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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
神官を追って
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神官を追って -2-

 バスと同様に外が全く見えないタクシーに乗ること数分、降りた場所は別世界のようだった。街の雑踏や騒音はどこにもなく、荘厳な神殿が青空に向かってそびえ立っている。威厳に満ち、厳かな雰囲気が漂う大きな入口に近づくと、壁面には石工の骨の折れるほどの手練手管が施され、緻密な彫刻が宗教的なシンボルを象徴するように刻まれていた。高い扉は真鍮や金属で装飾され、神聖な存在を守っているように見えた。


「なんかすげーな」

「まさに神殿って感じだな。しかし、俺らの街にこんな場所あったっけ」

「オレはこんな場所知らねーっすね。多分ルナのオリジナルじゃないっすか?」

 自宅の周りや街中は現実と見紛うほど瓜二つだが、思えばホテルに萬屋や転職屋があったり、屯所があったりと単なるコピーの世界ではなかった。現実と仮想が絶妙なバランスでできているのがルナなのだ。

 そんなことを考えながら、神殿の中へと進んだ。神殿の中に足を踏み入れると、壮大な大広間が迎えてくれた。高い天井には豪華なシャンデリアが輝き、壁には美しいモザイクが施されていた。中央には神々を讃える祭壇がある。

 コージ達の来訪に気づいた神官が、歩み寄って一礼した。


『こんにちは。お祈りですか』

「あ、いえ。こちらにミズキさんという神官がいらっしゃるかを伺いたくて」

『ミズキでございますか。はい、確かにこちらに所属しております。ミズキの知り合いですか』

「ミズキって人が遊んでやってるっていう子供が探してるんすよ。最近姿を見かけないって。それでその子に頼まれて、オレらで探してるんす」

『それはそれは……。確かに、ここ数日、この神殿には来ておりません』

「その子は、ミズキさんがアマト鉱山に行くと言っていたと話していました。心当たりは?」

『……アマト鉱山ですか』


 何かを知っている。そんな態度だった。


『よろしければ、あなた方のお名前を伺っても? 私は大神官をしております、カイミルと申します』

「俺はコージといいます」

「オレはフミトっす」

『ありがとうございます。――なるほど、あなた方が』

 コージ達に背を向け、神への祈りを捧げると、再度二人と向き合った。

『私からもお願いいたします。ミズキを助けてあげてください』

 静かな声で、謙虚に頭を下げながら、カイミルは言った。こちらの質問にはいまだに答えてくれていない彼だが、その真摯な態度は嘘とは思えなかった。しんと静まる神の空間で、その静かさがどこまでも(うるさ)かった。


「助ける、とは?」

『順を追ってお話しします。一週間ほど前のことです。私が神託を受けました。アマト鉱山に封じられし悪しき鬼が目覚め、やがてこの世にいる腹の子を食いつくしてしまうであろう、と』

 悪しき鬼? 腹の子を食いつくす? それだけを聞いても意味が分からない。


『この意味を理解するには、少し昔語りをする必要があります。昔、ある都のある高貴な姫君の乳母をしていた女がおりました。女は自分の幼い娘や家族より姫君を優先し、大切に世話していましたが、姫君は成長しても言葉をうまく話せなかったのです。医者に診てもらっても解決せず、藁をもつかむ思いで占い師に相談しました。占い師は、妊婦の腹の中にいる生きた子どもから取った肝を食えば治ると教えました』

「おえっ」

 フミトが口を押さえる。フミトでなくても、想像すると気分が悪くなりそうだ。カイミルは続ける。

『女は都を離れ、人の往来が少ない場所に宿屋を建てて住みつき、たまにくる旅人を泊まらせては襲う日々を繰り返し、子を孕んだ娘が訪れるのを待ち続けました。十数年ののち、雪が舞う冬の日、とうとうその日は訪れました。腹に子を宿した娘と、その夫が一宿を求めて訪ねてきたのです。その夜のこと、娘は腹痛を訴えたため、夫は薬を求めて宿を出て行きました。これを好機とばかりに、老女は包丁を持ち出し、娘の腹を裂きました』

「うぷ」

 フミトの顔が青くなっている。腹ではないが、自分もキョトーオに腕の肉を食い荒らされた身だ。その痛みや苦しさは身体が覚えている。

『娘が息絶えた後。彼女の胸に、特徴的な痣があるのを見つけました。どこかで見た覚えがあると記憶を辿るが思い出せない。気を取り直して腹の子の肝を取り出していると、娘が首に御守りをかけていることに気づきました。それを見て、おぼろげだった記憶が蘇りました。その御守りは、女が都を発つ前に幼い自分の娘に渡したものでした。女は、自分の娘を殺め、自分の孫の肝を取り出してしまったのです。そのことに気づいた女は発狂して鬼婆と化した』


 なんと悲しい物語だろうか。母を守った春香の御守りとは違い、この話では誰も救われなかったということだ。ましてや、もともとは仕えた先の姫を思っての行動だったのに、人間としての姿までも失ってしまうなんて。


『鬼婆は岩山に棲みついて、通りかかる人を見境なく襲いました。それを聞いたある神官が、鬼婆をアマト鉱山に封印したのです』

「きっつい話だなあ……」

 顔面蒼白のフミトが震えて言う。

「なるほど。神託であった、アマト鉱山に封じられし悪しき鬼というのが、その封印された鬼婆なんですね?」

『仰る通りです』

「え、でもさっき、その鬼が目覚めるとか言ってなかったっすか……?」

『はい。鬼婆が封じられたのは、はるか昔のこと。そろそろ封印の効力が弱まり、鬼婆がまた世に放たれてしまうと神がお告げで教えてくださったのです』


 なんという間の悪い。封印が自分の世代で解けてしまうというのがゲームシナリオの定番と言えばそれまでなのだが、人助けクエストをしたりグリーンワームと戦ったりしていた比較的平和な時間が遠い昔のようだ。カイミルの話で神託の意味は理解できたが、まだ疑問が残る。

「もうすぐ鬼婆の封印が解けるというときに、ミズキさんはどうしてそんな危険な場所に向かったんでしょうか?」

「そういやそうっすよね。……まさか一人で退治するとか」

『いえ、退治をするためではありません。我々は戦いは得意ではありませんから』

「それなら、どうして……」

『弱まった封印を、いま一度かけ直すために向かったのだと思います。私が行って封印をし直せればよいのですが、私は大神官ゆえ神殿を長く離れられない。かと言って、何もせず放置すれば鬼婆が解き放たれてしまう。どうしたものかと頭を悩ませていたのですが、その様子をあの子に見られていたのでしょう。賢い子ですから……』


 その場を離れられない大神官カイミルに代わって、ミズキが一人でアマト鉱山に向かったのか。世のため人のための勇気ある行動だ。とはいえ。

「一人で行ってどうにかなるものなんですか? その、なんというか……」

『神官としての力量、ですね』

 ハッキリ言うと失礼になると思い濁したコージだったが、カイミルにズバリ読まれてしまった。

『この神殿の神官たちの中でも、ミズキは神官としての才は目を見張るものがありますが、それでもまだ神職に就いてから日が浅い。正直にいえば、いまのミズキでは封印の現状維持が精一杯でしょう。人間である以上は体力に限りがありますし、封印が解ける日を数日先延ばしにできる程度かもしれません』

 団地でトシヤから訊いた話だと、ミズキがいなくなったのは約三日前。もう体力が尽きて封印を抑える力すら無くなっていてもおかしくはない。下手をすれば死んでいる可能性もある。のんびりしている猶予はなさそうだ。


「早く行ってやらないと危ないな」

「飯でも買ってからって思ってましたけど、そんな余裕無いっすね。すぐ行きましょ」

「そうしたいのは山々なんだが、ミズキさんを無事に連れ戻したとしても根本的な解決にはならない。その封印を何とか持ちこたえさせるか、鬼婆ってやつを倒すかしないといけないからな」

 ミズキの状態も封印の状況もどうなっているのか分からないが、彼女がアマト鉱山に向かったそもそもの原因を取り除いてやらないと、助けてもまた向かってしまうだろう。それに、連れ戻している間に封印が解けて被害者が出たら元も子もない。


『これをお持ちください』

 そう言ってカイミルが差しだしてきたのは、金の腕輪。神聖な空気が溢れ出すそれを受け取ると、自分の中の僅かな邪気さえも浄化されていくようだった。

『それは私が祈りを込め、神の力が宿った腕輪です。それをミズキに渡してください。それがあれば、今のミズキの力でも充分に鬼婆を封じることができるでしょう。それまでの道中は防具として装備なさってください。襲い来る邪気から守ってくれることでしょう』

「それはコージさんが装備してください」

「いいのか?」

「もちろんっす!」

 お言葉に甘えて、コージが装備することにした。プロフィールの装飾品に「キビシスの腕輪」がセットされた。

「へぇー! それを付けてると、石化を防いでくれるみたいっすよ!」

 コージが身に付けた装備の効果を、フミトが教えてくれた。



――――――――――――――――――――

キビシスの腕輪

スキル:アンチストナ

石化を防ぐ

――――――――――――――――――――



 これはありがたい。毒以外のステータス異常は未体験だが、できればかかりたくない。毒を食らったときは思う様に動けず、本当に厄介だった。ゲームなら毒状態になっても普通に敵に攻撃しまくっているが、本当に毒なんか食らったら一歩動くのもしんどい。

「それじゃ、急いで向かおう」

「ういっす!」

 二人が出て行き、再び静けさを取り戻した大広間。

『神よ。お導き、感謝いたします』

 カイミルは神への祈りを捧げた。


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