるのが見えたら、多少の怪我は覚悟で飛び降りることも考えておかないといけない。この様子では、安全に止まってくれる保証などどこにもないのだから。次に取る行動に考えを巡らせていたコージの視界に、「クリーチャーが現れた!」の表示。


「くそ! こんな時に! どこだ!?」

 上からアイバットが来たのか、前から何か現れるのかと前のめりになって周囲を見渡すが、どこにもいない。もしかしたら、通り過ぎてしまったのか。

「驚かすなよ……」

 ほっとしたコージだったが。


『ねえ。わたし、綺麗?』


 なんと真後ろから声が聞こえてきた。バッと振り返ると、口裂けレディ(マスク外し済み)が一緒のトロッコに乗って体育座りしていた。

「うわあああ!」

 コージはなりふり構わずトロッコを飛び出し、地面を転がった。トロッコに乗ったままの口裂けレディは『ねえわたし綺れ――』と同じことを言いながら遠くに運ばれていった。暴走トロッコとはベクトルの違う恐怖を味わうこととなったコージは、よろよろと立ち上がる。トロッコの速度が落ちていたのと、飛び降りた時に転がったおかげで衝撃を分散できたからか、動けないほどの怪我はなかった。


「なんなんだここは……」

 広い空洞になったそこは、進めそうなトンネルが三ヵ所あった。うち二ヵ所はトロッコが走り抜けたレールが貫いている。もう一ヵ所のトンネルの入口には垂れ幕がかかっていて、前には怪しげな祭壇が置かれている。いかにも何か儀式をしたという感じの雰囲気だ。封印の場所はここに違いない、とコージの勘が告げていた。問題はこの後の行動だ。フミトを見つけて二人で進むか、先に一人で進むか。鉱山の中でどこがどう繋がっているのか全く分からないのだから、待っていてもフミトが一人で来れるかは分からない。コージが探しに行くとしても、迷路のようなこの坑道を闇雲に探し歩いて、またここに戻って来れるか分からない。

 時間が無限にあるのなら、探し回ってフミトと合流するが、今は一刻を争う。そうなれば、一人で進むしかない。腹をくくった。

「信じるぞ、フミト」

 フミトが無事であることと、いずれ合流してくれることを信じ、コージは怪しげな祭壇の奥のトンネルに進んだ。



 これまで進んできた坑道とは異なり、岩山に空いた洞窟のような道が続く。壁に規則的に設置されたランタンが、コージの影を怪しく揺らす。途中途中で襲ってくるブラウンワームとアイバットを退治しながら、奥へと進む。一歩、また一歩と進む度に、何ともいえない重苦しさが襲ってくる。

「ん……?」

 何か聞こえた。コージは足を止めて耳を澄ました。


 オオオォォォ……。


 唸り声のような、うめき声のような、怒りとも悲しみともつかない低音が聞こえてきた。向こうの声が聞こえると言うことは、こちらの物音も相手に聞こえると言うこと。コージはなるべく足音を立てないように歩を進めた。

 あの声はカイミルが言っていた鬼婆だろうか。だとすると、神官はどうなってしまっているのだろうか。まさか、もう……。右手のルミナティソードを強く握りしめ、声の元へと向かう。道が終わり、きれいな立方体に切り取られた空間に出る。その中央には蓋の空いた棺と祭壇。その近くには横たわった状態の石像と、その傍にうずくまる白髪の何者かがいた。声は、その白髪の後ろ姿から聞こえてきていた。


『オオオ……。今度は、何者じゃ』


 コージの来訪に気づいた白髪は立ち上がり、ゆっくりと振り返った。痩せた皺だらけの顔、長い鼻に尖った耳。そして何より頭から生えた二本の角。間違いない、こいつが鬼婆だ。封印はやはり解けてしまっていたのだ。足音を立てないように近寄ったはずなのに、気づかれてしまった。草原の主は会話にならなかったが、口裂けレディや鬼婆は言葉を話せる。それだけ知性もあるということだ。

 ところで、奴はさっき「“今度は”何者じゃ」と言った。つまり、コージの前に誰かが来たということだ。

「俺の前に誰か来たのか?」

『ふん……。神官になりたての小娘が、高慢にも儂を再び封印しようとやって来おったわ。返り討ちにして、石にしてやったわ。ほれ、そこにおる』

 そう言って鬼婆が指差したのは、横たわった石像。良く見るとカイミルに似た神官服を来た少女の姿だった。


「殺したのか……!」

『死んではおらん。石になっておるだけじゃ。もっとも、粉々に砕いてしまえば死んだも同然じゃがな』

「……彼女の傍から離れろ」

『ふっ。かかかか……』

 鋭い牙を覗かせながら高笑いする鬼婆に、ルミナティソードを突き付ける。

「離れろと言っている」

『誰にものを言っておる。生意気な若造め』

 その風貌に似合わず敏捷な動きで後方宙返りをした鬼婆は、勢いそのままに剣を蹴り、コージもろとも吹き飛ばした。


『食らうがよい』

 鬼婆が腕を振ると、砂嵐がコージを襲った。

「なんだ……!?」

『浴びたものを石に変える術じゃ。そんなに小娘が心配ならば、仲良く石になるがよい』

 砂嵐が強まり、目を開けていられない。彼女を助けるどころか、自分がやられてしまうなんて。コージは心の中でフミトに謝罪し、助けを求めた。一瞬諦めてしまったコージだったが。

『どういうことじゃ』

 砂嵐がおさまり、砂まみれになっても、コージの身体が石になることはなかった。これには鬼婆も困惑を隠せないようだった。コージははっとした。カイミルから受け取ったキビシスの腕輪。そのスキルはアンチストナ、石化の防止だ。これを装備していたお陰で、石化の術から守られたのだ。コージが一瞬、自分が装備した腕輪に視線を送ったことに目ざとく気づいた鬼婆も、その腕輪の効力を把握したようだ。


『こしゃくな』

「一瞬肝を冷やしたが、俺にはその術は効かないみたいだな。どうする?」

『ふん。侮るでないぞ、小僧が。術がなくとも、貴様程度どうということもないわ』

 懐から小刀を取り出し、コージに向けた。

『ハラワタを抉って、肝を食らってくれようぞ』

「封印されても、全く反省してないようだな」

『ふん。誠実に生きたとて裏切られ、運命に翻弄されるが世の条理。さんざん良いように使役しておきながら、都合が悪くなれば見て見ぬふりをし蓋をする。悪でもって悪を封じておきながら、何を反省しろというのだ』


 コージははっとした。鬼婆は、もとは都の高貴な家に勤める乳母で、忠実に姫を守る立場だった。その姫のために必死で動いているうちに、自分の娘や孫を手にかけてしまい、挙句の果てには発狂して人間としての姿を失い、封印されるに至った。彼女も世間に、時代に振り回された一人だった。


「俺も似たようなもんだがな」

『安い同情など、気休めにもならん』

「それも、よく分かってるさ」

 コージ自身がそうだったのだから。彼女も、変わるきっかけがあれば。支え合える誰かに出会えていれば。何か別の道があったのかもしれない。だが、もう遅いのだ。


「ひと思いにあの世に送ってやることが、あんたへの救いだ」

『やれるものならな』

「そこの彼女を連れて帰ると子供と約束しちゃったんでね。約束は守らなきゃ意味がないだろ」

『相手の方から反故にする場合もあるがな。まあよい。来るがよい、小僧』

「言われなくても!」


 ― 瞬斬剣 ―


 コージの姿が消え、一瞬で鬼婆との距離を詰める。視認できない速度で振った剣は、鬼婆の小刀で簡単にいなされてしまう。

『この程度か』

 鬼婆はコージの胸を蹴って宙返りする。コージは後ろに吹っ飛ばされたが、すぐに立ち上がる。

「それなら!」

 魔法の吹き矢を呼び出し、鬼婆目掛けて放つ。雷を纏う矢が火花を散らしながら真っすぐに向かう。鬼婆は術で砂嵐を起こし、矢から雷の威力を奪っていく。そして、自分の心臓を目指してきた矢を、微動だにせず小刀ではじき返した。

「くそっ……」

 コージの攻撃が全く効かない。これまでの敵とは比較にならない強さだ。

『威勢はいいが、口だけのようじゃな』

 鼻を鳴らして腕を降ろした鬼婆は、石になったミズキを一瞥する。


『そんなに小娘が大事なら、連れて出ていくがよい』

「なに……?」

『二度同じことを言わせるな。儂は貴様などどうでもよい。貴様の目的は小娘なのだろう? それなら連れて出て行けばよいではないか』

「俺達を見逃すっていうのか?」

『もとより相手にもしておらぬ。貴様らが勝手にやって来て、儂に剣を向けただけの事。儂が復讐を果たすべき相手は、屯所に守られた街におる。奴もろとも街を火の海にし、長年の恨みを果たしてくれよう。貴様らはどこへなりと行くがよい』

「……あんたの相手は荷が重いし、お言葉に甘えて逃げさせてもらおうと思ったが、やめだ。あの街は、俺の街でもある。自分の家を焼かれるかもしれないってのに、はいそうですかって引き下がれるかよ。それに、知り合いも大勢いるんでね」

『呆れた正義感じゃな。儂に手も足も出なかった貴様に、一体何ができるというのだ。それに、貴様も世間に振り回されたと自分で認めたではないか。貴様にほほ笑むことをしなかったあの街の、どこに守ってやる義理がある』

「確かに、その通りだ。俺もあんたと同じで、さんざん都合良く扱われて生きてきた。けどな」


 コージはルミナティソードを構え、その刃先を鬼婆に向ける。柄頭のガーネットがギラリと光り、赤が躍動する。

「それは、あの街じゃない。あの街の人たちは、俺に一方的に頼るだけじゃなく、助けてくれた。支えてくれた。認めてくれた。人生を諦めかけていた俺を変えるきっかけをくれた。勝手な真似はしないでもらおうか」

『邪魔をするか。ならば仕方がない』

 一瞬にしてコージの目の前に移動した鬼婆はコージの剣を蹴り飛ばし、剣を失ったコージの頬に回し蹴りを放った。

「ぐっ!」

 地に伏したコージを踏みつけ、小刀を向ける。


『口ほどにも無いな。大人しく石になっていれば、恐怖に震えることも、命を失くすこともなかったものを』

 老婆とは思えないほどの力で抑えつけられ、動くことができない。剣も手が届かない場所に蹴り飛ばされてしまった。吹き矢を出したところで、うつぶせの状態では敵に放つこともできない。

『せめてもの情けだ。苦しまぬよう逝かせてやろう』

 フミトに申し訳ないことをしてしまった。あの時、一人で突き進まなければ。そもそもこんなクエストを受けなければ。

 ――いや、違うな。フミトを信じると言いつつ、自分一人でもなんとかできると、自分の力を過信していた。幾度となくフミトのサポートに助けられたというのに。

 最後に、フミトの声を聞きたかった。


「ごめんな、フミト」


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