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メタバース・プリズン  作者: 篠塚しおん
はじめてのボス戦
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はじめてのボス戦 -8-

 母娘と別れ、コージ達は水質研究所に向かった。依頼を受けた水質環境研究棟五階の研究室に行くと、依頼者の田内が迎え入れてくれた。ソファーに座ると、田内は深々と頭を下げた。


『この度はありがとうございました。本当に助かりました。早速ですが、採取したサンプルを頂戴してもよろしいでしょうか?』

「はい。こちらです」


 コージは採取したサンプル十本を手渡した。


『確かに頂戴しました。お礼は後ほど送っておきますね。それと……』


 田内はカードを一枚取り出して手渡してきた。


「これは?」

『フリーパスです。これがあれば、タクシーもバスも無料で乗り放題です。街の移動に便利ですよ。このカードをかざせば、すぐにタクシーが来てくれますからね』

「そんなものを貰っちゃっていいんすか!?」

『ええ。翔子さんからの御礼ですから。僕、彼女の同僚なんです』


 ここで翔子の名前が登場した。彼女が言っていた同僚というのは、目の前にいる田内のことだったようだ。ということは、彼が翔子に現場復帰を促したということだ。


『あんなことがあって、翔子さんは一度は研究の道を諦めてしまったんですが……。日谷夫妻はこの研究所に必要な人材です。一郎さんは残念でしたが……せめて翔子さんには戻ってほしい。実験はできなくても、指示を出してくれれば我々が動きます。自分で文献を探したり調査したり出来なくても、我々が調べます。彼女には、彼女にしかない視点で研究を助けてほしい。そう伝えました。最初は断られていたのですが、あなた方が草原の主退治の依頼を受けてくださったことで、彼女の中で何かが変わったようです。昔のような情熱を感じましたよ。あなた方への感謝の気持ちも伝えられました。私からも言わせてください。本当に、ありがとうございました』

「これから翔子さんを支えてやってください。娘さんを学校に戻すので、生活できるだけの報酬出してあげてくださいね」

「それっす! 頼みますよ~。給料しょぼかったら、春香のやつ、また働くって言いかねない」

『僕は雇用する立場ではないですが、全力で上に掛け合います。尤も、彼女のこれまでの功績を考えれば安い対価のはずはないです。それに、そもそも重症を負ったのは業務中ですから、労災ですしね』

「それなら安心だ」

「そうっすね!」

「あと、別件ですが……。湖で戦ったヘドローパーが落としたヘドロ、この研究所に置いて行ったら役に立ちます?」

『そんな貴重なものお持ちなんですか!? くださいください! ぜひください!』


 田内が目を輝かせて乗り出してきた。ソファーの間に置いてあるテーブルで膝立ちしている。ドン引いたコージだったが、ヘドローパー討伐後に入手したサンプルヘドロを渡した。研究所に異臭が広がった。


『まじですかまじですか本物だ! 湖の底は意外に深くてヘドロを手に入れたくても叶わなかったんです! まさかこれまで手に入れてくださるなんて!』


 ソファーから避難したコージ達とは対照的に、田内はサンプルヘドロが入った容器を子供のように眺めている。室内にいた他の研究員たちもわらわらと集まっている。彼らもこのニオイは感じているはずなのだが。思わず顔を見合わせるコージとフミトだった。


「研究者って分かんねえなあ」

「俺も同じこと思ったよ。まあ、あのクソ臭いアイテムを手放せただけでも俺は満足だ」


 コージは一刻も早く手放したくて提案してみたのだが、研究員ズにとっては宝物のような扱いだ。持つ者が変われば、ここまで物の価値が変わるのだと思った二人だった。そんな二人の眼前に、「ランダムクエストを達成しました!」が流れた。


『研究が捗ります! これは依頼にしても誰も受けてくれなくて、もはや諦めて依頼を出すことすらしてなかったんです。まさか持ってきてくれる人がいるなんて! 後で追加報酬を送っておきますね! 金額は弾みますよ~!』


 久々のランダムクエスト達成だ。戦闘クエストを始める前は、ランダムクエスト目当てで早起きしてルナにログインしたこともあったが、その時はクエストは発生しなかった。それが、全く意識していない今になって達成とは、分からないものだ。


「コージさん、あの……」


 フミトは何かを言いたそうに、でも言いにくそうにしている。コージは黙ってサムズアップした。何を言いたいかなんて、分かるに決まってるじゃないか。フミトはぱっと明るい表情になった。


「田内さん! ヘドロの分の謝礼っすけど、翔子さんたちに送ってください」

『え? 良いのですか?』

「仕事や学校に戻るとなれば、先立つ物が必要でしょうから」

『……分かりました。彼女の代わりに言わせてください。ありがとうございます。依頼を受注してくれたのが、あなた方で本当に良かった』

「また何かあれば、ご依頼ください」

「できれば次は汚れてもいい制服も渡してほしいっす」


 全くだ、と三人して笑い合った。さてそろそろ失礼しようかという時に、来客が現れた。


『ごめんくださぁい』


 おっとりした口調に、巫女のような装いのすっぴん美女。彼女は……。


「ギンコさん!?」


 薬屋の店主で、口調と相手に与える印象がジェットコースター並みに変化する、変り者三店主の一角を担うギンコだった。


『あら、あなたは、以前にマンドラゴラをお持ちくださった……確か、コージキンさん?』

「コージです」


 誰が麹菌だ、勝手に発酵させるな、味噌も酒も作ってねえわ。コージは喉元を通り過ぎて歯の裏まで出かかった言葉を、なんとか飲み込んで耐えた。


『あら、ごめんなさい。わたしったら失礼なことを……』


 上目遣いで恥ずかしそうに口元を隠すその仕草だけ見たら萌え要素多めの彼女なのだが、もはやマイナス面が多すぎて全く相殺されない。


「……誰っすか、この人」

「薬屋の店主のギンコさん」

「ああ、前に話してくれた人っすか。……確かに」


 確かにドン引きだわ~と言いたいのだろう。コージはフミトの心の声を補っておいた。


「店を離れてどうされたんです?」

『ああ、研究所に薬品を届けに参りましたの。薬品も薬であることには変わりませんから』

『ギンコさん、いつもお世話様です。確かに受け取りました』

『田内さん、こちらこそいつもありがとうございます。来客中に失礼いたしました』


 こうしてビジネスの会話を聞いていると普通なのに、なぜ突然ジェットするのだろうか。コージは、そうだ、と思い出し、クエスト中に手に入れた素材を取り出した。


「ギンコさん、ちょうどよかった。マンドラゴラの根をまた手に入れたんで、渡しておきますね。俺が持ってても仕方がないし、薬作りに役立ててください」

『まあ!』


 ギンコは口元を両手で覆って大げさに驚いた後、深々とお辞儀をして素材を受け取った。


『また手に入れてくださって感謝の言葉もありませんわ。後ほど御礼をさせていただきますわね。……そうだわ! 先日いただいたマンドラゴラの根でお薬ができたので、少しですがお持ちください! こちらにいらっしゃると分かっていれば、もっとお持ちしましたのに……。これは蒟蒻(こんにゃく)針です。石化を解除してくれる中級薬ですわ』


 コージは蒟蒻針を一つ手に入れた!


「ありがとうございます。以前に報酬はいただいたんだし、これで充分です。ちなみに、回復薬は手持ちありますか? もしお持ちだったらいくつか買いたくて」

『もちろんです! 中級薬の手持ちはそれだけですが、下級薬でしたらございますわ。外を移動しているときに売ってほしいと言われることもあるので、移動販売できるようにいくつか持ち歩くようにしていますの』


 薬屋としての顔が割れている彼女ならではのエピソードだ。


『とはいっても、大きな薬箱に入るくらいの数になってしまいます。前は大量購入にも対応できるようにリヤカーでたくさん持ち運んでいたのですが、道路を走っていたときに注意されてしまって……。それ以来、薬箱に収まる量にとどめる様にしましたの。きちんと車道を走りましたのに、あんなに怒られるなんて……』


 破天荒な彼女ならではのエピソードだ。巫女姿でリヤカーを押しながら車道を走ったのか、この人は。リヤカーという言葉自体が懐かしすぎるが、コージにとっては学校の敷地内で使うものであって、一般道路を走るという発想はなかった。


『それはそうと、今あるのは回復薬が八個と毒消し薬が二つになります。いかがしますか?』

「買い占め行為は良くないですけど、できれば全部いただきたいです。先の戦いでだいぶ消費してしまっていて」

『もちろん大丈夫ですわ! ありがとうございます』


 コージはアイテムを受け取ると、半分をフミトに手渡した。


「え! いいっすよ、コージさんが払ったんだから、コージさんが……」

「半分こだ。仲間だろ」


 無理やりご馳走する先輩みたいな感じになってしまったが、受け取ってほしかった。最終的には「あざっす」と言って貰ってくれた。


『ぜひお店の方にもいらしてくださいね。いただいたマンドラゴラの根を使って上級薬も用意しておきますから。それと、マンドラゴラ以外にも薬の材料になるものがありますので、機会があれば入手をお願いしたいですわ。マンドラゴラで作れるのは下級薬からせいぜい上級薬までなのですがこの世界には最上級薬というものがありましてその名の通りにとても貴重なお薬になりますのですからそんなお薬の材料もそれはそれは大変貴重で』

「やべえ! フミト行くぞ!」

「え? え?」


 制御不能のジェットコースターからはとっとと離れるに限る。フミトの腕を引っ張って、弾丸トークから逃げだした。研究所から出たところで、五階の窓を見上げて言う。


「ヤベェなあの人」

「だろ? なんでこんな変なキャラクターばかりなんだか、この世界は」


 これまで出会った人を思い浮かべると、何となく笑いがこみ上げてきて、二人は吹き出してしまった。ひとしきり笑うと、貰ったフリーパスで早速タクシーを呼んで乗り込んだ。向かうのは街の居酒屋だ。クエスト達成祝いとお疲れ会を兼ねて、そして二人の親睦を深めるため、コージから誘った。飲みニケーションなど今時古いかもしれないが、それでも二人で酒を酌み交わしながら話したかった。フミトはニコニコ顔で付き合ってくれた。


 今回受注した二つのクエストは、全く接点が無いようで、密接に関わっていた。日谷親子にとってプラスに働いたのだとしたら、これ以上嬉しいことはない。

 そして、収穫はそれだけではない。コージとフミトの関係性も変わった。どちらも互いを認め合っているのに、本音を伝えるのが下手くそだった。それが、今回のクエストをこなす過程で、お互いに信頼し合っていることを確かめられた。

 どちらか一方でも目先の利益や利己主義に走っていたら、成長はありえなかっただろう。情けは人の為ならず、だ。こうして、二人の初めてのボス戦は勝利を収め、たくさんの収穫を得る経験となったのだった。


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